栞に感想が書かれていることも、貼られている星型のシールについても、既に知っていたこと。
それらが予想の十数倍ほど過剰だっただけだ。
「なんだこれ、どうなってるんだ?」
しかし込み上げてくる拒否感が俺の思考を鈍らせ、なかなか理解が追いつかない。
本と栞という単純な組み合わせ。
それを、ここまでエゲツなくできるという現実が、あまりにも衝撃的だった。
「なあ、マスダ? だから言っただろ」
「君が思っているよりも世の中は狭くて大きいんだよ」
タケモトさんとセンセイが「やっぱりな」といった具合に近づいてくる。
俺がどう反応するかなんて織り込み済みだったのだろう。
「ど、どうして“そんなこと”になるんです!?」
俺は狼狽し、まるで助けを求めるかのように回答を求めた。
「ガリ勉の参考書だって、ここまでゴチャゴチャしていない。複数の人間が読んでいるにしたって、一つの文庫本に挟まっていい栞の数じゃないですよ」
「要因は様々だが、あえて決定的な理由があるとするならば“コレ”かな」
センセイは落ちた本を拾い上げると、その中から一つの栞を俺に見せた。
「えーと……『この文章で伝わらない人がいるのは不思議だ。これは文化について何が正義かなんて決めようがないという話なんだよ。その儀礼にどのような態度を取るにしろ、その時に正しさを根拠にすべきじゃないってこと』……?」
「この際、書いてある内容はどうでもいい。他の栞との違いを見てみるといい」
言われた通り見比べてみると、確かに他の栞と少しだけ趣が違う。
付箋タイプの栞は見返し部分に貼り付けられ、本の天部分から大きく顔を覗かせていた。
貼り付けられたシールの数も多く、この本を開けば真っ先に目につく栞だろう。
「色んな人にシールを貼ってもらえた栞は、このようになるんだよ」
「つまりマスターの判断で、人気のある栞は目立つ場所に貼られるってこと」
そんなことされても迷惑なだけだろう。
マスターは一体なにを考えているんだ。
「位置を勝手に変えられたら、自分が読んでいた途中のページが分からなくなるでしょ」
「別にいいんだよ。彼らは“そういう目的”で栞を使っていないから」
「はあ?」
説明されればされるほど、俺の頭にはクエスチョンマークが浮かび上がった。
≪ 前 「……そうか。だったら私たちが言えることは少ないかな」 「何事も距離感を大事にしたがる人間に踏み込んだ話をするのは時間の無駄だ」 しかし、俺の対応は意にそぐわない...
≪ 前 彼らの行為はとても漠然としている。 それは栞の本質を理解しないまま、あのサービスを利用しているのが一因だろう。 だから「栞に何かを書く」ことを享受する割に、それ自...
≪ 前 ………… 一部の常連客の不安をよそに、栞サービスは存在感を強めていった。 「マスダくん、久しぶり。今日はアイス? ホット?」 「ホットで」 久々に来たとき、店内の雰...
≪ 前 「多分ですけどね。彼らは“栞に何かを書くという行為そのもの”には理由だとか是非を求めてないんです」 俺はグラス片手に、二人の会話をただ聞いていた。 個人的には興味...
≪ 前 水出しホットコーヒーを飲み終わり、家路に着いて、飯を食って、出すもん出して、ベッドに突っ伏しても、俺の言い知れぬ違和感は払拭されることがなかった。 むしろ、あのブ...
≪ 前 俺はひとまず“クエスチョン栞”という命名センスをスルーして、他に気になっていることを質問した。 「この人、店で用意した栞に感想なんか書いちゃってるけど、それはいい...
≪ 前 「なんで栞が……?」 もちろん本に栞が挟まっていること自体は不思議じゃない。 だけど俺が手に取った本はブックカフェにあるものだ。 栞は読みかけの本に使うという性質...
≪ 前 店に入ると、マスターが迎えてくれる。 「お、マスダくん。いらっしゃい」 マスターは口ひげを蓄えた壮年の男性で、いつも白いワイシャツに黒いベストを着こなしている。 ...
世界を俯瞰して見てみると、大抵の物事は陳腐に感じてしまう。 これを若い頃にやり過ぎてしまうと、いわゆる中二病だとか高二病だとかになりやすい。 かくいう俺も、これに片足を...
朝刊新聞の連載小説感がある 毎日のことなのにいつも前回の話を忘れるのも同じ
≪ 前 それは数週間前、栞サービスが軌道に乗り始めていた頃。 マスターはブックカフェをより繁盛させるため、更なるアイデアを投入した。 「多くのシールが貼られた栞は、このよ...
≪ 前 「最初から傾向はあったけれど、ランキング制がその方向性を決定付けたといえる。この星形シールは小宇宙戦争における勲章であり、権威の象徴なのだろう」 俺は栞に何かを書...
≪ 前 センセイに言わせると、これは「いずれ起こりうる問題」だったという。 この一件は非常に突発的なもののように思えたが、水面下ではフツフツと沸きあがっていた問題だった。...
いい加減つまらないからやめてくれないかな 本当に面白くもなんともないんだよ