「普通(常識)って何だよ」。これを言っていいのは瑞々しい反抗期の中高生までだと思ってる。二十歳過ぎてこれ言う奴は逮捕して送検して起訴して欲しいとさえ思う。だから大人になって「普通って何だよ」って言う奴が嫌いだ。大抵の場合これを大人になって言うやつはドヤ顔だ。なので俺は反射的に「教えてやんねえよ」と思いながらそいつを幼稚なやつと認定して見下すことにしてる。
というかそれを言う時点でお前は「普通」という言葉の意味を理解していないことを宣言しているのでこれまでの人生における人間関係において「普通」という言葉を知ったかぶりしていたんだな?「普通はこうだよね」とか「普通の人」なんて言い回し二度とするんじゃないぞ?「普通にうまい」とか言ってろよ。
そもそもお前が「普通」にケチをつける理由はお前の価値観なり美意識なりが「普通」と対立しているからだ。都合が悪いからだ。そして「普通」に対して分が悪い。だが自分が「普通」に寄せるのはイヤなので「普通」を否定するのだ。正確には否定しきる程のロジックを自分の中に持ってないから「揶揄」するのだ。「普通って何だよ」とぼけて見せるのだ。知ってるくせに。卑怯者。教えてやんねえよ。
かと言って自分自身の価値観と美意識を、問答無用の説得力でもって「普通」の人たちに啓蒙し新たな「普通」になろうとは思っていない。あくまで自分はトガっていたいのだ。個性的でありたいのだ。相対的に「普通」という概念が基礎になければ個性なんて成立しないのに。
個性を求めて「既成概念に囚われないものを」と言って若者を唆す中高年の大人が嫌いだ。そんなこと言ってお前ら自身それほど「個性」が好きじゃないだろ?そんなにしてまで若者に嫌われたくないか?老害って言われたくないか?
どんなジャンルであっても大抵の若者は既成概念の塊である教育を、訓練を、経験を持っていない。そんな彼らに身に着けてもいない概念の否定を言ったとしたら彼らはどうするか?どうしたらいいのかわからず「戸惑って立ち尽くす」か「奇をてらう」のだ。そしてお前らはそれを二つとも否定するのだ。そして説教と言うマウントを始めるのだ。まったくもって不毛だ。
世の中ってのは圧倒的に普通の、凡庸な、面白味の無い、退屈な人間達で占められている。俺はもちろんお前だってそうだ。だから自分が個性だと思い込んでいるもののために普通をバカにするのをやめないか?そして普通の若者たちを「既成概念に囚われるな」などと自分が認めるつもりのない個性を要求するのをやめないか?「みんなちがってみんないい」は結局人間動物園の混沌しか生み出さない。そして「みんなそろってみんないい」は決して全体主義ではない。「普通」の「既成概念」の退屈な凪のような秩序の中から初めて突出した本当の個性が突然変異的に生まれると思うのだ。