「最初から傾向はあったけれど、ランキング制がその方向性を決定付けたといえる。この星形シールは小宇宙戦争における勲章であり、権威の象徴なのだろう」
俺は栞に何かを書くことも、シールを貼って評価することも、あくまで“本来の目的”に付加価値をつけただけと思っていた。
だが違う、“逆”だったんだ。
彼らにとって大事なものは栞にこそあって、その対価としてシールが存在していた。
本はそのための土台に過ぎない。
食玩のように“本来の目的”は菓子ではなく、おまけの玩具の方にあった。
本のために栞があるのではなく、栞のために本があったんだ。
「あんな星屑のために権力闘争ごっことはな。ナンセンスって言葉はこのために生まれたんだろう」
タケモトさんの露悪的な言動も、事ここに至っては適切に思えた。
「はー……」
自分の「せめて理解しよう」という生半可な歩み寄りは、まったくもって甘かった。
同じ空間にいる同じ人間のはずなのに、異世界に見たこともない生き物が佇んでいるように見える。
むしろ近くで見れば見るほど、その認識は強固になっていくようだった。
彼らは優雅にコーヒーを飲みながら読書を嗜んでいるように見えて、その実は泥水をすすりながら栞と睨めっこしていたんだ。
その有り様は思っていたよりも複雑で、多様で、繊細で、滑稽だった。
様々な感情がない交ぜになり、咀嚼は困難を極め、飲み込むなんて以ての外。
本に張り巡らされた紋様だけの栞と、そこに降り注ぐ流星雨。
「きっしょ……」
一日に二回も“きっしょ”なんて言ったのは初めてだ。
しかし俺のボキャブラリーでは、それ以上に妥当な表現が分からなかった。
「おい、テメー!」
俺が本についた栞を眺めていると、突如として謎の怒号が店内に響いた。
「テメーだったのか!」
店内にいた一人の男が、そう言いながらズンズンこちらに近づいてくる。
「やっと見つけたぞ! ボブ!」
男は俺を指差した。
ボブ……って、まさか俺のことを言っているのか?
「ここで会ったが百年目! 恨みを晴らしてくれる!」
男の様子からして、ただ事じゃないのは確かだ。
しかし俺には全く身に覚えがなかった。
「あの、何に怒っているか分かりませんし、あなたと俺は今日が初対面でしょう。それに俺の名前はボブじゃないんですけど……」
この時、たまたま俺が持っていた栞はボブの物だったらしい。
それで俺がボブだと勘違いしたようだ。
「いや、俺はボブじゃないですよ」
「散々、おれの書くことにケチつけやがって……そのせいで周りまで追従してバカにしてくる。それもこれもテメーのせいだ!」
というか仮に俺がボブだったとして、逆恨みもいいところだ。
所詮このブックカフェ内で起きた小競り合いだし、今まで面識もなかった相手だろうに、なぜここまで怒り狂えるのだろうか。
俺の冷めた視線が男を逆なでしたらしいが、多分どう対応しても無駄だったろう。
完全にノイローゼだ。
「おれをここまで追い詰めた、テメーが悪いんだ!」
男は叫びながら、こちらに向かって猛スピードで突っ込んでくる。
その行動に対し、俺は驚きや恐怖よりも諦念に近い感情が湧きあがった。
俺は溜め息を吐きながら、受身を取る準備をする。
「マスダ、危ない!」
しかし吹っ飛ばされたのは男の方だった。
センセイが間に割って入り、男を天高く放り投げたのである。
投げられた男は勢いよく本棚に突っ込み、崩れ落ちた本に埋もれてしまった。
静観を決め込んでいた他の客も、これにはザワつく。
「センセイ、助けてくれて感謝しますけど、ちょっとやりすぎたんじゃ……」
「相手が武器を持っている可能性も考えたら受け止めるのは危険だった。これがベターだよ」
≪ 前 それは数週間前、栞サービスが軌道に乗り始めていた頃。 マスターはブックカフェをより繁盛させるため、更なるアイデアを投入した。 「多くのシールが貼られた栞は、このよ...
≪ 前 栞に感想が書かれていることも、貼られている星型のシールについても、既に知っていたこと。 それらが予想の十数倍ほど過剰だっただけだ。 「なんだこれ、どうなってるんだ...
≪ 前 「……そうか。だったら私たちが言えることは少ないかな」 「何事も距離感を大事にしたがる人間に踏み込んだ話をするのは時間の無駄だ」 しかし、俺の対応は意にそぐわない...
≪ 前 彼らの行為はとても漠然としている。 それは栞の本質を理解しないまま、あのサービスを利用しているのが一因だろう。 だから「栞に何かを書く」ことを享受する割に、それ自...
≪ 前 ………… 一部の常連客の不安をよそに、栞サービスは存在感を強めていった。 「マスダくん、久しぶり。今日はアイス? ホット?」 「ホットで」 久々に来たとき、店内の雰...
≪ 前 「多分ですけどね。彼らは“栞に何かを書くという行為そのもの”には理由だとか是非を求めてないんです」 俺はグラス片手に、二人の会話をただ聞いていた。 個人的には興味...
≪ 前 水出しホットコーヒーを飲み終わり、家路に着いて、飯を食って、出すもん出して、ベッドに突っ伏しても、俺の言い知れぬ違和感は払拭されることがなかった。 むしろ、あのブ...
≪ 前 俺はひとまず“クエスチョン栞”という命名センスをスルーして、他に気になっていることを質問した。 「この人、店で用意した栞に感想なんか書いちゃってるけど、それはいい...
≪ 前 「なんで栞が……?」 もちろん本に栞が挟まっていること自体は不思議じゃない。 だけど俺が手に取った本はブックカフェにあるものだ。 栞は読みかけの本に使うという性質...
≪ 前 店に入ると、マスターが迎えてくれる。 「お、マスダくん。いらっしゃい」 マスターは口ひげを蓄えた壮年の男性で、いつも白いワイシャツに黒いベストを着こなしている。 ...
朝刊新聞の連載小説感がある 毎日のことなのにいつも前回の話を忘れるのも同じ
≪ 前 センセイに言わせると、これは「いずれ起こりうる問題」だったという。 この一件は非常に突発的なもののように思えたが、水面下ではフツフツと沸きあがっていた問題だった。...
いい加減つまらないからやめてくれないかな 本当に面白くもなんともないんだよ