目の前の四角く黒い物体で少しの手間を惜しまず調べれば無駄足を運ぶ事もなかっただろう。
就活も終わり、晴れて4月から某社で正社員として働く事になっている。就職するまでの残り2ヶ月間、遊び尽くしてやろうと思った私はまずお金を稼ぐ事を考えた。ゲームテスターのバイトに興味があり、最初に目についた求人に応募した。なんと、週1、3時間〜からOKだというのだ。あいにく私はゲームテスターのバイトをした事が今まで無かったのでこんなに自由ならシフトも組みやすく、働きやすいだろうと考えてしまったのだ。そこでまず怪しいと疑っておくべきだった。
後日、登録会の案内が来た。電車に乗り登録会の会場まで向かった。
最初に違和感を覚えたのはこの電車の中である。論理的に説明出来る物ではなくて申し訳ないのだが、なにかフワッとした嫌な予感がした。
会場に着くと、まず登録出来ない条件に当てはまっていないかを確認され、席に着かされた。しばらくすると、登録書類など数種類の紙が配られた。その中に一冊、マニュアルというものがあったのだ。開いてみると、派遣時の持ち物(カッターや軍手など)、フォークリフトの扱いについて、挨拶の仕方…なるほど。肉体労働を要する派遣先 も あるのか。それらを眺めていると程なく説明会が開始された。説明してくれたお姉さんは、やたらハキハキとしており終始熱いトーンで話を進めていた。多分、私はこういうタイプの人に嫌われるタイプの人種である。
会場は事務所と併設なので説明会中、事務所に電話が掛かってきた。ハキハキとしたお姉さんの話が掻き消されるくらいハイパーボイスで電話に出る職員達。絶対そんなに声を出さなくても会話は出来るはずだ。きっとこの会社自体と私の相性は最悪だろう。説明会がひと段落し、いよいよ登録という時に私はある疑問をお姉さんに質問した。
「先程の話ではこちらが指定した日時に会社側から仕事の依頼が来るという事でしたが、こちらから仕事を選ぶ事は出来ないのですか?」
お姉さんの話では、こちらが日時を指定し、会社から仕事が送られてくるという事だった。私はゲームテスターのバイトがしたくてここへ来たのだ。フォークリフトを使いたい訳ではないのだ。
なるほど。つまり仕事は選べないという訳だ。この時点で私は登録会を抜け出した。
帰りの電車でT社について調べてみる。すごい、私と同じような人がいるわいるわ。
結局、この会社は肉体労働のコマが欲しいだけだったのだ。もちろん、肉体労働を馬鹿にしている訳ではない。体力があったら肉体労働をしている未来もあったかもしれない。この会社以外で。現場も選べない上に交通費まで出ないときた。さらに、給料は事務所まで取りに行かなければならない、このご時世に。T社で働いている人がいるのであれば、何故登録してしまったのか是非お話を伺ってみたい。
登録している別の派遣サイトがある。仕事はこちら側から選べるし、大体の場合交通費も出る。振り込みだって対応してくれる。あまりにも違うのだ。たかがアルバイトでも、下調べは重要だと実感した出来事であった。
社会人になるまでの貴重な期間をT社に捧げなくて本当に良かった。