「なにそれ?」
「我もよくは知らないが、一昔前にとある宗教団体がサソリをばらまくっていう事件があったらしい」
「なんでそんなことを?」
「まあ、そんなところだろう。当時の批評家は開放を求めていたと分析しているらしいが」
「開放?」
「終わらない日常の破壊だの、見えない未来への道しるべだの……我も自力で調べてみたことがあるんだが、頭が痛くなるだけだ」
本当は説明しようと思えばできたのかもしれないが、既にこの時点でシロクロは話を聞くフリすらやめており、ウサクは興が削がれつつあった。
「まあ、その批評家によると年代ごとに漠然とした不安があって、そういった不安に応える側面が宗教にはあるんだとよ」
「恐らくはそうなんだろう。だが、それは今のところ読み取れない。目的がみえないから、余計に胡散臭いと感じるんだろう」
その時、ピピピッと音が近くから聞こえて、一同は慄いた。
妙な緊張感が漂う。
が、ウサクの持っていたスマホの着信音だったことにすぐに気づき、弟たちからため息が漏れた。
ウサクは電話に出ると取り留めのない会話を始め、数十秒ほどすると電話を切った。
どうやら今この場所が“アレ”だから、友人との待ち合わせ場所を変更する、という話をしていたらしい。
「じゃあ、我はこれで失礼する」
「ね、ねえ。結局あの『生活教』は、何かヤバいことを起こしたりするの?」
「さあな。俺はただ過去の事例を話しただけだ。何も起こらないかもしれない。起こったところで大したことがない、我らには関係のないことかもしれない」
弟たちの「生活教」に対するモヤモヤは言語化できないままでありながら、ウサクとの会話でより疑念が強まる一方であった。
既に弟たちの中で「生活教」は、何かとんでもないことをしでかす前提になっていたのだ。
「ウサクの兄ちゃんは、サソリばらまき事件があったっていってたけど、『生活教』の奴らは何をばらまくつもりなんだろう」
「私、気づいたんだけど、野菜、野菜よ。さっき野菜の話をあいつらしてた」
荒唐無稽な会話だったが、弟たちの頭脳であるミミセンまでも思考を巡らせていた。
「なるほど……ほら、いま野菜って値上がりしてるじゃないか。もし、それをばら撒いて市場の野菜を減らしたら……」
「そうか! 野菜は更に値上がりする!」
奇妙な話だったが、その時のミミセンの考察にマスダたちは悪魔的発想だと慄いた。
普段、冷静に物事を考える彼までが追従してしまうと、もはや論理も常識も仲間たちにはなくなるのだ。
「でも、野菜を値上がりさせてどうする?」
「私、テレビで見たんだけど、動物園の野菜消費量ってすごいらしいの。もし、野菜が減ることで人間に行き渡らなくなったら……」
「つまり、あの『生活教』の真の目的は、理性の人間と、野生の動物の選別。いや、人間以外の生態系の選別なんだ!」
たどり着いた結論に、一同は自ら驚きを隠せなかった。
そして、そのような結論を導き出した以上、彼らが次にやることも決まっていた。
みんなの思いはほぼ同じだったが、その口火を切ったのはリーダー的存在である弟であった。
その日の昼頃、某所の街頭では「生活教」教祖による布教活動が繰り広げられていた。 「教祖様、トイレのときは小のときでも座ってするべきですか」 「基本的に排泄物は不浄なもの...
「やあ、マスダ」 「あ、センセイ。どうも」 俺が通学でよく利用するバスで乗り合わせる人で、何度か見かける内に話すようになった。 センセイといっているが俺が勝手にそう呼ん...
≪ 前 「その距離を保つんだ。それ以上は近づくとバレる可能性が高まる」 弟たちは確信を求めて教祖の追跡を始めた。 固まって行動するのは危険だとミミセンが判断し、追跡役は変...
≪ 前 荷席にあったのは、大量の飲料水だった。 それらは見覚えのある市販のモノで、未開封であり何の変哲もない。 予想外の代物に弟たちは肩透かしを食らうが、数秒の沈黙のあと...
≪ 前 ところかわって兄の俺は、同級生と喫茶店で雑談をしていた。 ウサクやタイナイ、カジマたちといった面子である。 「今日、最初の待ち合わせ場所だった広場さ、例の宗教のや...