クラスで何かを決めるときは、全員が納得しないと進めてはいけないというルールだった。
その結果、全員に納得が得られるまで、何回も同じことでクラス会を開くことになる。
だから、そのクラス会は放課後に開かれることになるわけで、その教師の頃はしばしば、
うちのクラスだけ放課後に、全員でクラス会を開いて帰りが遅くなるということがあった。
これが、生徒の迷惑も考えず遅くまで残しやがって、本当に面倒な教師だったなぁ…
というひとつの思い出で終わればよいのだが、そのクラスの中でも、私だけは違う感情を持っている。
つまり私は、むしろ主体的に、クラス全員を遅くまで残してしまっていたのであり、
どちらといえば、そのことを責める側ではなく、責められる側だったのだ。
そのことは当時、本当に苦しかった。
その教師の理想は美しかったし、否定したいとは今も全く思わないのだが、
残念なことに、その実現コストは、クラス委員である私ともう一人に丸投げだった。
クラス全員から見れば、放課後に居残りさせる主体は、教師じゃなく、私たちクラス委員だったのだ。
いや、苦々しい思いをしたのはそれだけではない。
教師自身は、クラス全体の意見をまとめあげようともしなかった。
それは当然、クラス委員である私たちに丸投げということになる。
私も、授業合間の休憩時間を潰して説得に回ったりした。
教師は一応、生徒自身が決めるというプロセスが大事なので自分は介在しないのだ、みたいなことを言っていたが、
その美しい理想の代償を、クラス委員という特定の生徒に押し付けるのは違うだろうと毎回思っていた。
誰もが納得できる意見の実現という理想をさも美しく語るたびに、その実現方法を具体的に示せよ!
社会科の教師なんだから、その歴史からなんかヒントをくれよ!と思っていた。
(そう、その影響で、個人的には、歴史の授業(というより、「歴史」という概念自体)が大嫌いだった。
その教師が教えた「歴史」というものが、困っていた私にはなんの役にも立たなかったからだ。
だから、「歴史」を学ぶことで、人を困らせてしまう何かが生じるんだとさえ思っていた。)
いや、その理想の押し付けで一番許せなかったことは、まだ別にある。
それは、反対意見を封じるのはいつも私の役目だった、という罪の意識を与えたことだ。
その教師としては、長々とした話し合いにより、賛成でも反対でもない第三の素晴らしい意見が生まれるとでも思ったのだろうが、
私には、反対意見をしっかり聞いた上で「それでもみんなが言うから…」と言うだけの拙いやり方しかできなかった。
それはもちろん、私に意見の調整能力が無かったのが一番悪かったのだが、それを上手くまとめるヒントみたいなものは、教師側からちゃんと示してほしかった。
そのせいで、「なんで、意見を無理やり押し込めるようなことしかできなかったのだろう」といった罪の意識が残ってしまったのだ。
その相手には、私の拙さで、意見をないがしろにしたことを未だに申し訳なく思う。
そして、その意識が今度は、私に反対意見を言うことをためらわせてしまうわけだ。
かつてはそれを無理やり妨げた方の人間である私が、それを言っていいのだろうかという意識。
また、先述のとおり、反対意見を調整する人間にかかるコストを考えることで、さらに反対意見をためらってしまう。
といった感じで、多数決ではない方法論や調整方法を指導しなかった教師のことを思い出すと、未だに腹がたってしまう。
社会の教師でもあるので、そのような社会的理想を持つのは構わないし、今の私はそれが正しいことだと理解できるわけだが、
その思想の実現によるコストを、特定の生徒に押し付けるべきではなかったと思う。
その結果、自分が反対意見を言おうとすると過去の罪やそのコストを考えてしまい、ためらってしまうようになった、というお話でした。
歴史なんて何の役に立たないっていうのだけは同意。
ちゃんと学べなかったからやろなぁ
いや、経験じゃなく歴史に学ぶというのもどうかと思うよ。迂遠というか
人間の群れの行動の集積が歴史なので、それを念頭に置かないほうが迂闊な感じがするが
歴史は、どうでもいいことまで調査されてきたために情報量が多くなりすぎて、知識としては使いづらくなってる側面がある。 雑学として覚えるのが楽しい人間はそれでいいかもしれな...
愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶという有名な言葉があるけど、君は愚者と賢者のどちらなのかな?
政府に都合の良い歴史学んでも意味ないけど、ちゃんと歴史学んでる? 明治維新をいいものだと思ってる馬鹿がこの国のお勉強できる連中だから終わってる。
いい先生じゃん。 逆恨みしてるだけ。
途中で挫折したけど「多数決で決める。先生の異論は却下する。先生が反対した場合は授業をボイコットする」って最初に全会一致で決めればよかったのでは?
その教師は民主主義の理念を中途半端にしか理解してない阿呆かと思ったけど、この結論を想定して行動していたなら策士だわw
ゴミみたいな教師やな(教師=ゴミというのは明白なのでこれはトートロジー)
同窓会とかでその先生首になってたり翌年からうまくいかなくなってたりという「続き」がみられたらちょっとは胸がすくかもしれんけど。 お疲れ様でした。
共産党の民主集中制のお手本のような事例ですね 1970~80年代には全生研(全国生活指導研究協議会)が「学級集団づくり〇〇」のようなマニュアル本を多数出版して、学級活動の手法を...
ほぼタイトルしか読んでないけど、で?って感じの内容でしょ
「意見がまとまらないと帰れないのはおかしいので意見がまとまらなくても帰っていいというのが私の意見ですがどうでしょうか?」 というトンチを効かせればよかったのだ、流石にこ...
そんな事したら多数派が得するエセ民主主義に疑問抱かない大人に育つだろ。
「身体に自浄作用が備わっているように民主主義にもそれを正そうという働きはある!」
先日、中学校の教師がギャンブルなどで多額の借金をかかえた上、人を殺して捕まった。 これは極端な例だが、教師といっても所詮は一人の人間に過ぎない。 にもかかわらず、子供たち...
部屋の中に土足で上がったスニーカーの足跡が、教師のスニーカーと一致し、 教師の血のついたマスクが現場に残されていた。 これではもう、ほぼほぼ、教師の犯行で間違いないね。
こういうゴミみたいな人間が上司に来ると非常に苦労するので、その過程であしらい方とか身の振り方を学ぶものだけど、学生時代にそれやれっていうのも酷な話だしゴミ教師ドンマイ...
安定したクラスがまじめでいい子の犠牲の上に成り立っているってやつなんだろうな。 元増田は間違いなく「鈴木先生」で言うところの「手がかからない子ども」だったんだろうな。 教...
学校のアレコレで言うのもバカバカしいが 本来少数派を説得する責任は多数派にあって議長にはない これを民主主義のコストとかドヤってるブコメは格好悪い やり方が間違っているの...