「何事も距離感を大事にしたがる人間に踏み込んだ話をするのは時間の無駄だ」
二人は素っ気ない態度をとって、こちらの質問をウヤムヤにしようとした。
今になって考えると、それが彼らなりの仏心だったのだろう。
しかし、それで引き下がれるほど俺は懸命じゃなかった。
「そんな含みのある言い方しといて、そりゃないですよ。もう少し説明してください」
俺は話してもらおうと二人に食い下がった。
詳しく聞いたところで、正味の話このサービスに肯定的な考えを持てるかは怪しい。
それでも、共感できるか納得できるかなんてのは蓋を開けてみなければ分からないんだ。
初めから蓋を開けなければいいという選択肢もあったかもしれない。
だけど俺が数ヶ月かかえていた“違和感”を払拭するには、せめて理解することが必要だった。
理解できないものを否定したり、受け入れることは不可能だからだ。
「知らない方が身のためのだと思うがな」
何かを分かった気になって腐したり、管を巻いたりするのはガキと年寄りの特権だ。
ティーンエイジャーの俺が、それに甘んじるわけにはいかないだろう。
食い下がる俺に痺れを切らしたのか、センセイはひとつ提案をしてきた。
「どうしても気になるんなら、“あそこ”に行って適当な本を選んでくるといい」
なるほど、確かに言われてみればそうだ。
これまでの背景を二人から聞くより、現状から読み解いた方が理解は早いかもしれない。
俺は最も目立っている大きな本棚に近づく。
タケモトさんによると、人気の本はそこに多くあるらしい。
読書に興味がない俺からすれば、どれも同じようにしか見えないが。
とりあえず最初に目についた一冊を、おもむろに棚から引っ張り出した。
「おおっと」
それはA6程度の薄い文庫本だったが予想外に重く、俺はうっかり滑り落としてしまった。
「うわっ……」
開かれた本から、おびただしい数の栞が顔を覗かせている。
しかも栞には文字がびっしりと書かれ、大量の星型シールで彩られていた。
目がチカチカする。
「きっしょ……」
そんな粗雑な言葉を使ってしまうほど、この時の光景は鮮烈だった。
“きっしょ”なんて言ったの、自動販売機に羽虫が群がっているのを見たとき以来だ。
≪ 前 彼らの行為はとても漠然としている。 それは栞の本質を理解しないまま、あのサービスを利用しているのが一因だろう。 だから「栞に何かを書く」ことを享受する割に、それ自...
≪ 前 ………… 一部の常連客の不安をよそに、栞サービスは存在感を強めていった。 「マスダくん、久しぶり。今日はアイス? ホット?」 「ホットで」 久々に来たとき、店内の雰...
≪ 前 「多分ですけどね。彼らは“栞に何かを書くという行為そのもの”には理由だとか是非を求めてないんです」 俺はグラス片手に、二人の会話をただ聞いていた。 個人的には興味...
≪ 前 水出しホットコーヒーを飲み終わり、家路に着いて、飯を食って、出すもん出して、ベッドに突っ伏しても、俺の言い知れぬ違和感は払拭されることがなかった。 むしろ、あのブ...
≪ 前 俺はひとまず“クエスチョン栞”という命名センスをスルーして、他に気になっていることを質問した。 「この人、店で用意した栞に感想なんか書いちゃってるけど、それはいい...
≪ 前 「なんで栞が……?」 もちろん本に栞が挟まっていること自体は不思議じゃない。 だけど俺が手に取った本はブックカフェにあるものだ。 栞は読みかけの本に使うという性質...
≪ 前 店に入ると、マスターが迎えてくれる。 「お、マスダくん。いらっしゃい」 マスターは口ひげを蓄えた壮年の男性で、いつも白いワイシャツに黒いベストを着こなしている。 ...
世界を俯瞰して見てみると、大抵の物事は陳腐に感じてしまう。 これを若い頃にやり過ぎてしまうと、いわゆる中二病だとか高二病だとかになりやすい。 かくいう俺も、これに片足を...
朝刊新聞の連載小説感がある 毎日のことなのにいつも前回の話を忘れるのも同じ
≪ 前 栞に感想が書かれていることも、貼られている星型のシールについても、既に知っていたこと。 それらが予想の十数倍ほど過剰だっただけだ。 「なんだこれ、どうなってるんだ...
≪ 前 それは数週間前、栞サービスが軌道に乗り始めていた頃。 マスターはブックカフェをより繁盛させるため、更なるアイデアを投入した。 「多くのシールが貼られた栞は、このよ...
≪ 前 「最初から傾向はあったけれど、ランキング制がその方向性を決定付けたといえる。この星形シールは小宇宙戦争における勲章であり、権威の象徴なのだろう」 俺は栞に何かを書...
≪ 前 センセイに言わせると、これは「いずれ起こりうる問題」だったという。 この一件は非常に突発的なもののように思えたが、水面下ではフツフツと沸きあがっていた問題だった。...
いい加減つまらないからやめてくれないかな 本当に面白くもなんともないんだよ