2020-06-28

[] #86-3「シオリの為に頁は巡る」

≪ 前

「なんで栞が……?」

もちろん本に栞が挟まっていること自体不思議じゃない。

だけど俺が手に取った本はブックカフェにあるものだ。

栞は読みかけの本に使うという性質上、私的利用の側面が強い。

不特定多数の客が読む本に栞があるというのは、極めて異物感の強いものといえた。

俺は腰をかがめると床に落ちた栞を凝視する。

そして栞を拾い上げるでもなく、そのままの体勢で観察を続けた。

自分でもよく分からないが、直に触れるのが何となく嫌だったんだ。

「気味悪いな……」

パッと見る限り、大きさは15センチの定規くらい。

上部には穴が開けられ、そこに頼りなさそうな紐が通ってある。

何の変哲もない、無地の栞だ。

「裏も同じかな」

ポケットにあるペンを使い、俺は栞を裏返す。

予想は外れ、裏面には黒い紋様が施されていた。

それとも、こっちが表面なのだろうか。

最初はそんなことを思った。

「ん……?」

しかし、よく見てみると紋様ではなく、それは手書き文章だった。

「えーと、なになに……ニックネーム大脳の壊れたメンヘラ……『前作の主人公を死なせてまでやることが、紋切り型復讐劇と応援できない敵陣営側の物語じゃあファンは諸手を挙げて賞賛できない。逆張りすれば面白いっていう陳腐な発想でシリーズ台無しにしないでほしい』……なんのこっちゃ」

いまいち要領を得ないが、恐らく本に対する感想だと思う。

この“大脳の壊れたメンヘラ”とやらが栞の持ち主で、そいつがこれを書いたのだろうか。

大丈夫かい? トイレならあっちにあるけど」

マスター心配して声をかけてきた。

ずっと屈みっぱなしだったから、俺が腹を下したとでも思ったのだろう。

「この本に、なぜか栞があってさ」

「ああ、それはウチのだよ」

「え、じゃあこれはマスターの栞ってこと?」

「いやいや、そういうことでもない」

マスター説明によると、この栞は店が提供しているものらしい。

常連客が恒常的に本を読むためのサービスってわけだ。

なるほど、この本に栞がある謎は氷解した。

「名づけて“クエスチョン栞”!!」

「そのネーミング意図に対してクエスチョンなんだけど……」

その他の謎は更に深まってしまったが。

次 ≫
記事への反応 -

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん