はてなキーワード: 過去形とは
卒業旅行と称してはじめて台湾に行ったとき、色々と現地の土産屋を連れ回された。激安ツアーだったので仕方がない。必ずかわいい店員がいて訛り一つない日本語で特産品を勧めてくる。ぼくはまだ学生だったからお金がないと繰り返すのだが、その女店員はニタニタしながら「わたし日本語よく分かりません」などとミエミエのうそを繰り返し、結局は6000円もするカラスミを買わされた。その時まだ北京語なんて声調だって滅茶苦茶な「ニーハオ」と完璧だけど使う場所がない「ウォーアイニー」ぐらいしか知らなかったからだまされたのだ。喜んだのはそれをつまみに呑んだ父だけだった。
もうだまされたくない、それがぼくを中国語へ掻き立てる主たる動機だ。別に中国のかわいいお姉さんと結婚したり、一緒に住んだり、デートを楽しみたいとか、銀座四丁目交差点で熱いキスをしてみたいなんて考えは微塵もないのだ。
それで中国語教室に通いはじめたのだが、そこではじめて受け付けてくれた先生がぼくよりひとまわりも若いお姉さんだった。笑顔のかわいいアンパンマンのような気品があった。一通り現在の中国語能力についての簡単な口試をするといきなり、
「XXXXXXX(ぼくの名字の北京語読み)」
と呟きだした。自分の名字ぐらい中国語で言えたからすぐ分かったのだが、何が驚いたっていきなり"呼びつけ"だったのだ。全く、若い女性から毎回名字を呼びつけにされるスパルタ授業がスタートした。
「ニーチーグオチョングオマ?(あなたは中国へ行ったことがありますか)」
いきなり彼女はそんな質問を投げかけてくる。それぐらいもう先生は知っているはずだ。何を今さら・・・
「ウォープーチーグオチョングオ。(わたしは中国には行きません)」
そう答えるとはじめて会ったときの営業スマイルはなく、まるで浮気発覚後の旦那に哀れみをかけるような見下し視線で、
「行ったことがないときの否定は"メイチーグオ"でしょう?あなたは過去形まだダメですね!」
なんて言い放つのだ。それでも検定に合格したらいいものをあげるなんていうから頑張った。合格した。先生は近くにあるミスタードーナッツでいくつかドーナッツを買ってきてくれた。
「礼物(プレゼントですよ??)」
そのドーナッツの味をぼくは胸を躍らせながら食べた、いや違うっ!ぼくの目的はそんなもんじゃなかったはずだ!
因みに彼女は女性に対しての形容詞は「漂亮(きれい)」と「可??(かわいい)」しか教えない。クラスメートが「XXXXXは独身だから恋人にするといいよ」と言ったら真面目な顔して「もう遅いです!」と答えやがった!!
ところで、1週間90分の授業だけで中国語をマスターできるほど語学の世界は甘くはない。そこでチャイナパブをインターネットで検索して通い始めた。
破産した。
それなのにそこのママは毎日ぼくに電話をかけてくる。「全然来てくれないだから」いや一昨日行った、「XXXXXXが来るときは若い娘用意するから」驚くなかれ、ここには若い娘が一人しかいないのだ!
そう、その娘に送られて店の外に出たとき、コートやらジャンパーを着た夜の街特有の異国の女たちがいたのだ。
前置きが長かった。
その女たちというのがいわゆる場末の飲み屋街に必ずウロウロしている「マッサージいかがですか??」女たちだ。試しに"マッサージいかがですか"でググってみればいい。もちろんぼくはセックスライターでもなんでもないし、ぼくの目的というのはいつだって純粋なモノなんだから、彼女たちが何をしているかなんて説明なんかしない。大体分かっているのは基本的に彼女たちが日本語に不自由なことだ。こんな格好な語学練習相手はいない!
ここまできて、ぼくのことを中国人差別だとか女性差別だとかレイシストなんて後ろ指を指す偽善者たちが現れそうだが、何のことはない、彼女たちがまず日本人を蔑視していることは特筆に値する。普通中国で彼女たちはこんなことをしないはずだし、鼻の下のばした日本人オヤジの緩い財布を狙って日々活動しているに過ぎない、中国語の練習台にしたって何も悪いことはない。
ところで彼女たちを振り切る方法というのは一つ。「妻がいます」か「ガールフレンドがいます」で大体あきらめる。それでも追いかけてくると思うところが日本人が日本人たる所以だ。間違っても「不要(プーヤオ)」などと数少ない中国語語彙を使ってはいけない。
そうぼくは「不要(プーヤオ)」と言ったのだ。
「マッサージいかがですか??」
「不要(プーヤオ)」そう言って早足で通り過ぎようとすると後ろからダッシュして頭からタックルしてきたのだ。それからドドドドドっとぼくの前にでるなり上目遣いで、
「オニイチャン、チュウゴクゴウマイジャナイノー」
と抱きついてきた。それから隣で手さえ組んできて「サイゴマデデキマス」なんて意味の分からないことを言ってくるのだ。それにしても中国語を話さない。期待はずれの女だ。ジャンパーで丸々となっているから人なつっこい猫を思わせる。
「行くとどんなイイコトがあるんですか?」
「ハア?キマッテルジャナイデスカー、サイゴマデ、イチバンイイコトデショウ?」
そうか「サイゴマデ」というのはそんなにイイコトなのか!それにしてもこんな日本語を仕込んだのはどこの誰だ?
さすがにこんなアホなことを続けていると生来の鬱体質がさらに悪化するので、最近はiPodのリスニング練習だけで我慢して、夜は錦糸町のサウナに通うことにしている。
そのサウナの帰り、またいたのだ、「マッサージいかがですか??」女が。ぼくは懲りずに「不要(プーヤオ)」と不機嫌に吐き捨てたのに、ずっとついてくる。「アサマデイイデス」、朝まで捕まえてケツの毛までむしり取るつもりだな!ぼくは一貫して冷たくあしらい、渇いた喉を潤すために自動販売機に100円玉を2枚放り込んでいた。
左を向くとまだその女がついてきていた。さっきまでの笑顔は失せ、「ピア錦糸町」の灯りをバックにぼくを見つめていた。日常に疲れたように髪を乱しながら、暗くてよく見えないながらも目は潤んでいるように見えた。ああこれがアジアなのだ。ぼくは気づかぬうちに彼女たちに対して失礼を働いていたのかもしれない。彼女の視線の先には日本という資本主義、そしてかつての帝国主義の悪魔が見えているのかもしれないのだ。そう、次の一言に全ての恨みが凝縮されているはずだった。
"はてな村民はYourAVHostをなぜ叩かない" に関して、想像するところを書いてみようと思う。
はてなのサーヴィスを使ってるけど、"はてな村民" だという意識はなく、だいたいはてな村というものがよくわからない人間なので、一般的になぜ叩かれなかったのかということに対する想像になるけど。
ひとことでいうと、義賊的なサイトとして受け止めた人が多かったんじゃないかという気がする。ちゃんと考えてみて YourAVHost がホントに義賊的なサイトだといえるのかどうかは別として。
エロ・サイトには罠が多い。いや、最近はよく知らないから、エロ・サイトには罠が多かった、と過去形にしておこう。
そして、その罠を難なくすり抜けられたのは、初歩的なものとはいえ、技術的な知識をもつ者だけだった。
たとえば、トップ・ページからお目当てのコンテンツがあるページへとつながるホンモノの "入り口" がわかりにくかった。初歩的な HTML の知識があれば、ソースを見て、同ドメイン内ページへのリンクを探して見てみればすぐにわかった (実際には広告であるニセモノの "入り口" は他ドメインへのリンクだったり、明らかなリダイレクト・リンクだったりした) のだけど、これは HTML なんぞというものの存在すら知らない一般人にはかなわない行為だ。
あるいは、最近だとたぶんファイル共有ソフトを使えばいいのだろうけど、これまた、それなりに自分で調べてなんとかする "パソコンにくわしい人" でなければうまく使えなかったり、あるいは、それなりに手間がかかったりする (一般人はその種の手間はあまりかけない)。
YourAVHost は、このように一種の特権階級 (←おおげさw) に独占されていた宝物 (= 無料エロ) を、技術的な知識のない一般人にわけ与えるサイトだという側面がある。
さらに、エロ業者にはどうしても悪いイメージがつきまとってる。暴力団なんかとつながってたりするイメージがあるし、あるいはたとえそういう方面でクリーンでも、ネットを汚すスパム発信源として擁護に値しないと思われたりする。つまり、YourAVHost がおいしいとこだけを横からかっさらう、その相手は、情け無用の悪いヤツらだというわけ。
というふうに、YourAVHost は、悪いヤツらから宝物をかすめ取って、それを一種の特権階級に限らず、広く一般人に分け与えるサイト、つまり義賊的なサイトに見えたんじゃないかと思う。また、その手並みが鮮やかだった。
そんなわけで "絶賛" されたんじゃないか──というのが自分の想像するところ。どうかな。
http://anond.hatelabo.jp/20071223225426
なんか知らんが過去形で告白されることが多い。というかほぼそれのみ。
「オレ、お前のこと昔好きだったんだ」
「○○のころ、ちょっといいと思ってたんだよね」
ご丁寧に「今は○○ちゃんが好きなんだけどな!」とか付け加えてくる人もいて
となると私としては「はあ、そうですかーそれはどうもー」としか反応できないわけなのだけど
一体何が言いたいんだよああ? 見た目で好きになったけど中身を知ったら、うはw最悪wとか!?
ケンカ売ってるのか!?
そんな感じで今まではちょっとムカついてたんだけど、この間知り合って間もない人にこう言われた。
「なんかオレのこと警戒してない?」
えー? 警戒してませんよ。てか私はいつでも男にも女にもこういう態度ですが…
と、ここで気づいた。あれ? ひょっとして私ってつっけんどんなのかな? キツくて愛想ナシ?
だから脈ナシだと思われて(まあ実際脈はないわけだけど)、過去形の告白なのかな?
それならちょっと今までの過去形告白者に対して悪かったかなと思わんでもない。
憶病であり傲慢、そのように当時を過ごしていました。
人からの反発を恐れていました。それにより傷つきたくなかったのです。
また、相手の不機嫌を招くことも最大限に忌避すべきことでした。
ですから自分の意志を表現することがとにかく恐ろしく、口を噤んだままにどうにか分かって欲しいと祈るばかり。
そして時々、周りの心優しい人々があまりにも鈍感であることに苛立って歯を食いしばったものです。
私は自分の頼み事、それも、その対象となる人がしていることを止めて欲しいという類の頼みが非常に苦手でした。
例えば、静かにして欲しいだとか、そういったものです。
こうして過去形で語っている今でも、まあ全く苦手ではないという訳ではないのですが、世の人々もその様に思っているのだろうと偏見をもって対処しております。
当時は周りの心優しい人々が不意に見せる無神経さが醜く感じられ、私はそのような行動を憎みさえして、反面教師としてしまいました。
その結果が憶病さと傲慢さです。
どうして周りはわかってくれないんだろう。自分がどんなに騒々しいか、また無神経であるか、どうして自覚しないのだろう。そう、思い続けていたのです。
それで周りの人々を注意できなかったのがいけなかったのでしょう。
自分が可愛いといった意識が強かったのか、またはやはり相手の機嫌を損ねてしまう怖れの方が強かったのか、それは分かりません。
ひょっとしたらいじめにあったことが、こうした怖れを増す原因だったのかも知れない。そう言うこともできます。
しかしそれはやはり逃げであると思うので、これは自分の弱さ故なのでしょう。
今思えば、じっと黙ったままでいるのにある時突然にぎりぎりと歯を食いしばっている様は滑稽なものです。それで怒鳴りだしたりしなかった分、まだましといえるのでしょうか。
少しの負荷を受けただけで膝を折り奥歯を鳴らすような醜態を晒しているよりは、怒鳴った方がましとも考えられます。
私にとって叫ぶことはエネルギーを要することでした。
一時期は文字通り消えて無くなりたいとさえ思うほどに、私に住み着いていた苛立ちはひどいものでした。苛立ちでなくば絶望、まあそういったものです。
結局、私は一度酷い爆発を起こしてしぼみました。死にたいと騒ぎ立てるようなものではなく、ただ風呂場で泣きながらふやけていただけですが、その手先のふやけた皮がやがてしなやかに戻るように、私もぐいぐいとしぼんだのです。
迷惑を掛けないように息を潜めようというような意志は薄れ、周りを伺いながら少しずつ無神経さの発露と自己主張を始めています。
独り相撲の終焉はあっけないものでした。今は割と普通に生きている、そう思いたいものです。
脆い自分とは別れたはずです。
ですがあの頃が一番、真剣に他人のことを考えていたのかも知れない。
概ね間違いですが、当時のことを思うと時たま唸りたくなるのです。
ああ、手先が冷えてきました。
「小鳥はね、歌を歌わないの」
「小鳥は歌なのよ。歌は歌を歌ったりしないの」
「じゃあ歌を歌えなくなった小鳥はどうなるのさ」
「それは死んでいるのと同じ。ご飯を食べたり、息をしていたりっていうのとは違って、なんていうか、意味がないの。生きてる意味が、ないの」
そういって妻は家をでていったきり、帰ってこなかった。
僕は小説家だったが、それももう過去形だ。丸十年何も書いていないし、書く気もおきない。だらだらと過去の遺産を食い潰して生きていくつもりだったし、それくらいのたくわえはあった。
ただ妻がいないだけでそれ以外は何も変わらない生活。
妻は、僕を愛してはいなかった。僕の小説を、僕の物語を愛していた。物語だった僕を愛していた。物語を作れない僕は彼女にとって、まさに生きている意味がない存在だったのだ。
吸い込まれるようにそのドールショップの中に入り、僕は出会う。
青い髪のドール。その青い瞳が、僕を見つめると、僕は自分がドールになってしまったような錯覚を覚える。
「このドール、いくら?」
「そのドールはね、壊れてしまって、廃棄に出そうかと思っていたんですけど。それでもよければ、お安くしますよ」
僕はそのドールを買って帰る。
彼女の種類は、ボーカロイドで、彼女は歌うことしか知らない小鳥だった。彼女は歌だった。しゃべることができず、家事ができず、セックスができなかった。
そして、壊れているのは、その声帯だった。
僕たちは似たもの同士だった。
彼女は申し訳なさそうに紅茶を飲み、ケージの中のインコに目をやる。
僕は、歌えない小鳥に、意味を失った少女に、意味を与えてやる。
もう壊れたボーカロイドじゃない。
なにも壊れていない、僕の娘だ。
久しぶりに何か書けそうな気がする。
こういうとき、僕はどんなふうに返せばいいのだろう。
この間飲みにいったときに、僕が片思いをしていて振られた相手の子も来ていたんだけど、いやまあそのこと自体は今となっては別にどうでもいい事で、あまり気にもしていないんだけど、その時に、話の流れ、というか友達に話を振られて、ラダー理論の説明をいつものとおり、かなり適当にした。
ラダー理論自体の内容はここには書かないので、気になる人はぐぐるなりなんなりしてほしいのだけど、実のところ僕はあまりこれを信じているわけではない。ただ、人によって、「そんなことない」とか、「あるある」とか、それぞれの反応が違っていて、それが楽しいという野次馬根性的なものでもって、この話をよくしたりする。
そういう訳で、このときも半分冗談っぽくこの話をしたのだけれど、当の僕が片思いをしていた人も、ちょっと考えるふうの顔をして、「あー、でも私はそういうのあるかも」と言った。と、ここで始めて気がついたのだけれど、過去形とはいえ、好意をもった相手にこういうことを言うのは初めてで、どういう反応があるにしても、こうもやっとした気分になるのだろうなと思い至った。
その、「ある」という答えに対して、「そうですよね、僕は違うほうを上ってたんですよね、サーセン」というのも卑屈にすぎるし、「じゃあ、僕はどっちのほうだったの?」というのも、これから口説こうとする相手なら兎も角、振られた相手にそれはちょっとない。
結局、曖昧な表情で「へえ、そうなんだ」くらいで終わらせたのだけど、こういうとき、どう返せばいいんだろうと、少し思う。
TBSラジオ 月曜JUNK伊集院光深夜の馬鹿力 9/17放送分より
伊集院がオープニングからSONYのRollyについて20分近く語ったところをテキストに起こしてみた。
・抜けてるところも有るかも。
・括弧は筆者が補完した部分。
・一般人にむけて喋ってるのでもう知ってる話ばかりかも。
・伊集院はガジェットオタだけれども、Appleの社名変更やAppleTV,iPhoneのように発表後間を置いての発売事例は知らないっぽい。
・かなり長文ですがどうぞ。
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今週気づいたこと。
「ソニーが、ソニーが・・・時代の100歩先を行ってしまって、見失った。俺は。」
<<タイトルコール>>
Rolly見た・・・?
あのー、ソニーが、ひと月まで前じゃないか?何週間か前にソニーのホームページに、「Rollyっていうすげえの作ったからお前ら覚悟しろよ!」っつって、ね?アレなんつうのかな、何広告っていうのかな。いわゆる広告業界ではああいうやり方あると思うんですけど、「すごいの出る」っつって、そのフォルムみたいのを見せないわけ。
だから、ホームページには、「ソニーが音楽関連の新しい機械ですごいのを出す」っつってモザイクになってたから、俺は相当すごいのが、「すんげえ機能満載でモザイクなしでみせちゃうと他所に真似されちゃうのが嫌」なのか、「完全に女性器の形をしているか」のどっちかだと思ってたわけ。そういう機械が出るんだと思って期待してた訳です。まあ女性器の方を。
あんま見たことないんで。見たい!と思って。
んで、その後にちょっとソニーが不幸だったなと思うのが、「iPodキラーだ」って話が出たんだよね。ものすごい勢いで。これはついにソニーが、一番得意だった携帯音楽プレーヤーっていう、ウォークマンというジャンルはソニーが作ったわけで、それがどんどん進化して今のシリコンオーディオになってる中で、ね?
あれ、俺なんかかっこいいこと言ってね?DIMEに連載持てそうな感じの?でも連載の話が来たときには女性器そっくりの所しか、女性器そっくりのプレーヤー出ねえかな、ってので埋め尽くしてやりますけど。
ま、ソニーからしてみたら、iPodが世界を席巻してるのは、ソニーが作った「音楽を持ち歩こう」、「音楽を聴きながら仕事をしよう、町を行こう」みたいな、お家芸の部分を。それを、ずーっとこうアップルコンピュータにでかい顔をされてると。苦渋を、辛酸を舐めさせられてきた。そこでついにソニーがiPodを打ち負かせるようなものを出すんじゃないか、まあソニーは出すとは言ってないんだけどね、やっぱみんなソニーを期待してんだよね。
実際iPodで出遅れたけども、その後ソニーが作ってきたメモリーオーディオのやつ、メモリーウォークマンて名前なのかな?あれ。結構ソニーも追いついてきて、電池の保ちとかはソニーの方が全然抜いてない?とか、それから大きさ小さいのにビデオも表示できて、さらにはiPodのメモリー版が8GB出してきたらすぐにソニーが(容量で)追いついて、しかも再生時間がすごい長いとか、かなり追いついてきた感があるところに、ついにシークレット広告を出したから。
これ多分だけど、アップルコンピュータ(原文ママ)もびびったと思うんだよね。ていうのも今CMばんばん打ってるけど、アップルもiPodのラインアップを変えたんだよね。で、今まであったiPod nanoを形変えて、今まではビデオは再生できなかったんだけど、再生できるようにしたりとか。さらに、「あせったんだな」と思ったのが、Appleって基本的に「こういう画期的な商品が出ます」って言った日から買えるっていう、
今までAppleの親方が「おう、これだ馬鹿野郎、びっくりして座り小便して馬鹿んなっても知らねえぞこの野郎」っつって、「おう、みんな派手に餅を撒け、そういうとこケチるとゲンが悪いんだよお前よォ」っつって「建前じゃ建前じゃ!」っつってさあ、びっくりするぐらいババアしか食わねえような飴をガキにバンバン投げつけたりしてさ、「最後は三本締めで」なんつって最後は不審火で現場燃えちゃってっていう、そのずっこけ頭領の、あれ?おれ頭領の話してないよな?
そう、アップルコンピュータは発表があると、その直後からインターネットのAppleストアで買い物ができるわけ。今回も新型のiPod nanoに関してはすぐに注文受付になったんだけど、iPod touchっつったかな。アメリカで売ってるiPhoneの電話はつかないんだけど、ビデオは再生できるわ、今までの倍の容量あるわ、みたいなバージョンは発表したけど一ヶ月後の発売なのね。9/28ごろ出荷みたいな。今までのアップルは割とそういうやり方しかしなかったのに前倒しで発表したっていうのは、俺はRollyが怖かったんじゃないかと勘ぐっちゃうわけ。
少なくとも、Appleはそう思ってなくても、俺はそのニュースを見たときに、これは新しいiPodを、touchを注文を待とうと思ったの。なぜなら、このソニーのRollyについて、Appleはなにかしらの情報をつかんでて、相当警戒して今まではやらなかったフライング気味の発表をしてんじゃねえか?「Rollyが発表されたらうちのもの売れないんじゃねえか」くらいの危機感を持ってるんじゃないか?と思って、そうするとそのRollyってどんなんだ?と思って、俺はチラシの上に想像上のRollyを、もちろん女性器ですよ。で、かみさんに「あんた何描いてんのっ!?」って言われて「ローリーだよ!コレは!」なんつって、待っててさ。
で、ついに発表されるわけよ。
ホームページで。
そのRollyが!
で、・・・何アレ???
あのー、「買ったやつを指差して笑えるやつ」が出てさ。
いや、あのね、なんて説明していいかわかんない。
あの、今までさ、みなさんいろんなメーカーのそういう音楽をパソコンから落とし込んで聴けるメカを買ってきたと思うんですけど、だいたいさ、ポケットに一つ、肛門の中に一つくらいは入れてると思うんですけど。
今まで自分たちがそれに対して次の機種に望むものっていうのはさ、
いっぱい曲が入ったらいいなとか、
音質が良くなればいいなとか、
すごくコンパクトになればいいな、電池がもっと持てばいいな、とか
女性器そっくりだといいなとか、
明日の帰り道いきなり目の前に痴女が現れて俺の股間をすっごいもみほぐせばいいなとか、
お父さんが帰ってくればいいなとか、
いろいろ思う訳じゃないですか。
だけどソニーの考え方では、なんつうか、
(メーカーは)こうお客さんの思っていることを、こうキャッチするわけじゃないですか。
だからiPod陣営は小さいままビデオが見れたらいいなと思ったから新型iPod nanoでビデオ再生機能をつけたと思うんですけど、
ソニーはこう、「両サイドのフタがパカパカ自動的に開いたり閉まったりすればいいな」って思っちゃったんだろうね。
なんかね。ちょっと大きめのゆで卵みたいな形で、ラグビーボールみたいな形で、両サイドのところがフタみたいになってて、そこが音楽にあわせてパカって開いてそこがスピーカーになってたり、卵の中にジャイロというか重心を移動する装置が入ってるらしくて、音楽にあわせて勝手にころころ転がったりくるくる回ったりするって言う機能がすごい充実した代わりに、前のメモリーオーディオでは8GBあった容量を1GBに戻して、電池の保ちをすこぶる悪くするっていう、そういうものになったんですよ。
で、今考えるとソニーもちょっと弁護しなきゃなんないんで、言っときますけど、ソニーは元々iPodとかWalkmanとかとおんなじジャンルの商品として出すつもりは全然なくて。何か新しい、その、新しいけど、誰にもニーズが無いのは変わらないと思うけど、ジャンルとして持ち歩くもんじゃなくて。なんかプロモーションビデオが流れてるんだけど、ヤンエグの休日みたいのが、ソファーベッドに横たわりながらサイドテーブルでそいつがくるくる回ってるっていう、非常にうっとおしい感じのVTRがあんだけど。
なんだろあれ?で、なんかさ、いろいろみていると「狭い机の上は落っこちっからやめろ」みたいなことも書いてあるし。だからセンサーで、まあセンサーついて机から落っこちないようになったところで何だって話だけど、あのさ、今まであの音楽の、僕は音楽についてはLUNA SEA辞めてからノータッチなんですけど、音楽を聴いてて、「オーディオが踊ってくれたらどんなにいいか」って思ったこと・・・ある?
なんだろう、なんなんだろうか?あ、でもソニーで、一番最初にWalkmanが出たときみんなは、録音機能もない、ラジオもついてない、ちっちゃいかもしれないけどスピーカーもついてない、そんなラジカセっつうかカセットを何に使うんだ?って。それに対してWalkmanを作った男たちは、「そうじゃないんだ。外で音楽を聴く時代がくるんだ」と。で、それが世界を席巻したわけじゃないですか。
だから、そのときに、頭の固い、当時の俺たちみたいなやつが売れる訳ないよっつったけど、世界の共通語になったわけじゃないですか。だから何年か後の世界では「パカパカくるくるコロコロ」してることが、あり得るわけじゃないですか。何年か後には、あれを肛門に挿入してる人ばっかりの世界になって、大腸の中で今パカパカしてるってことになる可能性はあると思うんですけど。だけどなー。うーん。
ちょっと思うんですけど、PSP今度薄くなるじゃん。あれさ、PSP薄くなってほしいって思ってた?俺はさ、PSPの電池がもつようになれば無敵だと思ってたの。ていうか今も思ってる。だけど、今度のやつって省電力にした代わりに電池の容量減らしてそれで前と同じ時間ゲームができますってんだよね。俺はえー?って思うわけ。そこのニーズじゃないでしょ?
で、極めつけはさ、VAIOのさ、ゴーフルの缶みたいなのあんじゃん。丸いやつ。あれさ、あのスペース、余ってた?家に。あれを置くスペースが。なんかさ、みんなの家でパソコンを置くスペースって考えるわけじゃん。例えばさ、薄型テレビになって、テレビの上っていうスペースがなくなったから、例えば「薄型テレビの裏に張る、フックをつけてぶらさげる」とかなら、一番下の台のところは結局要るんだから、「あそこ空いてるじゃん、なるほど」って思うんだけど、今まであの円柱状のモノを置くスペースが空いてることってないよね?で、あの円柱を置くと、俺の性格的には、うめくくらい無駄なスペースが多かったりすんだけど。
今後Walkmanのときみたいに俺が「負けました」って言わされんのかな。「そんな常識的に考えたらわかるだろ、売れる訳ないよ」っていってて、後でみんなが「ころころかぱかぱ」してるところに俺だけiPod持っちゃってる日が来んのかな。ねえ気がすんだけどな。どうなんだろうな。
(Rollyを)買う予定の人に、なぜ買う予定なのかすげえ聴いてみたいなあ。
そんなこといいながら俺ソニー製品が嫌いなわけじゃなくて、やっぱり一時代有ったと思うのね。過去形じゃいけないのか。だから推測するに、もともとRollyは4万円くらいで出る予定なんだけど、もともとは30万くらいで、カパカパだけじゃねえものすごいいろんな機能を盛り込んだ機能を作るプロジェクトがあって、あのー、アメリカ人のCEOのときに採算のとれないものは撤退するっつって、アイボとかを止めたりしてたでしょう。だからそういうのことでもっと巨大なプロジェクトだったのに無くされるよりマシだとかで縮小してああなったんだとすると、あの延長線上に、手をかざすと音楽が鳴るとか、部屋の温度を感知して、その日の天気によってかけるBGMを変えるとか、もっとHDDを増設とかメモリーカードを入替えられるスロットが拡張できるとかってのがあって、それを削って削ってああなったんなら、まあいらねえけど、ソニーインサイドストーリーとしては合点が行かなくもないんだけど、そうだとしても決して明るい話じゃないよね。そうなったら終わりっていうか。
あのー、ぱっと見たときの俺の印象は、「タカラから3,980円で出るんだったらすげー買う」感じってわかる?エレクトリックおもちゃとして、「あー、すごいな。子供のおもちゃもこんなとこまでハイテクきたんだ。」ってそれで、タカラかセガトイズから出てさ、ハロのバージョンも有りますってんなら俺もびっくりしたね。まあ、高くて4,980円かな。それならすごいなって思うけど。
あれさ、すっごい楽しみにしてんのが、もっと発売が近づいてくるでしょ。そうするとmonoマガジンとか、DIMEとか、日経トレンディとかデジモノステーションとかあの辺に、出てくると思うのよ。インプレッションが。
その担当になったライターさんたちはがんばって褒めると思うのよ。だってさ、そういうグッズが好きでしょうがない人がやってるけど、そこは嘘はかけないし、かといって過度に悪くもかけないじゃん。その微妙な線をすごいがんばって、この業界用語でいうところの「血涙振り絞ってやっつけてくる」と思うのよ。で、そうすると、「僕が昔、箱根に行ったときに温泉卵を食べて・・・」とかっていう話が、全部で半ページの記事の前半が「地獄谷で食べた温泉卵があまりにおいしくて6個食べたところでさすがに気持ち悪くなった。そういう話があるんですが、ところで卵と言えばソニーのRollyが、」みたいな記事で、Rollyのところ4行くらいで、「欲しい人にはたまらない」で締めてあったり。「ソニーファンは検討に値する」とかね。「担当Y」とか、お前名前書かないのか!みたいな。その辺はまあ見物だよね。
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全部過去形ってことは、全部昔の話なのかな。
箱の正体を知ったのはいつごろなのか、コレクションは今どうなってるのか、そしてじいちゃんの話を書こうと思ったきっかけに興味があるなー
むくわれねぇなぁー。
なにかのせいにしたいというのはわかるけど。。。
君の描く成功像と君の現実を妨げているのは君の場合すくなくとも学歴なんかじゃない。
25歳までバイトをやってもちっぽけな組織の頭にもなれなかったことだ。
いいかペッパーランチの強姦して捕まった25歳は大学もいっていないが店長だぞ?
彼は月給40万だったそうだ。君はどうだね?
今からは大学いっても年齢的に無理だから、子供つくって次世代にかけるといいよ。
そのための君は養育費をしっかり稼ぎなよ。いいパートナー探しな。
学費だけで2千万。その他で2千万もみておけば十分だろう。
http://allabout.co.jp/children/ikujinow/closeup/CU20030531C/index.htm
子供も一人じゃこころぼそいから、なに最近だったら二人もいれば多いほうか?
なに、1億ほど稼げば養育費はまかなえるさ!
・・・。
そろそろ、一発逆転はあきらめてコツコツやったら?
3回くらいバイト先を転々として、今のところに落ち着いてた。
一ヶ月やってるだけで落ち着いたとはいわないんだぜー。
大手ってどこだろう。
気になったので調べてみた。
マクドナルド 原田 永幸 (東海大学工学部→日本ハンバーガー大学)
日本ケンタッキー・フライド・チキン (東京大学農学部) お! 東大だ!
吉野家ディー・アンド・シー 安部 修仁 (福岡県立香椎工業高校卒業)
ダイタンフード株式会社 (富士そば) 丹 道夫 (東京栄養食糧専門学校卒業 )
食べ残しの骨あつめてティラノサウルスでも創って売れば成功できるぜ?
一ヶ月ほど前。
僕と彼女は、何度かチャットをしているうちに自然と仲良くなった。
彼女の生い立ちや性格、そして顔を、想像の中で作り上げていったのだ。
彼女は頭がいい。
誤字が少なく、語彙は多い。
一回の発言はとても簡潔で明瞭だ。
いつも夜の十時ごろにログインして、日付が変わったころに消える。
彼女の発言。
《あなたの顔は見えないけど、きっと美形だと思っているの》
《僕もだ》と返す。
《きっと君は美人なんだろう》
何秒かの無言。
《そんなことないわよ》
それでやりとりが終わる。
僕らは互いに、顔の見えない相手の顔を想像していた。
僕らはそれで幸せだった。
幸せだった、と過去形で書いたのは、昨日、状況に変化が訪れたからだ。
いや、本当にあの“彼女”だったかはわからない。
その女性は、友だちらしき何人かと来店して、まずミルクティを注文した。
僕は一人でコーヒーを飲んでいて、最初は彼女たちをまったく気にしていなかった。
彼女は言った。
思わず僕は背後の会話に聞き耳を立てた。
「ある人といつも話すの」
「彼はとても頭がいいの」
「いつも夜の十時にやってきて、日付が変わる頃に落ちるのよ」
「きっととてもかっこいい人なんだわ」
「だってそう考えていたほうが楽しいでしょう」
話を聞くにつれ、僕はその女性がチャットの“彼女”であることを確信していた。
僕と彼女しか知らないはずのことを、その女性は楽しげに語っていた。
けれど、その段に至っても、僕は振り向くことができなかった。
僕は俯いたまま、コーヒーの揺れる表面を睨んでいた。
実際の彼女はどんな顔をしているのだろう、想像通りの顔なのだろうか、それとも。
踏ん切りがつかないまま数分が過ぎた。
あるいは数十分だったろうか。
「そろそろ出よっか」
彼女が立ち上がった。
ああ、行ってしまう。
僕は勇気を振り絞り、彼女の顔を見た。
「あの、何か?」
彼女が怪訝な目でこちらを見た。
「……何でもないです」
僕は嘆息して、また手元に視線を落とした。
最近、もてない女板を見るようになった。
ただ今恋人はいるが、どう考えてもメンタリティはここの人々と近しい。
だがこの板は、物理的に貫通いたすと住人として認められなくなるらしい。
物理的にはそうであっても(脱喪というらしい)、精神的に、この異常なまでの自信のなさとか対人恐怖とか、喪的な人間を抜けきれていない(というか、そういうものをもって生まれて、それはそうそう変わらないものなのでは?)、そんなオイラをのけ者にしてくれなくてもいいんじゃないのかい?
と思ったところ、カップル板には「元喪の集い」というスレッドがあるそう。
ここには元喪だった男女が、脱喪をした今でもかかえる不安や悩み、また、脱喪で得られた喜びなどを吐露している。
そして、ここには「自分の書き込みかと思った」「私がいる」といったレスがついており、皆同じような思いをもっているのだなあと思う。
まあ、どっちみち書き込みはしないのだけど、で、思うのが、そういったメンタリティを改善したりすることは難しいことなんだよなあ、ということ。
はてな界隈では非モテというのか?これはおもに男性に使われるようだが、その人たちの頑さと、喪男板、喪女板の人たちとは違うかんじなのかな?そのへんがよくわからない。はてなの中の人たちの非モテあたりの論はむずかしいというか文字数が多くて把握しきれていない。
そもそも「もてない」という言葉が広義過ぎるし、「モテる」「モテない」っておセックス市場、恋愛市場にたいして能動的な印象だし。
そのへんにまず違和感を覚えるんだよな。
そういった市場に対して興味がないとか達観しているとか、弱者だと意識してるとかそういうわけでもないんだけど、強いていうなら「そういった市場に参画することがゆるされてるとも思っていませんですた!」「弱者どころか不能者です!」くらいに思っている身の上でございまして。(ある側面では、比喩でもなんでもなく)
過去形になった市場参画の件にしても、だからといってその市場において好成績の華麗なステップ踏んでるわけでもなけりゃ、脱しきれない喪インド(喪マインド)による苦しみとか背負って這いずり回ったりしてるわけで、物理的なことや現状どうこうでステータス表示が変わるもんじゃないメンタリティを、「非モテ」であるとか「喪」であるとか、可変的な状態を名称にしてしまうからややこしいよなあ。とか思う。
もしや、このへんのことははてダ界隈では言われ尽くしているのかしら?
で、話がずれたが(というかもともと芯がないのだが)、能町みね子さんが連載で提唱している「モテない系」(←これは女子に対して名付けているようだ)というあたりとか、みうらじゅんの「DT」とか、このへんの「モテ」関連の概念や名称について、だれかわかりやすくまとめるか統一を図ってくれぬものか。とか日曜日のお昼前に思っている元喪であることよ。
http://anond.hatelabo.jp/20070413182324
そりゃ一緒じゃないだろうけど、それが何か?としか言いようがないよ。
俺は俺の体験談を語ってるだけだもの。あんまりいいものじゃなかったって過去形で書いとけばよかった?
それとも、「俺はほぼ10割女子で超ハッピーだったぜ!」ってこと?
これはもう過去の話だから、過去形で話すのが正しいのかもしれないけれど、今でもたまに思い出してもやっとするので現在形で書いておく。
彼女とは知り合い以上友達未満の関係で、俺が一方的に好意を抱いているのだけれど、彼女はたまに気になる話し方で話すことがある。彼女は誰にでも明るく分け隔てなく接するような感じの子で、俺はそれでもうまいってしまったのだけど、彼女は僕にだけ言い訳をするような話し方で話すことがたまにある。「そういえば、この間夏祭りに行ったんだって?(楽しかった?)」僕が最後の一節を口にする前に、彼女は「うん、誘おうと思ったんだけど連絡付かなくて。ごめん」なんていう。いや、連絡付かなかったのは俺のせいなんだし、別に謝るようなことじゃない。そういう癖なのかなとも思うのだけれど、僕の知っている範囲では他の人にそういう話し方をしたことはない。
もう一つ思い出した。「○○くんはいつも携帯いじってる」なんて彼女はいうのだ。うん、確かに今はさっき来たメールを読んでいた。けれど、いつもと言われるほどいつも携帯をいじっているわけじゃない。だけど、彼女がそういうのでぼくは「ごめん、でもこれはね」と言い訳する。ああ、なんだ。俺も言い訳してる。でもこれは正しい。俺のは惚れた弱みだからだ。
俺はじつのところ、このもやっとした感情の原因がどこにあるか分かっている。彼女の言い訳も携帯(或いはその向こうに存在する誰か)に対する他愛もない嫉妬も、付き合ってる相手にするそれなのだ。だけど、俺はそれを認めたくない。認めたくない理由は分からない。だから未だにもやっとした感情から抜けられずにいる。
状況はぜんぜん違うけれど、http://anond.hatelabo.jp/20070207091039に捧ぐ。
先程、何となくテレビを見ていたら『マジック革命』という番組がやっていた。あの街なかで看板からハンバーガーを取り出して食べちゃうマジックが有名なセロが出ている番組だ。
その番組の中で、ゴルフ場を舞台にセロがマジックをする場面があったのだが、これにモロにCGだと思われる映像の乱れ(画像のブレ、解像度が微妙に違う)が見受けられた。「これに対して視聴者はどう思っているんだろう?」僕が、テレビ番組を観てる最中にそう思ったときは、2ちゃんねるの実況板を覗くようにしている。大方の予想通り「どう見てもCGです。本当に(ry」との意見が目立つ。そんな中にも「CGとか言ってるやつキモい」「セロのマジックはCGと思わせるほどに凄い」との意見もある。
あれが本当にCGかどうかは別として、僕はテレビ番組でCGを使って視聴者を騙す様な作りは別に良いと思っていた。それは観る側にメディアリテラシーがある、と僕が思っていたからである。夕食を食べた後、緩〜い編成の垂れ流しテレビ番組を見ながら、「これはねーよw」「今のはさすがにCGってバレバレだなw」とか言いながら、お腹を休める。これが現在のゴールデン番組の立ち位置だと僕は思っていた。
先程から過去形を頻出させてるのは、現在改めて考え直さざるを得ない状況にあるからだ。それが、今巷を賑わせる『あるある大辞典』の問題だ。僕はほとんどあるある大辞典という番組を観なかったし、例え観たとしても「納豆でやせるだ?有り得ねーだろw」とケチつけながら、ガキの使いが始まるまでの時間つぶしとして観ていただろう。
しかしこの問題で浮き彫りになったのは、あるある大辞典の情報を信用している人が結構居た、ということである。それでまた、ねつ造をしていたことに対して「怒っている」人が居るってな始末である。近頃の炎上ブームに乗っかって、ただ単にお祭り騒ぎがしたくてあるあるを批判している人も大勢いるとは思うが、あれだけスーパーから納豆がなくなる事態が起きたってことは、そういう人も少なからず居るのである。
さてここでセロの話に戻る。僕が今思うことは、あるある大辞典の情報を鵜呑みにしてしまう層の人々が、「マジック革命」を観たらどのような反応をするのだろう。ひいては(セロのマジックがCGで加工されていたと仮定して)セロのマジックがCGだったと週刊誌が報じた場合、どのような反応をするのだろう。この場合ややこしいのは、「マジック番組でCGを使ってはいけない」というルールが存在しないことだ。しかし、CGを使うということは、加工前の映像を撮影しなくてはならないので、出演者(セロのマジックに驚く役者)もマジックに共犯的に加担している。これをやらせと呼べるかどうかは限りなくグレーである。
しかしこの風潮だと「やらせだ!騙された!」という論調が通ってしまいそうな気がしてならない。
あるある問題で、関西テレビが謝罪番組を放送した。ここでの「放送局の信頼を裏切る行為。視聴者、関係者の皆様。誠に申し訳ございませんでした」との発言が引っかかる。僕は、まず前提として「放送局への信頼なんて1ナノも持ってね〜よ!」というスタンスである。だからこそ、CGを使ったマジック番組も鼻で笑って観られるし、エセ科学とねつ造情報の番組も時間つぶし程度に観られるのだ。
しかし頭っから信用してしまう人もいるんだな、ということ知り、更にこれからテレビ番組は面白いものを作ることが難しくなってきたな、と思う。なぜなら面白いもの作りには、作り手と受け取り手にリテラシーが備わっていることが条件だと僕は思うからだ。