デービッド・アトキンソン先生の本を読んで思い出しました。
僕が根暗になるまでの話です。
僕には年の離れた兄がいます。
学校でも人気者の兄は僕の自慢でしたし、憧れでした。
そんな彼が地元のサッカークラブに所属していたこともあり、僕もサッカーを始めます。
が、これがてんでダメ。
僕はサッカーが全く上手ではありませんでした。
するとどうでしょう。
とりあえず試合には出してもらえるのですが、ベンチのコーチからは試合中に大きな声で幾度となく叱咤を受けることとなります。
『あ~、だめだよ、だめだよ、〇〇ちゃ~~ん…』
という具合に。
初めこそ「上手いプレーで見返そう!」と何とか食らいついていました。
しかしそれすらも上手くいかず、徐々に心がすり減ってゆき、結局は委縮してしまいました。
常にコーチに見られている。
正直、試合の勝ち負けやなんてどうでもよかったです。
そして"その場しのぎ"を覚えたのもこのあたりです。
とにかくコーチに怒られたくありませんでした。
理解してもらえないかもしれませんが、これに関して印象的なエピソードがあります。
一度だけ、どうしても試合中にウンチに行きたくなってしまいました。
普通ならば「おなかが痛いです」ってベンチに駆け寄って一旦交代で済む話なんでしょう。
でもコーチの性格上、『試合前に行っとけよ...』なんて言われるのは目に見えていたので、どうしても言い出せなかったんですよね。
言っている側の内心では「まぁしょうがないか」程度に考えての言葉でしょうが、当時の自分はその一言を受け止められるだけの余裕がありません。
そんなダサイ状況ですから、普段の学校生活なんかにも影響が出てきます。
一度でも他人が自分をどう思っているのかを気にしだすと、何もできなくなっちゃうんですね。
今までは大好きだった体育の時間、ウケたくて熱心な準備をしていた帰りの会での一分間スピーチも。
この頃にはだいぶ日本人らしくなってきましたね。
そうしてだんだんコミュニケーションが下手になっていくのを感じてました。
自分が殻に閉じこもってる様子がはっきりと自分で見えていました。
そうして時間を無為にしている自覚と共に、その場しのぎを繰り返してきました。
何もできないし、とことんネガティブな自分にどんどん嫌気が差していきます。
特筆すべき特技なんかありません。
ちょっとできた勉強でさえも、大学ですっかり自信を失ってしまいました。
自分の場合はサッカーでしたが、他の根暗達は運動会やいじめなんかがキッカケだったんだと思います。
なんで経済系の本を読んでこんな事を思い出すのか。