はてなキーワード: crtとは
科学と生活のイーハトーヴ » 女性の自己実現と、不幸の取り引き
http://blog.ihatovo.com/archives/4816
かいつまんで読んだ解釈ですが、社会進出が進んだといえど、まだ完了していないという実感は根強く残っている。その一方で、働く/家事育児に専念する/両立させる、など選択肢が増えたことによる切り捨てたものへの後悔がもたらす不幸感(選択肢のパラドックス Barry Schwartz: The paradox of choice http://www.ted.com/index.php/talks/barry_schwartz_on_the_paradox_of_choice.html)も生じているという話題かと。
The Paradox of Declining Female Happiness | MND: Your Daily Dose of Counter-Theory
http://mensnewsdaily.com/2009/09/14/the-paradox-of-declining-female-happiness/
What Women Want Now - The State of the American Woman - TIME
http://www.time.com/time/specials/packages/article/0,28804,1930277_1930145,00.html
CRT/tanaka Blog » Blog Archive » Women, Work and the Happiness Factor
http://blog.crt-tanaka.com/2009/10/women-work-and-the-happiness-factor/
Women’s Declining Happiness: The Paradox That Isn’t « Undecided
http://undecidedthebook.wordpress.com/2009/09/21/womens-declining-happiness-the-paradox-that-isnt/
Op-Ed Columnist - Blue Is the New Black - NYTimes.com
http://www.nytimes.com/2009/09/20/opinion/20dowd.html?hp
湿度が高い。
窓を開けていたら、湿気が多くて、CRTのフォーカスが緩んでいた。温まるまで何をやってもピントが合わないので、20分ほど、放置しなければならない。
コイルが湿気によって正常な値を出力しなくなるのが原因だと思われる。
毎年、この時期になる。ゲームやDVDを再生する為のテレビは、同じ環境においてあっても湿気の影響を受けないので、おそらく、家電とPC用とでは、製造基準が違うのであろう。
コイルのどれかを樹脂で密封すれば良いとは思うのだが、どのコイルなのかが、回路図が無いのでわからないのであった。
アナログ回路はノウハウの塊なので、技術と技術者を経験の積み重ねで育てなければならない。デジタル回路なら技術者は要らないというのは、デジタル回路の部分だけはその通りだが、デジタルパーツに電源を供給する電源回路や、結果を出力する出力回路はアナログになる。
調子にのって技術者を切り捨て、はんだ付けを賃金の安い海外に出した結果、信頼性が低くて壊れ易い製品ばかりになるというのは、買い替えを発生させるという点ではメリットがあるが、ブランドイメージを破壊し、どうせ壊れるのだから、安価な製品で良いという消費者の安物買いを発生させるのであった。
壊れない代わりに陳腐化させるというのが、正しいブランドイメージの構築なのだが、宣伝でブランドを作れるという代理店の口車に乗って、間違った努力をしてきた結果が、日本の製造業の現状である。
もうそろそろ進路を切り替えても良い時期なのだが、株主総会の様子を見ていると、どちらが先に動くかという、行政との睨み合いになってしまっているようである。
特にアニメーション作品でよく見かける、「これはモニターに出力された映像ですよ」という演出として描かれる独特な表現がある。正確な名称を知らないけれど、ブラウン管テレビのインターレースのように、映像の間に互い違いに縞模様のように黒い線が入っている、あれ。
あれは確か、これから一般化していくであろう液晶テレビ(ディスプレイ)、プラズマテレビ(ディスプレイ)では起こりえない現象だったはず。となれば、将来的にはこの描写も時代遅れなものとして描かれるんだろうか。既存の作品における、ブラウン管やCRT独特の「くすみ」や、数秒おきに画面を上下に通り抜ける走査線の帯といった描写も、今後は登場した頃とは全く違うアイコンとして機能していくのだろうか。
おそらく学生なんだろうけど、自分が知っていることは相手も知っていて当然、という子供っぽさが感じられるのが痛い。説明が足らないわ前後関係gdgdだわ、これでよく話が通じると思ったなw
学生にしても書きようがあるぞということで、エントリごと添削。
購入した店にその修理を依頼したのですが、そのときの対応がどうにも納得いかず、
○月○日にメールしたのですが、×月×日現在、返信がありません。
日本製一般家電では迅速な対応が当たり前だと思いますが、自作PCパーツを扱う部署は
そうした意識に欠けているのでしょうか。皆さんは、返信無しなんて目にあったことあります?
以下、私がLGにメールした文面です。何かおかしいこと書いてるから返事遅いんですかね?
=================================== ご担当者様
私は□□県□□市に住む△△△△と申します。
御社製品の修理対応についてご質問させていただきます。
御社液晶モニターLG246WH??BNを、△月△日に○○という店舗で
購入しました。そのディスプレイを8ヶ月の間、使用してきましたが、
先日*****という不具合が発生し、販売店舗に問い合わせたところ、
引き取り修理対応ということになりました。
販売店からは修理には1ヶ月を要すると言われたのですが、その間ディスプレイを
使用できないと仕事上差し支えが出ますので、代替品を要求いたしました。
しかし、販売店は代価品は提供できない、できたとしても使い古しの
CRTモニターくらいで、それも自分で持ち帰れと言うのです。
また、修理後の製品の引き渡しは販売店舗で行うとも言われました。
こうした販売店舗の対応について、また御社製品の修理対応について、
以下の3点についてご回答をお願いします。
1.保証期間内の修理時、代替品の提供について
保証期間内に生じた不具合によって、長期にわたる修理が必要とされるのであれば
修理期間中は購入した製品と同等の代替品が提供されて然るべきだと考えております。
御社はこうしたケースにおいて、メーカー責任として、販売店舗に御社製品の代替品を
提供することを認めておられるのでしょうか?もし、代替品を提供していただけるのであれば、
私はどのような手続きをとればよいでしょうか?<
2.修理後の製品の受け渡しについて
販売店舗からは、修理後に帰ってきた製品は店舗にて受け渡すといわれましたが、
御社に修理を依頼した場合、修理を依頼した顧客の自宅に修理品を配送する
ということはしてただけないのでしょうか?また、御社では電話一本で担当が顧客宅に
訪問し、対応するということはしておられないのでしょうか。
3.LG電子としての販売店に対する対応について
私が質問させていただいてきた点について、御社と販売店舗との間に意見・方針の
相違などありましたら、LG電子様として販売店舗に対してどのような対処をして
いただけるのでしょうか?ペナルティを科すということはしていただけないのでしょうか?
以上3点につき、ご回答をお願いします。
(signiture省略)
===================================
店舗側の対応も、LGからの返信も、PCパーツだから緩く考えているところもあるんですかね。。
まぁ、もっと簡潔にした方がよいのだが、学生っぽさと元増田の主張を残しつつ、クレーマーっぽさを薄めるとこんな感じ。つーか、単にアレゲな主張ばかりになったわけだが。
ただ、一応元増田をサポートしとくと、LGは修理期間中の代替機の貸し出しサービスは保証の範囲でやってるみたいよ。
LG Electronics :: Product Administration
■代替機貸出しサービス 保証期間内で製品の不具合が発生した場合、ご希望のお客様には代替機をお貸出し致します。これによりお客様のご負担を軽減し安心して修理依頼をする事ができます。
最初っからここ通せば良かっただけだと思うけどな。
ただ、不具合が起こって泣き言を言うくらいなら、PC自作すんなよ、そもそもLGなんて選択するなといいたい。
ジサカーにとっては、保証の選択もスキルの1つ。特に値が張るディスプレイに関しては、どういった保証、サポートがあるのか、それが実際にどう機能しているのかどうかくらいは調べておけ。
そして俺はさっきの地震にびびった。
というのは液晶をバカにしすぎだけど、
ゲームやるときに残像が残るかどうかというのは、往々にして買ってみないとわからないものだ。
世間一般で良いとされている液晶ディスプレイは
・VAパネルを使っているせいで黒→灰色の変化時に残像が残りまくる
・もしくはそれを補うためにディスプレイ側で画像処理をやりまくって遅延する
というものであり、ゲームには向かないのだ。
こっちのほうがマシだとは思いつつもパネル以外のスペックが低いことが多く選択肢が狭い。
http://anond.hatelabo.jp/20080918230035
弟のPC見てみたら未だにCRTのディスプレー使ってるんで、なんでって聞いたらゲームするとき液晶だと残像が残って見にくいのだとか。
部屋の片隅に使ってない液晶ディスプレーが置いてあった。そんなもんなのかなぁ。
Visual Studio 2005しかインストールしてない場合、Python 2.5だとdistutilsが正しく動かないっぽいので、どうにかしたいYO!
distutilsでVisual Studioを使うときのコンパイル環境は、sysモジュールのversionプロパティを参照して環境を選択をしているようです。Pythonのインタプリタを起動して、以下のような命令を実行してみると、sys.versionプロパティが確認できます。
import sys;print sys.version
Python 2.5.2だと、以下のようになっています。Visual Studio 2003の環境が使われるようです。
2.5.2 (r252:60911, Feb 21 2008, 13:11:45) [MSC v.1310 32 bit (Intel)]
Python 2.6a1だと、以下のようになっています。Visual Studio 2008の環境が使われるようです。
2.6a1 (r26a1:61155, Mar 1 2008, 12:11:56) [MSC v.1500 32 bit (Intel)]
以上から察するに、Python 2.5.2とPython 2.6のどちらでも、Visual Studio 2005の環境が選択されることはないっぽいです。うーん、困った!
「Python 2.6とVisual Studio 2008をインストールしよう!」というのを真っ先に思いつきましたが、あんまり環境を変えたくないんだよなー。というわけで、環境の変更を最低限に抑えてどうにかしてみました。簡単に言うと、distutilsだけの置き換えをしました。
Python 2.6の公式ダウンロードページから、Windows版のインストーラーをダウンロードして、適当な場所にインストールしてください。
"Python-2.5.2/Lib/distutils"を別の場所に移動し、"Python-2.6a1/Lib/distutils"を"Python-2.5.2/Lib"以下にコピーしてください。以降はPython 2.6は必要ないので、アンインストールして構いません。
上記の2点の変更を行います。distutilsディレクトリに、以下のパッチをあててください。
Index: msvccompiler.py =================================================================== --- msvccompiler.py +++ msvccompiler.py @@ -170,6 +170,7 @@ if majorVersion == 6: minorVersion = 0 if majorVersion >= 6: + return 8 return majorVersion + minorVersion # else we don't know what version of the compiler this is return None Index: msvc9compiler.py =================================================================== --- msvc9compiler.py +++ msvc9compiler.py @@ -128,7 +128,7 @@ "sdkinstallrootv2.0") else: raise KeyError("sdkinstallrootv2.0") - except KeyError as exc: # + except KeyError, exc: # raise DistutilsPlatformError( """Python was built with Visual Studio 2008; extensions must be built with a compiler than can generate compatible binaries. @@ -172,6 +172,7 @@ if majorVersion == 6: minorVersion = 0 if majorVersion >= 6: + return 8 return majorVersion + minorVersion # else we don't know what version of the compiler this is return None @@ -455,7 +456,7 @@ try: self.spawn([self.rc] + pp_opts + [output_opt] + [input_opt]) - except DistutilsExecError as msg: + except DistutilsExecError, msg: raise CompileError(msg) continue elif ext in self._mc_extensions: @@ -482,7 +483,7 @@ self.spawn([self.rc] + ["/fo" + obj] + [rc_file]) - except DistutilsExecError as msg: + except DistutilsExecError, msg: raise CompileError(msg) continue else: @@ -495,7 +496,7 @@ self.spawn([self.cc] + compile_opts + pp_opts + [input_opt, output_opt] + extra_postargs) - except DistutilsExecError as msg: + except DistutilsExecError, msg: raise CompileError(msg) return objects @@ -520,7 +521,7 @@ pass # XXX what goes here? try: self.spawn([self.lib] + lib_args) - except DistutilsExecError as msg: + except DistutilsExecError, msg: raise LibError(msg) else: log.debug("skipping %s (up-to-date)", output_filename) @@ -598,7 +599,7 @@ self.mkpath(os.path.dirname(output_filename)) try: self.spawn([self.linker] + ld_args) - except DistutilsExecError as msg: + except DistutilsExecError, msg: raise LinkError(msg) else:
python.exeと同じディレクトリに、以下のXMLを"python.exe.manifest"として保存してください。
<?xml version='1.0' encoding='UTF-8' standalone='yes'?> <assembly xmlns='urn:schemas-microsoft-com:asm.v1' manifestVersion='1.0'> <dependency> <dependentAssembly> <assemblyIdentity type='win32' name='Microsoft.VC80.CRT' version='8.0.50608.0' processorArchitecture='x86' publicKeyToken='1fc8b3b9a1e18e3b' /> </dependentAssembly> </dependency> </assembly>
これで終わりです。
以上のような組み合わせで出くわした困ったことと、その解決策をメモしておきます。
Python was built with Visual Studio 2003;
extensions must be built with a compiler than can generate compatible binaries.
Visual Studio 2003 was not found on this system. If you have Cygwin installed,
you can try compiling with MingW32, by passing "-c mingw32" to setup.py.
setup.pyに.iファイルとか.cppファイルを記述して実行すると、こんな感じのエラーメッセージが表示されました。うーん、困った!
http://labs.cybozu.co.jp/blog/mitsunari/2007/08/vc2005boostpython.html
上記のページを参考にして、"%Pythonをインストールしたフォルダ%/Lib/distutils/msvcompiler.py"を以下のように修正してみたら解決できました。ありがとうありがとう!
--- msvccompiler.py 2007-04-04 17:17:12.000000000 +0900 +++ @@ -126,7 +126,7 @@ self.set_macro("FrameworkDir", net, "installroot") try: if version > 7.0: - self.set_macro("FrameworkSDKDir", net, "sdkinstallrootv1.1") + self.set_macro("FrameworkSDKDir", net, "sdkinstallrootv2.0") else: self.set_macro("FrameworkSDKDir", net, "sdkinstallroot") except KeyError, exc: # @@ -252,7 +252,10 @@ def initialize(self): self.__paths = [] - if os.environ.has_key("DISTUTILS_USE_SDK") and os.environ.has_key("MSSdk") and self.find_exe("cl.exe"): + if self.__version >= 7.1 or ( + os.environ.has_key("DISTUTILS_USE_SDK") and + os.environ.has_key("MSSdk") and + self.find_exe("cl.exe")): # Assume that the SDK set up everything alright; don't try to be # smarter self.cc = "cl.exe" @@ -288,10 +291,16 @@ self.preprocess_options = None if self.__arch == "Intel": - self.compile_options = [ '/nologo', '/Ox', '/MD', '/W3', '/GX' , - '/DNDEBUG'] - self.compile_options_debug = ['/nologo', '/Od', '/MDd', '/W3', '/GX', - '/Z7', '/D_DEBUG'] + if self.__version >= 7.1: + self.compile_options = [ + '/nologo', '/Ox', '/MD', '/W3', '/EHsc', '/DNDEBUG'] + self.compile_options_debug = [ + '/nologo', '/Od', '/MDd', '/W3', '/EHsc', '/Z7', '/D_DEBUG'] + else: + self.compile_options = [ + '/nologo', '/Ox', '/MD', '/W3', '/GX', '/DNDEBUG'] + self.compile_options_debug = [ + '/nologo', '/Od', '/MDd', '/W3', '/GX', '/Z7', '/D_DEBUG'] else: # Win64
setup.pyを実行するとcl.exeが見つからないみたいなエラーが表示されました。これは、アレだ。「パス通せ!」ということですね。bashを起動するときのバッチファイル(たぶん"cygwin.bat"とか)で、以下のような行を入れてやれば解決しました。
call "%VS80COMNTOOLS%vsvars32.bat"
d:\python25\include\pyconfig.h(189) : fatal error C1083: include ファイルを開けません。'basetsd.h': No such file or directory
setup.pyを実行すると、上のようなエラーが表示されました。
http://d.hatena.ne.jp/ousttrue/20070531/1180556273
上記のサイトを見るとインクルードパスが通っていない場所に"basetsd.h"があるのが原因なので、"cygwin.bat"にインクルードパスの設定をしておきました。
call "%VS80COMNTOOLS%vsvars32.bat" set INCLUDE=C:\Program Files\Microsoft Platform SDK\Include;%INCLUDE%
link: extra operand `/INCREMENTAL:NO'
詳しくは `link --help' を実行して下さい.
これは、cygwinのほうのlink.exeが実行されてるのが原因でした。スマートな解決策ではありませんが、cygwinのほうのlink.exeをリネームして解決。パスの設定順序とかでどうにかできるといいんだけど、どうすればいいんかな。
MSVCR80.dllが見つからなかったため、このアプリケーションを開始できませんでした。アプリケーションをインストールし直すとこの問題は解決される場合があります。
SWIGが生成した.pyファイルをimportしたら、こんな感じのエラーダイアログが表示されたよ。うーん、困った!
http://d.hatena.ne.jp/moriyoshi/20070525
上記のページを参考にして、"%Pythonをインストールしたフォルダ%/python.exe.manifest"として以下のようなファイルを新しく作ったら、解決できました。ありがとうありがとう!
あとこれ、bashから実行したらエラーダイアログが表示されず、importするモジュールが見つからないみたいなエラーメッセージが出力されるだけだったよ。
<?xml version='1.0' encoding='UTF-8' standalone='yes'?> <assembly xmlns='urn:schemas-microsoft-com:asm.v1' manifestVersion='1.0'> <dependency> <dependentAssembly> <assemblyIdentity type='win32' name='Microsoft.VC80.CRT' version='8.0.50608.0' processorArchitecture='x86' publicKeyToken='1fc8b3b9a1e18e3b' /> </dependentAssembly> </dependency> </assembly>
ブックマークでも人気のこちらを見て考えた。
80年代に隆盛を誇った8bitホビーパソコンの追憶の詩と映像である。若くてそんなの知らない向きにはこちら→Wikipedia 8ビットパソコン、ホビーパソコン
要するに貧相な計算能力ながらようやく「人間にも分かる」表示能力と発音能力を持った初期のパソコンの、ユーザーがその表現をプログラム側からながら自由に扱うことができるところに面白みのあった一時代についての懐古である。曲も素晴らしい。
もちろん私も8bitホビーパソコンのストライクゾーンユーザーだったわけで上記クリップの言わんとする感じは良く分かる。逆に世代が違うとそれだけでこのビデオ作品には何も感じないかもしれない。
しかしそんな懐かしズムについて語りたいわけではない。いや、むしろ猛然と語りたくてしかたないのか。ともあれ、この国産8bit時代に我々現30代はアーダコーダと雑誌を横に機械語まで弄ったりしたのだ。頭の柔らかい中学生ぐらいだから理系とか関係なく自然と言語を取り扱えた。いきなりバイナリでコードを組んでる姿は親からみたら異星人だったに違いない。それでもクラスに数人はいたはずだ。希少種というほどでもない。
そこで疑問に思うのがそんな我々30代が社会で中堅と相成った現在において、この日本のソフトウェア産業のレベルが低いのはどういうことなのだろうか。かように自主的にコンピュータの実習をしてきたにもかかわらずだ。
怪しい部分はいろいろある。
8bitパソコンにうつつを抜かしている間言われたのは「プログラマーでは食っていけない」という呪いだった。実際、私も特性があったとも思えないが選択肢から最初から除外していた。この辺の妥当性は現在プログラマーの人のコメントを待ちたい。外見的にはWebプログラマーとして人材が流れ込む現在とは対照的だとは思う。
また、90年代の停滞だ。Macintoshの廉価版と続くPC/ATとWindows95の普及まで「パソコン」は暗黒期にあった。さらに言うと2000年ごろのウェブプラットフォームが現実感として開けてくるまで80年代のような「パーソナル」さはなかったように思う。
思うに、80年代のパソコンと90年代(後半)以降のコンピューティングは全くの別物だったのではないだろうか。
そこで8bitパソコンがなんだったかというと、実際はパーソナル「コンピュータ」ではなくパーソナル「メディア」だったのだろうと思うのだ。(当時ログインで伊藤ガビンがPCメディア論を振るっていたが、ここではもっと画用紙同様の素直な意味である)今からみると惨めな表現力しかないのだが自由に、難しい表現だが、扱うことができた。サラリとその場でBASICを組めばキーに音を割り振れるような自由だ。いくつかの8x8マスのカラフルな独自“文字”を設定してテレビ局しか触ることのできなかったCRT画面を芝生“文字”や樹木“文字”で埋め尽くし草原にしてしまう自由だ。
特に当時は計算能力に限界があったためユーザーも遅くて動かないアルゴリズムに凝ることより表現に凝ることに走ったのかもしれない。
ゆえにコンピューティングの正統な進化たるMacintoshやPC/ATではそれを引き継ぐことはできず、ラピッドプロダクションで表現を行うメディアであるウェブの普及までその再来感覚がなかったのだ。
そしてこれはコミック(60年代??)、アニメ(70年代??)と続きゲーム(90??年)が引き継いだ日本のサブカルチャーの基底をなす一つでもあると思う。
だから大人になったパソコン少年※が作るのはウェブプラットフォームランタイムではなく『PC-6601が歌うタイニーゼビウス』なのである。