池永チャールストーマス被告がリベンジポルノに関する裁判の中で
犯行理由を「被害女性と自分が付き合っていたことを知らしめたかった」と述べている。
意外だったんだけど、リベンジポルノで被害女性の人生を破壊したかったわけじゃなかったんだな。
俺はてっきり、被害女性が一生自分の痴態が公衆に晒され続ける恐怖と不安と恥で、
メンタル病んで自殺するか、少なくとも社会不適応を起こさせることが目的かと思ったよ。
リベンジポルノってそういうものじゃないのか。つまり、被害者が生存していなければ意味のない犯罪だ。
だから、池永被告が被害女性を殺害したことに強い違和感があった。
殺してしまったら、もう精神的苦痛を与えることが出来ないじゃないか。
結果として精神的苦痛を味わっているのは、被害女性の両親だけだ。
ただでさえ東京の中流上位世帯で教育にも熱心だっただろうし、あまり性に開放的な家庭環境ではなかったはずだ。
しかし、現実は大事な愛娘が身元不明の男とネットを介して出会い、連日性行為をしていた。
その事実を知っただけでも大きな衝撃だろう。娘が未成年のうちに性体験を終えておいて欲しいと思う親御さんなんてまずいない。
(アンダークラスの家庭だって、娘の行動に勘付いていても愉快には思うまい)
そしてその動画がネットに公開され、世界中の少なくない数の人々に娘の痴態が鑑賞されてしまった。
自分がこの両親の立場だったら、正直、娘を殺して自分も自殺したくなったかもしれない。
中東の「名誉の殺人」ではないが、そのくらい強いショックを覚えるような事態だ。
この瞬間、両親は「貞操観念の緩いバカ女の親」から「可哀想な被害女性の親」へと変わってしまった。
つまり、結果として池永被告は両親の面目も保ってしまっている。少なくとも社会の側は親を責めることはできなくなった。
だから、この事件は日本犯罪史に残るレベルの凶悪で冷酷な事例だとは思うが、
その凶悪さのわりに犯人の冷酷さが中途半端であるような気がする。
池永被告がリベンジポルノを撒いた時点でやめておけば、(殺人と比べれば)微罪で逮捕されることは有っても、
ここまで大ごとにならなかっただろうし、一方で被害女性とその家族は一生に残る深い心の傷を負って、
自ら手を下さずとも、いやそれ以上に惨たらしい日々を送ることになっただろう。
いわば、体に手を出さずに魂だけを殺すことが出来たはずだ。
その意味で、今回の被告の独白は、非常に納得がいくものであった。
彼は被害女性に復讐したかったのではなくて、交際していたことを世間に自慢したかっただけなのだ。
おそらく殺害に至ったのも、もう自分以外の男に抱かれるのが悔しくて仕方なかったからに過ぎなかったのだろう。
その意味で池永被告は完全に狂っている。狂気の男を裁こうにも、彼は全ての目的をすでに達成しており、
どんな判決が下されようとも、深い満足感の中で余生を過ごすことになるだろう。
それがなんであれ、彼は死をもってしても償えないほどの罪を犯した。そのことは疑いようもない。