一部の常連客の不安をよそに、栞サービスは存在感を強めていった。
「ホットで」
客たちは本を片手にペンを握り、黙々と栞に何かを書いている。
それが当たり前であり、しないほうが変だというくらいの勢いだ。
「近くに座りたくないな。なんか」
「あ、タケモトさん」
「よう、マスダ」
「やあ」
どうやら考えることは同じらしく、そこにはタケモトさんとセンセイもいた。
「そうか、参ったな。他にいい席あったっけ……」
「別に相席でも構わんよ、私は」
「遠慮すんな。“あそこらへん”に座るよりはマシだろ」
「……そう、ですね」
円卓を囲んだ俺たちは、それぞれ年齢も違えば趣味嗜好も違う。
共通の話題として、栞サービスの話を始めることは半ば必然といえた。
「それにしても、あんなに需要があったんですね。あのサービス」
「まあマスターも色々と工夫してるみたいだぜ。例えば、これとかな」
タケモトさんが、おもむろに星型のシールを取り出した。
「それは?」
「これを他の人の栞に貼るんだよ」
「ええ? なんでそんなことを」
タケモトさん曰く、その星型シールはSNSにおける「いいね!」みたいなものらしい。
栞サービス利用者の間で交流を望む人がいて、それに応える形で提供し始めたんだとか。
「何てことないシールだが、ユルく繋がれるってんで意外とウケはいいようだ」
「まあ、悪くないアイデアだと思いますよ。ニーズには基づいている」
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世界を俯瞰して見てみると、大抵の物事は陳腐に感じてしまう。 これを若い頃にやり過ぎてしまうと、いわゆる中二病だとか高二病だとかになりやすい。 かくいう俺も、これに片足を...
朝刊新聞の連載小説感がある 毎日のことなのにいつも前回の話を忘れるのも同じ
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≪ 前 センセイに言わせると、これは「いずれ起こりうる問題」だったという。 この一件は非常に突発的なもののように思えたが、水面下ではフツフツと沸きあがっていた問題だった。...
いい加減つまらないからやめてくれないかな 本当に面白くもなんともないんだよ