2011-10-14

声豚くんが死んだ。

声豚くんが死んだ。

なんでも、好きだった声優彼氏がいる事が判明して発狂してしまった声豚くんは、持っていた写真集ビリビリに破いて、CDを全て叩き割ったあと、頭が爆発してしまったらしい。

声豚くんが亡くなった部屋は、CDの破片や、カピカピに乾いた黄色いティッシュ、声豚くんの脳みそなんかがそこらじゅうに飛び散っていて、それはもう凄惨光景だったと、声豚くんのお母さんがTwitterでつぶやいていた。

僕はメイド喫茶くんと一緒に、葬式に行くことにした。

家畜が死んですっきりしたなう」とつぶやいていた声豚くんのお母さんも、式場では泣いていた。

声豚くんの遺影に使われていた写真はずいぶん昔のもので、制服を着て笑っていた。

僕は、声豚くんが大好きだった声優が声をあてているアニメキャラクターうちわを、棺の中に入れてあげた。

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「2.5次元なんて無いんだ」

帰りに寄った喫茶店で、しばらくの沈黙の後、メイド喫茶くんが口を開いた。

「声豚くんは騙されてたんだ。きれいで楽しい上辺だけの夢を見せられて、裏切られたんだ。だいたい、年頃のかわいい女の子彼氏が居ないなんて、おかしな話だったんだよ」

メイド喫茶君の、コーヒーを持つ手は震えていた。

彼氏がいるならいるって、最初から言ったらいいじゃないか! そしたら声豚くんだって、きっとこんな事にはならなかったんだ……」

しかにそうだ。

どうしてアイドルは、彼氏がいる事を隠すのか。

僕たちは、どうしてアイドルに夢を見てしまうのか。

清純な女の子が好きという男が一定層いて、そういう人はアイドルお金をかけてくれることが多い。だからアイドルは清純を偽装する。彼氏がいても、いない事にする。その方がみんなからチヤホヤされるし、お金になる。

そして僕たちは、アイドルに恋をしてしまう。付き合うのは無理だとわかっていても、好きになってしまう。

から彼氏がいると悲しいし、頭が爆発する。

そういう事だろうか。

「きっとクルミちゃんにも彼氏が居て、仕事が終わったらイケメン彼氏とイチャついてるに決まってるんだ……」

クルミちゃんは、メイド喫茶君のお気に入りメイドさんだ。

メイド喫茶君が通っている喫茶店ナンバーワンの売り上げを誇るクルミちゃんは、学校クラスで換算すると上から3番目くらいに可愛くて、その上愛嬌もあるので、きっと彼氏だって居るだろう。

仮に今現在彼氏が居なかったとしても、絶対処女じゃないだろうし、ましてやメイド喫茶くんが付き合える可能性は限りなくゼロに近い。

二人が並んで街中を歩く姿が想像出来なかった。

「ああ、もう嫌だ。全部まやかしなんだ。こんなの……」

メイド喫茶くんは、財布からメイド喫茶のスタンプを取りだして、ビリビリに破ろうとした。

でも、出来なかった。

「ナ、ナンパでもしたら? ほら、奥の席で可愛い女の人が一人で本を読んでいるよ。話しかけてみようよ……。」

僕は言った。

「そんなの無理に決まってるよ! 冷たい顔で無視されるか、怯えて警察を呼ばれるに決まってるんだ! そんなの無理だってわかってるからメイド喫茶に通ってるんだ……」

メイド喫茶くんの顔は真っ赤になっていた。

これ以上興奮したら、メイド喫茶くんも頭が爆発してしまうかもしれない。

それからしばらく、二人とも何も言わなかった。

「僕は2次元世界に行くよ」

メイド喫茶君は、窓の外をうつろな目で眺めていた。

でも、と僕は思った。

それはきっと、難しいだろう。

本当の意味2次元に恋をするのは、ある種の悟りを開くようなものだ。

心のどこかで、バカバカしいと思ってしまう。

俺の嫁」はコミュニケーションの手段でしかないって、メイド喫茶くんもきっとわかってる。

「一緒にくるかい? きっと楽しいよ」

僕は首を横に振った。

「そっか……。じゃあ、俺はそろそろ行くよ」

メイド喫茶くんは、力なく立ち上がると、トボドボと歩き始めた。

タンカードを握りしめているメイド喫茶くんは、ひょっとしたらこの後、メイド喫茶に行くのかもしれない。

背中丸めて歩き、会計を済ませずに店を出るメイド喫茶くんの後ろ姿を、僕はずっと眺めていた。

喫茶店スピーカーからは、最近はやりの恋の歌が流れていた。

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