「やあ、マスダ」
「あ、センセイ。どうも」
俺が通学でよく利用するバスで乗り合わせる人で、何度か見かける内に話すようになった。
センセイといっているが俺が勝手にそう呼んでいるだけで、この人が実際は何をやっているかは知らない。
バスに乗っている時だけ話す間柄だし、必要以上の詮索は無用だからだ。
「新聞を読んでいるんですか」
「ああ、地方新聞だね。このテの媒体は前時代的という見方をされているが、日々の情報を消費していくものとしては案外まだまだ現役だよ」
そう言われて、俺も気になって横から覗いてみる。
すると、その中に気になる話が載っていた。
「新興宗教……」
「ああ、『生活教』ですか。この町を中心に最近よく耳にしますね」
その教えは、例えば「外界には悪魔がいて取り付いてくるので、帰ったら手洗いうがいをして浄化しよう」だの大したことじゃない。
だが、この宗教が徐々に広まっていき、なぜか信者の数も増えていっているのである。
「俺は無宗教ですし」
「神も信じない?」
「俺にとっての神というものは、突然の下痢に見舞われたとき、トイレに無事たどり着くまでの間だけ信じるものです」
「なるほど、まあ私も似たようなものだが」
いつもセンセイが降りている場所だ。
「まあ、この『生活教』が現状これといった問題や事件が起きていないなら、ひとまず静観しておくといい」
センセイはおもむろに立ち上がるとドア近くまで歩いていく。
バスが停まると、そのまま降りていった。
いつの間にか支払いは終えていたらしい。
「キミも自分が何に属しているか関係なく、宗教の在り方や意義というものを一度は考えてみるといいかもしれない」
そう言うとセンセイは手をヒラヒラさせ、そのまま振り返ることもなく歩いていった。
「宗教の有り方や意義……」
センセイにとってそれが何かは知らないが、それはまた次の機会に聞こうと思った。
元から胡散臭すぎて距離をとっているつもりだったが、センセイもああいっていることだし静観しておくことにしよう。
だが、俺がそうであっても、“他”がそうだとは限らないことは薄々分かっていた。
≪ 前 その日の昼頃、某所の街頭では「生活教」教祖による布教活動が繰り広げられていた。 「教祖様、トイレのときは小のときでも座ってするべきですか」 「基本的に排泄物は不浄...
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