私はメギド72が好きだ。
新しいメギド(メギド72ではユニットの事をメギドと呼ぶ)が実装されるたび、ある程度までは課金してきた。
そんな大好きなメギド72だが、謳い文句に「レアリティが無い」というのがある。
つまり、どんなユニットであっても「完全に使い道が無い」とか「完全に他のユニットの劣化」というのが無いという事だと思っている。
公式の生放送でも「どんなメギドでも役割があるのがいい所」と言ってるぐらいだし。
また、配布ユニット(課金しなくてもイベントやストーリーを進めると手に入るユニット)が強いというのもユーザー間では言われていた。
使い道がなかったり、他ユニットの劣化だったりする事は結構ある。もちろん完全に劣化というのは少ないが。
配布ユニットに関しても、ガチャから出るユニットの劣化だったり使い道がなかったりもする。
まぁよくある事だ。
そして、メギド72にはタクティカルソートという概念が存在する。
これは普通の行動とは違う行動全般を指し、同じタクティカルソートを用いるユニット同士でパーティを作ると一風変わった戦い方ができるというものだ。
その中の「協奏」というタクティカルソートについて思ったことがある。
メギド72はいわゆる「課金すればするほど強くなる」ソーシャルゲームとは違う事を盛んにアピールしていたように思える。
ユーザー間でも「配布だけで戦える」とか「配布が強い」とか言われていた。(配布ユニットの中にも特に強いユニットは存在する)
そして、「戦闘の奥深さ」に関しても盛んにアピールされている。
プロデューサー自ら「メギドではユニットが増えるたび戦闘の選択肢が増えるゲームを目指しています」と言っていたぐらいには戦闘に重きを置いている。
ユニットが増えるたび、敵に対して取れる戦略の幅が広がり、ユーザーはその中から適切なものを選ぶ事を楽しむ。
そういうゲームだったと思う。
4月の新ユニット実装で、前述した「協奏」を使うユニットが追加された。
「協奏」では音楽に関するユニットを用いる事で、「音符」を溜めることができ、溜まった音符の数に応じて技の性能が増減するというものだ。
同時に行われたイベントで「協奏」を用いるユニットは配布されたが、同じ頃に行われているピックアップガチャから排出される「協奏」を用いるユニットの方が明らかに良い性能をしていた。
ここまで露骨に配布ユニットとそれ以外で性能格差を付ける事はなかったので驚いたが、そういうものだろうと思った。
そして、この「協奏」が非常に強かった。
間も無くしてメインの方のストーリーが更新されたが、「協奏」で大体進めてしまう程度には。
この「協奏」というタクティカルソート、強いのだが動きが固定化されており、最初の方はその圧倒的な性能を楽しめたが、そのうち戦闘そのものを楽しめなくなってきた。
だが、せっかく強い手段が使えるのにわざわざ弱い手段を用いる気にはならなかったので、結局「協奏」で出来るところは全部終わらせた。
配布ユニットの「協奏」との差に運営への不信感を募らせながら。
そして5月に入り、新しいイベントが始まったが、やはり「協奏」で全部突破できてしまった。
でもわざわざ「協奏」を捨てて別の手段を用いるのは、なんだか無理矢理メギド72を楽しもうとしてるみたいで嫌だった。
そして何故「協奏」はここまで強いんだ?運営はバランス調整を間違えたのだろうか?と疑問に思うようになった。
だが冷静に考えたら、運営が「協奏」をどういうものにしたいのか気づいてしまった。
「協奏」は音楽に関するユニットを同時に使う事で本来の強さを発揮する。
そして、音楽に関するユニットはほとんどがガチャから排出されるユニットなのだ。
たとえ4月のピックアップで「協奏」を用いるユニットを手に入れたところで、それを支える音楽に関するユニットを持っていなければ使えない。
「協奏」の最大の力を引き出すために必要なユニットは全部ガチャから排出されるユニットである。課金して手に入れるユニットである。
「協奏」が強いのは私がそのユニットを持っているからであり、つまり課金したから強いのだ。
課金したからこそ何も考えずとも敵を倒すことができ、脳死で戦う事ができたのだ。
「課金すればするほど強くなる」なんて嫌だし、運営がそんな事をするなんて信じたくないからだ。
こんなところに書き込んだって何にもならないだろうが、吐き出さずにはいられなかった。
願わくば第二の「協奏」が現れん事を。
「現れん事を」だと「現れますように」って意味になっちゃうぞ https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1262958527