きのうBS見てたら無人航空機プレデターとか出てたけどカッコよかったな
見た目も似てたけど、与える恐怖心も似てる
最新型の飛行機1機分の予算でプレデター80機も買えるから、壊しても壊しても出てくる
壊したところで操縦者は地球の裏側にいるから、傷ひとつ付けられない・・
心折れるだろうな~
実習で解剖に行ってきました。
遺体の保存状態が非常に悪く、心が痛みました。
また、肝硬変の方の肝臓は、非常にいたいたしいもので、ショックでした。
いったいみんなは何を思っているんだろうかと考えました。
医療系の学校に入るとすぐ、命とか尊厳とかいったテーマについて熟考する間もなく、
圧倒されるほどの大量の情報に突如さらされます。
こんなことを繰り返しているうちに、患者さんに病名を告げる瞬間の空気の重さとか、
分からなくなっていくんでしょう。
それと、学校での生徒同士の会話も気になるところです。
怒りっぽい人にピック病じゃないのと言ってみたりとか、
そういった冷ややかな冗談が飛び交います。
それに、医学の専門用語を使って下世話な下ネタを言う人もいます。
こうやって日常会話で医学用語を使うと、よく記憶できて試験対策には効果的なのだけれど、
それ以上に大切なものが失われていく気がします。
高潔な志をもって医大に進む多くの人々が、ぶしつけでデリカシーのない医者になってゆく環境がまさにここにあります。
それに、知識が増えれば増えるほど、
たとえばがんという病気の死亡率はそれほど高くなく、もっと恐ろしい病気はほかにいくらでもあるということが分かります。
でも、目の前にいる患者さんにとって、苦しいことは苦しいことであり、不安なものは不安なのであって、
そういうときに、ほかの病気と比較してものを言ったりする医療従事者は無神経だと思います。
子育ての本に、子どもが抱える悩みは、問題の大きさではなく子どもにとっての悩みの大きさで受け止めてあげなきゃいけないとありました。
実際には親は数十メートル離れた場所にいるかもしれませんが、
絶対的信頼といってもいいほどの信頼を寄せ、依存する大人が、突如視界から消えるのです。
しかも、周りは自分よりずっとせの高い人たちに囲まれています。
こういうとき、子どもの感じ方を親が受け止めるのは大切です。
患者さんもしかりです。
相手にとってどれほどつらく苦しいことかを察する能力は本当に重要だと思います。
物事を客観的に見すぎるのがいかに危険な考え方かを思い知ります。
学校にいると、そういう一般的な感受性を損ねるような言動にしょっちゅう直面して、
いつのまにか自分も鈍感になってきていることに気づいたりもします。
本当に怖いです。
正直、ご遺体とどう向き合っていくべきか、自分の中で今も考えがまとまっていません。
無理にまとめようとする必要はないのかもしれません。
ある意味、答えはうやむやのままで、腑に落ちないものを意中に留めておくべきなのかもしれません。
もはや実物と模型の区別がつかなくなっている教授よりはましです。
これからも、こういったことを考える時間を大切にしていって、
忙しすぎる日常に飲み込まれないようでありたいです。
iphoneで適当に局を合わせて、あんまり騒がしくない番組を選ぶ。
特にお気に入りの番組があるわけではなく、ラジオを聴くためにラジオを流す。
仕事のことで頭がいっぱいになって、
できないことばかりが目について
なるべくなるべく冷静に考えようとするんだけど
だんだんどこかに押し流したくなって
価格ドットコムだとか
ぐるぐるまわって欲しくもない物に囲まれる生活を想像する。
これってけっこう中毒性あるのだ。
どうにも気持ち悪く、後悔の念を持ったまま寝るのが耐えられなくなった。
貴重な空白の時間がジャンクなもので満たされる気持ち悪さというか
まずいものを食って腹いっぱいになってしまった感じ。
そんな時、昔よくラジオを聴いてたなあと思い出すように聴き始めた。
そうすると“ちょうどよい”のだ。
頭の中では“空白”の領域を残したまま、夜の時間が流れていくのを感じられる。
時間の流れの速さはネットを見ている時間よりもずっとゆっくり。
60分が過不足なく60分ある。ちょっとした充実感。
こっから先は個人の妄想になるのだが、
選択肢がたくさんあることは豊かであることをイコールではない。
適度に“ない”ことが大事なのだと思う。
その適度な空白は、あなたが染み出すための貴重な領域と思うから。
甘えだろ
昔は冷房なんかなかった
それでもみんな我慢して勉強した
忍耐も学べたし、必死に教わる内容に食らいついたんだよ
今はどうだ
ろくに授業を聞きもしない
どうしても欲しければPTAで金を出して買え
”歳の割に若く見える奥さんを見て”の「女のリアクション」が間違ってる。
「○○さんの奥さん、若作りしてるのかしら?」
「旦那さんの稼ぎでエステとか通ってるのよ」
「言いなりになりそうだもんね」
「週末は料理作らされてるらしいわ」
「尻に引かれてるのね」
「あいつの奥さん若いな」
「いいな、見る目があるんだな」
「俺も、どうせ結婚するなら老けない女としたいな」
「奥二重の女は老けにくいらしいぜ!」
「俺は色白の女って聞いた」
「○○さんの奥さん、いつまでも若いわね~」
「旦那さんがいいのよきっと」
「優しそうだものね」
「週末は料理作ってくれるらしいわ」
「いいわね~」
「あいつの奥さん老けてんな」
「あれで同い年だろ?」
「マジかよ、ハズレ掴んだなw」
「○○さんの奥さん、疲れてる様子ね…」
「あそこは苦労されてるみたいよ」
「えっそうなの」
「旦那さんが求職中でしょう。それに娘さんが不登校らしくて」
「まあ~」
「大変なのね~」
ああ、人それぞれだな。
そして数学を一時的に頭から追い出せる幸せな人は数学者じゃない。
わからない人には分からないだろうよ。
近くで通り魔事件があった。
血の気が引いた。
無差別の通り魔事件でお決まりの「犯人は意味不明のことを口走り」云々というのが
辞めさせられた。
部署が違うから、詳細は知らないけど、
すごく好青年だったという事と、
Kさんが辞めさせられるしばらく前に、
Kさんが担当していた仕事に対して会社の対応がひどく悪かった事は知っていた。
けれど、鬱があまりにひどくなり、まともなやりとりもできなくなって
ほぼ強制的な形で会社を辞めさせられた。
名前は公表されなかったけど、
ホっとした。
けど、完全にホっとできた訳じゃない。
会社に壊される人は沢山いるだろう。
勿論、壊された人の大半は、通り魔なんて行為には走らない。
けれど、万が一そうした行為に走ったとき、
何をどうできる訳でもないとは思う。
けれど、理不尽な思いが捨てきれない。
「ゆうパック」際立つ客離れ、遅配が追い打ち
というニュース記事を読んだ。
サービスの悪さを最近色々と実感させてくれる日本郵政。例のシステム統合による騒ぎには巻き込まれなかったが、グダグダさを感じさせる不愉快な一件が最近ございまして。
限られた一例だろう?というならハイそうですけど。
Amazonで購入したものを初期不良にて返品、オンラインで集荷依頼ができるみたいなので依頼をかけたところ、日本郵政が集荷にきた。
が、職員はサラの伝票を差し出し、これに全部かけ、という。知らんがな、何のために住所から何から書いて集荷依頼したんだ。
印刷された伝票持ってくるんじゃないの?と質問しても全く要領を得ず、しまいに「やっときますから持ち帰らせてください」という。
こちらに控えが残らないから困るというと、控えは郵送にて返送しますとのこと。
ちょっとでも信用した俺が悪かった。本当に悪かった。4日たっても何の音沙汰もない。
電話してことの詳細を伝えると、「明日には届くと思います」だと。
で、電話を切ろうとするので、伝票(控)はどうするんだ?というと「要るんですか?」と質問されちゃった。
当たり前でしょう?最初言っていた郵送でも何でもいいけど、ちゃんと渡してくださいよ、というと、
またまた職員がやってきた。
気の弱そうなあんちゃんが言う。
「あの~、これ持っていけっていわれてきたんですけど・・・・」
はいはいと素直に受け取って終わりにしたけど、こういう対応はどうなんだろうね。
詫びに来いとも言ってないし、もってこいとも言ってない(郵送可)。
でも対面で渡すなら、それ相応の、最低限の対応ってあってしかるべきだろうと思った。
子供のお使いじゃないんだからさ。。。。。
とことん甘えさせてくれる懐の広い女性がいいんだろうな。
非モテ女も男に苛められる影や表であざ笑われる嘘告白される等々なかなか酷い青春送ってるけど、そんな女性を見たら償いたいって思うんだろうか。
セクハラや痴漢やレイプなど男性から酷い目にあった女性全般にも償いたいんだろうか。
でもそもそも自分に何も悪い事してない人から償われたいっつのは謎感覚だなぁ、だって償ってくれて満足するって事は、その相手を自分を傷つけた人の代表のように見てるからだよね、そんな相手を好きになれないと言うか、個人的には恋人と関係ない事で傷ついて恋人に求めるっつったら償いより癒しだと思う。
「中華文明圏」って言うと、「中国の華夷秩序に組み込まれてる範囲」みたいなイメージがある。
過去の日本も華夷秩序に組み込まれてたのかもしれないが(足利義満の日本国王号とか)、
あまりその範囲に加わってる実感がないな。