一人で飲みに行くのが好きだった自分が、むかし飲み屋で出会ったおじさんの話をする。
飲み屋街の隣に住んでいたことがあって、毎日のように飲んでいた時期があった。
飲むのが好きだったというか、駅から家への帰り道にある飲み屋のほとんどが顔なじみだったこともあって、その道を歩く=お店の人に誘われて飲むしかないといった感じだった。
まあ飲むのも好きだったんだけど、当時はまだ若かった自分を飲み屋のいろんな人が可愛がってくれた。
バーのマスターや居酒屋のおっちゃんだけじゃなく、横に座っただけのお姉様方やおじさま方、お店の常連さんとか諸々、いろんな人が話をしてくれて、たまに奢ってくれたりしてた。
連絡先を交換するわけでもなく、そのお店にふらっと入ると会える人たち。
待ち合わせをするわけでもなく、それこそ本名すら知っているわけでもなく。
それでいて、悩み相談とかも含めていろんな話を聞いてくれた人たち。自分の知らない世界の話をしてくれる人たち。
その不思議な繋がりが楽しくて、一人で飲むのが好きになったのかな。
今思い返すと、若い人が一人で飲み屋にいるっていうのが珍しかったんだろうね。
だからいろんな人が話しかけてくれて、楽しい時間を過ごせたのだと思う。
おじさんと会ったのも馴染みの飲み屋だった。
カウンター10席くらいのちょっとした料理とお酒が出て来るお店で、お店のママもすごく可愛がってくれてたこともあって、結構な頻度で通ってた。
「ちゃんとご飯食べてんの?」みたいなことを聞かれたりして、結構ガッツリ目のご飯がなぜか出てきたりして、いいお店だったと思う。
お店に置かれた雑誌や新聞を読んだり、たまにしょーもない冗談を言ってるのがそのおじさんだった。
昔は偉い人だったんだよね、という話をお店のママから聞いたことがある。
その当時の自分から見ると、その辺にいるただのおじさんだったし、口だけ達者な方なのかなと思って見てた時期があった。
話してみると、全然口だけじゃなくて、今まで出会ってきたどんなおじさんよりも博識だったし、頭の回転も早かったし、面白い人だった。見た目はただのおじさんだったけど。
当時付き合っていた人と結婚するしないを考えていたことがあって、そのおじさんに相談したことがあった。
おじさんがいうには、やめとけってことだった。
今振り返ってみて、その言葉に従って正解だったと思う。
その人はあなたより仕事を選ぶからって。お金の方が大事な人だからって。
今の仕事を辞めて、独立しようか迷ってた時にも、そのおじさんに相談したことがあった。
やったらいいって。独立してダメだったら自分の会社で面倒見るから大丈夫だってと。
そのあと独立して、ちょっとばかりうまくいって、だんだん忙しくなったりして飲みに行く頻度も減った。
ただたまに飲みに行くとおじさんに会ったりして、大丈夫、できるからっていう言葉をかけてもらったりしてた。
そんなこんなで仕事ばかりの日々を過ごしたりしながら、おじさんのことは特に思い出したりすることもなく日々を過ごしてた。
でもいろんな経験できて良かったなとか、ちょっと休めるタイミングになってそれはそれで良かったなとか思いながら、久々にそのお店に飲みに行ったのが昨日。
久しぶりだねーみたいな話をママとしながら、そういやあのおじさん何してんの?みたいな話になった。
半年くらい前に、しばらく海外にでも住むかなって、そんな言葉をフラッと言って、おじさんは海外の何処かの国に行ったらしい。
その辺りでママがお店の棚をごそごそしてて、何かと思って渡されたのが一枚の名刺。
表を見てびっくりしたのは、普通の社会人なら誰でも知ってるような超有名企業の超偉いさんだった。
その時名前とかも初めて知った。ちょっとびっくりしたのと、そんな偉い人が自分と話してくれてたこと、覚えてくれていたことにも時間差で驚いた。
よく考えたら、これだけ飲んでいて、人生で初めて知った飲み屋で出会った人の連絡先で、ちょっとわくわくした。
ちょっと悔しいから、おじさんにはもっと上手くいったよっていう話をしたいなって思ったので、連絡するのはもうちょっと後にすることにした。
おじさん何してんのかな。元気だといいな。
そんなおじさんの思い出。