2020-06-30

[] #86-5「シオリの為に頁は巡る」

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水出しホットコーヒーを飲み終わり、家路に着いて、飯を食って、出すもん出して、ベッドに突っ伏しても、俺の言い知れぬ違和感払拭されることがなかった。

しろ、あのブックカフェに通うたび、それは徐々に顕在化していく。

…………

「マスダくん、いらっしゃい。今日アイス? ホット?」

アイスで」

数週間ほど経った頃、店では緩やかな変化が起きていた。

店内にいる客は平均2~3人だったのが、ここ最近10人近くまで及んでいたんだ。

「ここも随分と賑やかになったな……」

マスターいわく、最近の繁盛っぷりは栞サービスのおかげらしい。

特に好評だったのが、栞に本の感想を書くという独自文化だった。

当初は一部の客だけがやっていた行為だったが、それが他の利用者の目にも留まった。

すると本を読む常連客の間で慣習化し、それを聞きつけて新規客も増えているんだとか。

「何がウケるか分からねーもんだな」

そう呟いたのは、古参常連であるタケモトさんだ。

彼はこの栞サービスに少しだけ懐疑的だった。

感想書くんなら、あんな小さい紙切れより、もっといいものいくらでもあるだろうに」

「まあ、あれくらいコンパクトものの方が、彼らにとっては丁度いいのかもしれませんね」

タケモトさんの隣席には、同じく常連のセンセイが座っていた。

理解に苦しんでいるタケモトさんに対し、センセイは違う視点から分析を試みているようだ。

「丁度いいって何だよ。ああいうのを他人の目に入るところで書く奴ってのは、自己顕示欲とか承認欲求の強いタイプだろ。短い文章でそれを満たせんのか?」

「うーん、もしかしたら“そこまでのものじゃない”のかもしれませんね」

あん? どういうこったよ」

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