一ヶ月ほど前。
僕と彼女は、何度かチャットをしているうちに自然と仲良くなった。
彼女の生い立ちや性格、そして顔を、想像の中で作り上げていったのだ。
彼女は頭がいい。
誤字が少なく、語彙は多い。
一回の発言はとても簡潔で明瞭だ。
いつも夜の十時ごろにログインして、日付が変わったころに消える。
彼女の発言。
《あなたの顔は見えないけど、きっと美形だと思っているの》
《僕もだ》と返す。
《きっと君は美人なんだろう》
何秒かの無言。
《そんなことないわよ》
それでやりとりが終わる。
僕らは互いに、顔の見えない相手の顔を想像していた。
僕らはそれで幸せだった。
幸せだった、と過去形で書いたのは、昨日、状況に変化が訪れたからだ。
いや、本当にあの“彼女”だったかはわからない。
その女性は、友だちらしき何人かと来店して、まずミルクティを注文した。
僕は一人でコーヒーを飲んでいて、最初は彼女たちをまったく気にしていなかった。
彼女は言った。
思わず僕は背後の会話に聞き耳を立てた。
「ある人といつも話すの」
「彼はとても頭がいいの」
「いつも夜の十時にやってきて、日付が変わる頃に落ちるのよ」
「きっととてもかっこいい人なんだわ」
「だってそう考えていたほうが楽しいでしょう」
話を聞くにつれ、僕はその女性がチャットの“彼女”であることを確信していた。
僕と彼女しか知らないはずのことを、その女性は楽しげに語っていた。
けれど、その段に至っても、僕は振り向くことができなかった。
僕は俯いたまま、コーヒーの揺れる表面を睨んでいた。
実際の彼女はどんな顔をしているのだろう、想像通りの顔なのだろうか、それとも。
踏ん切りがつかないまま数分が過ぎた。
あるいは数十分だったろうか。
「そろそろ出よっか」
彼女が立ち上がった。
ああ、行ってしまう。
僕は勇気を振り絞り、彼女の顔を見た。
「あの、何か?」
彼女が怪訝な目でこちらを見た。
「……何でもないです」
僕は嘆息して、また手元に視線を落とした。
普通そんな風に喫茶店で一緒にならないだろ。と思いつつ。 チャットのあまったるい体験談は大好きなので応援してます!些細な事から身バレしたことあったなぁ。 ほんともう一度チャ...
創作として、好き。 さらに、デブオタが一念発起して痩せて、増田で相談しながらがんばってそれなりのかっこして、その彼女と付き合うようになった後日談とかあったら更によい。 増...