はてなキーワード: 礼儀とは
おいおい、それまったく逆だよ。
人間は20歳を迎えると、手札を増やすことが出来なくなる。
残りの人生は、それまでに手にした手札でいかに戦っていくかという形になる。
http://anond.hatelabo.jp/20100306035554
今35歳で、わりと活躍できてるつもりの俺から言わせれば、
20歳までに得たものでいまだに役に立ってるのなんて、
「義務教育の内容」と
「同世代や同じ趣味の奴との共通の話題」と
まず「義務教育の内容」。
だから、中学まではだまされたつもりで本気で勉強しろと言いたい。
高校以降の勉強内容は特化した分野じゃないと役に立たないけど、
中学程度の英語力、読解力、計算力、理科社会などの基礎知識がしっかり身についていれば、
高校や大学ぐらいで得られる専門「知識」なんて、仕事にはほとんど役立たない。
次に「同世代や同じ趣味の奴との共通の話題」。
これが本当に大事。20歳以降の友達や恋人作りにも必須です。
小中学校時代の漫画やテレビやゲームの話題、子供のころの思い出話、バイトの体験談、
部活やスポーツの話、そして共通の趣味にひたすら打ち込んだ奴にしかわからない
あるあるネタが仕込めるのは20代まで。
小説や映画などの古典作品を、純粋な目で大量に体験出来るのも若い時ならでは。
だから、学生が遊ぶのが本業ってのは本当だと思う。後々ですごい財産になる。
あと、名の知れた大学に行く意味って、学歴とか授業内容よりも、自分より少し上の賢さレベルの
人たちとの共通の話題が出来るってのが一番大事だったりします。
その意味でも大学受験する人は、ちょっと背伸びした大学に行くのがいい。学部より大学重視で。
ちなみに女の子に話せる20歳までの恋愛ネタがまったく無い奴は、恋愛失敗談を中心にして
テキトーに捏造しとけ(参考:俺)。すぐにその後の経験が追いつくから。
これは、20歳までの行動が人生の方向性を決めるかもしれない。
文章、絵、音楽、デザイン、プログラム、映像、デザイン、演劇、ダンス、アート全般などなど。
文系理系の専門的な研究分野も、もしかしたらこれに含まれるかも知れない。
要は、本当に好きな専門分野に長年打ち込まないと体得できないスキルやセンスがあるってことだ。
これが20歳までに見つかった幸せな人は、その専門的な道に進むことが出来る。
逆に見つからなかった人が後から追いつくことも出来るが、下積みが長い人に対抗するのは結構大変だ。
その場合は、20歳以降の武器である「専門知識」と「経験」と「人脈」で頑張るしかない。
自分ならではの表現技術について、もっと具体的に知りたければ、この記事も読んでみるといいと思う。
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20100305
3つにあえて入れなかったものも紹介しておこうと思う。
「友達」「恋愛経験」「礼儀作法とマナー」ってのも入れようと思ってたけど、辞めた。
なぜなら、俺自身今でも仲がいいのは20歳を過ぎてから出来た友達の方が圧倒的に多いし、
俺の20歳までの恋愛経験としては、片思いや玉砕した告白や何度かのデートこそあったものの、
初めて彼女が出来たのも童貞喪失したのも21歳だったけど、その後も問題なく付き合えてるし、
ビジネスや公共の場所での礼儀作法なんて20歳を過ぎてから経験で身に付けたものばっかりだし、
正しい箸の持ち方も食事の時の姿勢やマナーも歴代の彼女に注意されてから完璧に直したぐらい。
つまり、なんとでもなる。
逆に、20代過ぎてからじゃないと得られないもの。
この辺のものを20歳までに獲得したつもりの人は、その後の10年で全部ひっくり返るので、よろしく。
「専門性」は、実践的な仕事を通じて、日々勉強を続けて更新し続けていくもの。
20歳までの「経験」なんて、就活と同世代や後輩への自慢話ぐらいにしか使えない。
「マネジメント力」なんて、学生時代にバイトや部活でリーダーやってても何の役にも立たないよ。
「人脈」。これが20歳どころか30歳以降の最大の武器。ただし、20代に種を蒔いたものが30代以降で花開く感じ。
あ、ちなみに「人脈」ってのは「金になる仕事を一緒に作れる人」って意味ね。単なる知り合いなんて何の意味も無いから。
そして「余裕」。20歳以下でも妙に落ち着いてる奴はいるけど、それは単なる性格。
金銭的にも余裕が出るし、恋愛や仕事でのいざという時の対処にも、やっぱり20歳以降の経験がものを言う。
だから、20歳以降でちゃんと経験を積み重ねていけば、30代で仕事もバリバリ出来るし男の場合は超モテます。マジで「男は服部」。
ということで、20歳までは序の口。
モノポリーで言えば、各自が物件持ってて誰も独占してない状態。
20代以降からが本当に面白い。
その元手をフルに使って駆け引きをして、本当の資産を作って行くわけです。
いや20代で頑張っておくと、本当に30代からが面白くなるので、若い人たちは頑張ってね。
『自分の中の差別心との戦い(国母騒動について)』http://anond.hatelabo.jp/20100222232502
カメラの前くらい、オレ流を貫かないで普通にしておけばよかったね。もちろん、ドレッドも、ピアスも、腰パンも、人と違うことをして格好つけること自体は悪くないんだよ。でも、今回の件でそれを見て不快に思う人がいるってことを知ったでしょ。そして、その人たちの不快は、自分の不利益になって返ってくるいうことも。
言葉使いも少し気になるね。「他人を不快にしない言葉使い」これは日頃、意識している必要があるよ。服装はすぐに直せるけど、言葉使いは簡単に変えられないから。
でもね、君はまだ21才。そんな大人の立ち振舞いがわからなかったとしても仕方ないよ。みんな、こうして経験を重ねて、自分を守るための「建前」を身につけていくんだから。私だって21の時は、礼儀を知らない、相手の気持ちを考えられない若者だったよ。だから、少しずつ少しずつ、変わっていけばいい。もちろん、自分のために。
じゃ、オリンピック楽しんで!
これからが本番なんだから。
同僚と飯を買いにコンビニに行った時の話。レジでの清算時にポイントカードの有無を聞かれても返事をしなかった同僚とオレとのやりとり。
オレ「なんで何も言わないんだ?」
同僚「カードを持ってないから」
オレ「じゃあ持ってないですって言えばいいだろ」
同僚「めんどくさい」
オレ「でも相手が聞いてるんだから答えるのが礼儀ってもんだろ」
同僚「なら毎日買い物してるオレに毎日同じ質問をするなよ。そっちのほうが失礼だろ。顔を覚えてないから何度も聞いてるのなら礼儀以前の問題だろ」
たしかにそれもそうだ、と思ったオレ。いや、でもこれでいいのか?
普通だとおもうけど、度がすぎてるやつはやっぱりイラッとする。Twitterの話です。
あるときこんな呟きをTL上で見つけました。Twitterまとめサイトに関して、
普段は他人からの無断転載を見て楽しみ、自分のTLにもそのネタをながしている人が、なにやら自分がむかつく記事があったということで
「私がむかついた」ではなく「無断転載するなんて」という理由で怒っていたんです。
こういうのってどないやねん、とおもう。そもそも本当に無断転載か本人に確認したんだろうか。謎です。
わたし会社でCEやってますから、しょっちゅうクレーム受け取る立場にあります。
大抵のクレームはとても礼儀正しいし、「どこそこがまずいので何とかしてください」という要求をストレートに投げてくれるんですよ。
文句をいわれることもありますが、だいたいの場合はマズ最初に要求がある。私達は要求に対してしか動けないことを承知してくださっている。
良いお客さんは、こちらが修理作業に取り組み始めた後で文句や苦情を言ってくださいます。
文句があっても、まずはこちらが作業ができるように、状況や要求を教えてくださるわけです。
その際でも、間違っても、「お前のところの製造工程がおかしい」とか「サポート体制がどう」とかそういうことは言わないんです。
修理してもらう側だからと言って下手に出ることもないし、逆に客だからと言って俺は神様だみたいな振る舞いもしない。
電話先の、あるいは直接家に来た私に対して、対等な立場で接してくれるわけです。
ところが、上の一軒に限らず、
時々目に入るTwitter問題で語ってる人を見ていると、その多くがなんだかなぁ、なんですよね。
Twitter全体の話をしたいのか、その問題の話をしたいのか、軸がブレまくってるというか。
二兎を追うものはじゃないですが、自分ひとりで問題の分析をしているならともかく、
相手がいる会話で筋道もなく大きな話と小さな話しが言ったりきたりして、
しかも明確な要求がない、ただ自分がおかしいと思う点を列挙するだけというのは
話を聞かされる側としては非常に困るんですよね。
まぁ文中に「普通」とか「常識」などの言葉が出てきた時点でまともな議論を放棄したとみなしてブラウザ閉じますね。
あとたとえ話に無理がある場合などもそうですね。
このあたりのダメな人をもっとすばやく見極める能力を身につけたいところです。
最後に自分の認識が間違ってないか確認のためにたとえ話を書いてみます。
(たとえ話は、自分の認識が正しいことを確認するためのものであって、
たとえ話なしで成り立たない主張は、主張にあらず、という話をどこかで聞いたことがあります)
たとえば、NHKを普段見てるからと言って、
NHK全肯定しなきゃいかんとか言うこともないだろうしそもそもNHKにそういう一貫した思想があるのかどうかわからない。
だから、むかついたらここがむかついた、この件についてはNHKけしからん、というのは問題ないというよりどんどんやるべきだと思うんです。
でも、番組内容を叩くために、NHKの上層部がどうのこうのとか、大分昔の不祥事の話を持ち出すのってどうなんでしょう。
あるいは、今でも岡田監督たたきのために10年位前のカズを外した問題を言ってる人とか。
それ、ひどくないですか?それいま関係なくないですか?
NHKの話だと、それって現場で番組作ってる人に対してとことん失礼じゃないですか?
サッカーの話だと、カズを外した10年前の恨みがメインなんですか? 今が不満なんですか?
意味がわかりません。
オリンピックに出ることは国の代表であるということであり、そういう意識がないなら送り出せない。
まず服装ありき、礼儀ありきであり、能力はその後に考慮すべきである、というのが多数意見だったわけだ。
正直に言って、彼が結果を残すかどうかはどうでもいいんだよ。
政府はオリンピックによる経済効果を期待していたわけで、それができるなら彼が悪態をつこうと構わないの。
でもああいう態度は反感を買う、それはつまり経済に寄与しないということも意味する。
スポーツっていうのは商売なんだ。
野球が、サッカーが、スケートが、なんでのほほんとそれだけやって遊んでいられるのかというと、あれらは見世物だから。
あの見世物に金を払う人がいなくなったらプロスポーツは消滅する。
だから見る人に不快感を与えるような言動は慎むべしということ。
つまりね、世の中金ってことさ。
「2本目は逆転とか、誰かの点数とかに関係なく、自分の滑りをすることしか考えなかった。(ダブルコークが)決まらなかったら、どうしようもない。滑りのスタイルは出せたので、悔いはない。いろいろあったけど、最後まで応援してくれた人には感謝している。(服装問題の)影響は全くない。気にしていたらやっていられない。」
国母和宏選手の試合後のインタビューです。これは記事の引用だけど、実際にテレビで見ても、丁寧に受け答えをしてました。なんだ、普通に話せるんじゃん。悪態ついているように見えるのは、人当たりのいいコミュニケーションに慣れてないだけ、という感じ。
でもさ、オリンピックに出る人って、みんなが聖人君子で、品行方正でなければならないの?スポーツ選手って、みんなが人格者で、謙虚で礼儀正しく、愛想がいい人なの?
そんなわけないでしょ。オリンピックに出るというだけで、人格の完成を求めるのは期待しすぎ。オリンピックは学校の道徳の時間でもないし、生徒指導の話でもない。これらを「分けて考える」ことができなければ、日本は封建時代のままです。
今回、私が特に許せないのは、「彼を本国に召喚すべきだ」などと言い放ったコメンテーター。国母を一片も擁護しなかった彼の大学。世論に迎合して、彼に出場辞退を迫ったスキー連盟。
テレビ局はあのコメンテーターを使うべきではなかったし、大学は自分の学生である国母を守るべきだったし、スキー連盟は感情に任せた決定を下すべきではなかった。
結局、立場ある人で、彼を守ってみせたのは橋本聖子だけです。生意気だけど前途ある若者のために、深々と頭を下げることができた人は、彼女だけでした。試合後、橋本さんは「出場させた自分自身の判断は間違っていたとは思わない。」と言いました。当然です。橋本さんは、胸を張って日本に戻ってきてほしい。そして私たちは、それ以外の大人がいかに不甲斐なかったかを忘れるべきではないでしょう。
国母くんは決して日本という国を背負って、日本人のエゴを背負っているわけじゃありません。そんな下らないものを背負っているとしたら、あそこまで空高く飛べるはずがない。あの顔のケガをみてもわかるように、彼は自分の命かけて、自分のプライドをかけて飛んでいるのです。
国母"問題"は、私たちの心の問題です。私たちの中にある保守性や排他性に負けてしまった私たちの問題です。
考えてほしいのは、「公園にいるホームレスを不快に感じて、暴力で排除しようとしたら、それは正しいのか?」ということ。もしくは、「みんなが不快に思うからといって誰かをイジメたとしたら、それは正しいのか?」ということ。
正しいわけがありません。今回、国母に出場辞退を迫った人たちは、「ホームレスなら危害を加えてもいい」「みんなが不快に思うならイジメてもいい」という判断をしたのと同じです。
幸いだったのが、国母くんがそんな「下衆の差別心」に負けないくらい、突き抜けていたということ。「(服装問題の)影響は全くない。気にしていたらやっていられない。」というのは彼の本心だと思います。彼はアスリートとして、カウンターカルチャー代表として、本当に突き抜けていた。差別心をあらわにして彼に牙を向いた人たちは、見方を変えれば、彼の「悪さ」に助けられたのだと思います。
嫉妬心や、世の不良の身代わりとして罰を与えてやろうという復讐心からの行動は幼いし、醜いものです。今回、彼に制裁を加えようとした大人たちは、大いに反省してほしいと思います。自分の嫉妬心や復讐心を抑えられなかったこと。自分の差別心と戦わなかったこと。そして、個人の尊厳を踏みにじろうとしたことについてです。
道徳は時に、自分の差別心を隠して、気に入らない人を叩く道具になります。私たちは、自分の判断がそういった感情によるものではないのか、胸に手を当てて考えなければなりません。私たちの敵は、いつも私たちの中にいるのです。
イチローって礼儀正しいかな?もちろん態度が悪いわけじゃないけど、イチローと松坂って若い頃から結構我を通していた(悪く言えば生意気)と記憶している。もちろんそれは努力からくる自信だったんだろうけど。
マスコミが天才って言ったときも冷ややかな反応だったし、マスコミが折れて媚びたんじゃない?
マスコミが好きそうな受け答えをしてかつ強い選手は谷亮子、石川遼が思い浮かぶな。
あと卓球の愛ちゃん、この子小さい頃からカメラの前に晒されてよく頑張るよね。
名前忘れたけど、あまり愛想が良くない&ぶっちゃけ岡崎のほうが美人だったっていうだけの理由で、特に悪態もついてないのにものすごい冷遇された選手が居たよね。
文体なんて気分次第だからご勘弁。
どっちかって言われると「服くらいキチンと着るべきだったね」だけど、あんまうるさいとウザいと思う程度。
要するに国母もJOCも割とどうでもいいんだけど、「衣服と文化」という点にちょっと興味もっただけ。
で、国母はあんなでも謝って自分の非を認めてしまった上に態度まで悪かった。
謝らずに「コレが俺たちの正装だ」と言い張って、それでいて礼儀正しく会見したら、世論はもうちょっと違っただろ。
そう思わない?
って話。
「俺らの文化だから認めろ」だけで話の筋は通せない。
相手は正装というのは礼節の基本で大事だと思ってんだから。
通すならそれなりの方法が必要で、その点国母はマイナス100点満点だった。
通そうとしてるのは国母じゃなくてお前らかもしれんけど、結果として国母を擁護する形になっちゃうから、
国母の失点が響くワケですよ。
http://anond.hatelabo.jp/20100218120428
別に慣用句じゃないよ。
昔、貴人からの使者を迎えるのに衣服を改めた、というだけの用法のつもり。
要するに服装と礼儀は関係してて、まだ我々はその文化の延長線上にいるんですよーって話。海外がどうとか知らん。
ぶっちゃけ面倒な慣習だから、国母は「これが我々スノーボーダーの正装です」って言った方が良かったと思う。
それを「反省してまーす」とそこらのチンピラのような態度を取ったから、
服装一つのどうでもいいような小さな隙が、出場辞退させろという攻撃になったワケで。
http://anond.hatelabo.jp/20100218105417
> 今国母がいるのは日本じゃなくてカナダ、それもオリンピックという国際的な場なんだから、そっちの感覚に合わせるべきだろ。
どっかのYahooは、スーツはスーツらしく着るのがカッコいいんだよと言ってたような。まぁそれはおいといて。
オリンピック側がその文化受け入れてそれはOKとして、だから日本に所属する人間が服装をきちんとしなさいよーという文化は無視してOKにはならない。
だからJOCから文句言われたって話でしょ?
だから「これが我々スノーボーダーの正装です」って言ったほうが筋が通ってて、「スノーボードの文化を受け入れるべきだ」と堂々と言えたはず。
ところがご存知の通りで、主張が堂々の開き直りに落ちぶれてしまった感がある。
金メダル取れば実力で発言力を取り戻せるだろうけど、こういうのは「意見の正しさ」より、「正しい態度」の方が重要だったりするんだけど・・・・
と言って分かってくれるかしら。
> 衣食足りて礼節を知る
うはwwwこれは確かに恥ずかしい。
しかも意味も「経済的に豊かになって始めて道徳や礼儀に気を使うようになる」ってことで
話の流れと全然関係ないから恥ずかしいことこの上ないよね。
「郷に入っては郷に従え」という言葉もあるけどな。
今国母がいるのは日本じゃなくてカナダ、それもオリンピックという国際的な場なんだから、そっちの感覚に合わせるべきだろ。
少なくとも、日本から一歩も出たことがないお前よりも、海外で活躍して何度も国際的な試合に出ている選手のほうが、よっぽど国際的な場での振舞いについて心得てるだろうよ。
欧米では受け入れられないとかいう話をした後に、いや受け入れられてるけど?って言ったら、今度は日本限定の話を始めるとかwww
スノーボードをオリンピック競技に採用したってことは、IOCがスノーボードの文化を受け入れることに決めたってことだろ。
スノーボードをオリンピック競技にするかどうか賛否両論あったっていうのはつまり、ああいうモヒカンドレッド腰パン文化をオリンピック競技として受け入れるかどうか、って話だったの。
古くから「衣服を改める」とか「衣服足りて礼節を知る」とかいう言葉がありましてな。
たとえ病臥して起きられなくとも、貴人を迎えるのに服装を正すのが礼儀という文化があったワケですよ。
普段着でお越し下さいじゃなくて、JOCの正装でお越し下さいという場にあの格好だから、
礼節を知らずJOCもオリンピックをも軽んじていると言われる。
> 彼らを呼んだオリンピックの側が彼らの文化を尊重するべきなの。
『「彼ら」が所属する日本の文化』は尊重するべき?
・・・いや、こういうと細部ばかりに目が行って本質を見失いそうだけど、要するにそれは筋が通らない。
全く同意。
「ちっ、うるせーな」が業界の常識なんだから批判はナンセンスというような業界なら、理由はどうあれ了解不能だわ。
公に対する態度ってのは、立場とか地位とかにかかわらずある程度のものを求められるのは当然の礼儀じゃないかな。
日本がどうとかオリンピック代表がどうどかじゃなくて、意見を求められる場ではっきり自分の意志を表明するわけでもなく、
他人の批判とか適当な謝罪しかできない態度は一成人男性としてどうかと思うよ。
確かにたたかれすぎなのも気の毒とは思うけど。若さもあるだろうし。
嫌らしいのはこの件に便乗して自己主張する人々だ。擁護派も批判派も、この件に乗じて持論を展開するようなことはやめた方が良いと思うな。
単に彼がいろいろわきまえない若者で一悶着あった。組織や世間や個人の間で食い違いもあった。それで批判を受けた。それだけのことだろう。
おうちでニコニコみてたんです。
面白かったのでつい声出して笑ってたんです。
そしたら親父が部屋に入ってきて、
「何がそんなに面白いの?」というわけです。
どーせわからんだろうな、とおもいつつ一応説明します。
そしたら
「そんなのが面白いんだ、別にいいけどね」とかいうわけです。
「世の中にはもっと面白いことがあるんだけどね」とかいうわけです。
てめぇwww。
普段おまえの詰まらくて面白いくせにクソ長い、一言で言って不快な話にたいして
こちらがどんだけ忍耐強く付き合ってやってると思ってるんですかね。
悪いけど、私の方が詳しいんだよね。
でも、こちらは最低限の礼儀として
「へーそうなんだ」「それはすごいね」「よく知ってるね」といっておだててあげてるわけですよ。
調子に乗って勇み足でデタラメ言っても気づかないふりしてあげてるんですよ。
ただ、別に自然な気遣いに見えるように格別の努力はしていないので、
普通の人ならお付き合いだとか、長話しすぎて迷惑かな、とか気付くと思うんだが
うちの父親全く気付かないでヤンの。
どうやら最近、自分の話は他人にとっても面白いと勘違いするにとどまらず
自分のような面白い人間は、他人の話にダメだししたり、途中で横入りしたり
フリーダムにふるまってもよいと勘違いし出しているような気がする。
私はまだ親に金出してもらわんといかんからバカにしつつも波風立てんようにするつもりだが、
機嫌が悪い時とか、「あんたがそばにいると飯がまずくなる」「楽しいこともつまらなくなる」と
堂々と言うんだけれど、うちの父親、全く反省しない。それどころか
母に直接反撃しないで、しばらくしてから俺の部屋にやってきて
「うちの母さんのさっきのひどいよな、母さんは何もわかってないよな」とか
俺を囲い込みに来る。
おいおいなにそれ、ダセェ!それがサラリーマン式ってやつですか?
頼むから父親として、息子にそういう格好悪い姿を見せないでくれ。
ただでさえあんたの気の利かなさに対して失望しそうになってるのに、
自分の姿を客観視できないで、女々しいふるまいをするとか、軽蔑しろと言わんばかりじゃないか。
父親見ていて思うようになったことなんだが、自信を持つのって簡単なんだと思う。
人のいい奴を周りにおいて、遮られることなく気分よく話ができるという
体験を繰り返すだけで、自分は大したもんだと思うようになるんだろう。
まぁ普通の人は、他人の好意やら付き合いの良さだということにも気付くんだろうけれど
ただ、うちの親みたいに、会社でも狭い人づきあいにとどまっていて
たいして怒られることもなく、部下からはほどほどに付き合ってもらい、
家族も、傷つきやすい夫や父に気遣う優しい妻や息子に甘やかされて育つと、
他人の気遣いにどこまでも鈍感になれるようなんだな。
今じゃすっかり自分の話は面白い、自分は他人に気遣える優しい人間だ、
たまに自分の話をさえぎったりするやつは悪い奴だ、と自己中心的になってしまっている。
そして、周りの気分をなえさせ、知らず知らずケンカ売って、周囲の幸福度を下げまくるんだ。
実際私もさっきまで笑ってたのに、今もこんな愚痴っぽいエントリを必死になって書いてる。
家族なのに話が通じない、自分の話ばっかり、どうしてこうなったんだ。
自分の父親を見て、尊敬できないというのは、息子として最大の親不孝者だと思う。
だが、ひとついいたい。親が悪すぎる。
妻の陰口を息子に言ったり、息子の話を聞かなかったり、息子の楽しみを否定する。それが父親のすることか。
私は結構親孝行な息子というのに憧れている。
今のご時世あきらめろというのは簡単だがそれでも、自分は親を尊敬する息子でありたい。
でも今のままじゃどうしても無理だ。どうしたらいいんだろう。
話の通じない父親を変えられるとも思わないが、尊敬の意を伝えても
それにふさわしいふるまいをこの人がするとも思えない。自分に都合よく解釈して
よけい悪化しそうな気がする。このままではいつか父親をブン殴りそうな気がする。誰か助けて
世間的には、「非モテ」に分類される自分だ。が、特に女性に対して恨み辛みもない。また、特に期待もしていない。が、どうも女性というのは自分の人生の中で鬼門だったし、今でも鬼門だ。
鬼門なので、距離を置きつつ、少しずつ研究しているのだが、自分の考えをまとめる意味でもその途中経過を少し書きたい。
まず、ネットを含めたメディアを見てみると、女性の関心領域で最大の物は、「恋愛」であろうと思う。
より正確に言うと、「(恋愛以外も含めた)対象同士がどう依存し合っているかという関係性」のようなつまり、「(人間的な)弱さ」=「可愛らしい」という心理構造でないかと思っている。
例えば、歌のテーマは恋愛になってしまうし(まぁ大概の男性もそうだが)、SF小説や漫画なんかにしても、いつの間にか、「キャラクター同士がどう依存し合っているかという関係性」にテーマが収束していってしまう。
「(人間的な)弱さ」=「可愛らしい」という心理構造を「(女性ならではの)慈愛」と見るか、「上から目線」と見るかは、単なる事実の裏表という両面なのであって、そういう物なのだろうとは思う。
だから、それが悪いとも思わないし、別に非難しようとは思わない。
自分としては、多分、そこの相性が悪いんだろうなあとは思う。自分は依存し合うドロドロの人間関係なんて最悪だと思っているので、女性にとって、心の置き所がないのだと思う。
さらに言えば、なるほどと思ったのは、明らかにモテる男は、女性に対してサービスを惜しまない(女性を楽しませている)。女性との精神的な関係性を自分から保とうとしている。
女性という鬼門の存在を出来るだけ無視しようと努めても、女性という存在は無くならないし、大抵の人間は、自分の存在を尊重されない場合、対抗的な態度を取る。つまり、私が自分のスタンスを維持しつつ、せめて、「嫌われない」程度の存在になり、平穏無事な日常を送るには、女性との何らかの関係性をこちらから提案していくのが必要だと思った。のが最近。
精々、
「(こちらから)挨拶をする」
「(重い物を持っている時には)大変そうですね、大丈夫ですか、と声を掛ける」
「(何か言われた時は)ご指摘、ありがとうございます」
程度に声を掛け、相手を承認し、丁寧に礼儀正しく対応し、後は適切に距離を保っていれば、大した問題ではない、と思った。
今でも、女性には全く期待していない。
全く、平穏に暮らしていくのも大変だ。
この学校を選んだ理由は「この近辺の学校のなかで、制服を腰パンしてる生徒がいない学校だから」。
学校へ行くと、どの生徒も立ち止まって一礼してくれる礼儀正しさがあるし、
もちろん腰パン生徒は見たことがない。のんびりしているがいい校風の学校だと思ってる。
東海大のスポーツ関係者は礼儀正しい人が多かった印象なのになんだこの低能児は。
代表に選ばれるような実力があれば着こなしなんてどうでもいい?
そんなことはない。
ナショナルに選ばれて揃いの代表スーツのときは崩さずピシッと着てるぞ。
とりあえず「その場にふさわしい言動ができないバカは除籍しろ」ってメールを大学宛に送っとくわ。
本当に腹立たしい。
しょっちゅう「ソープへ行け」と言われているのを見てきました。
ソープランドを勧める人いわく、行けば悪い憑き物が落ちる。人格が改善すると。
自分と似たところのある人がいつもそう言われているのを見るうちに
試す価値があるのかもしれないと決心し、昨日行ってみました。
まず自己紹介しますが、
彼女いない歴=年齢。好きな子がいたこともなく失恋したこともなし。
彼女作ろうという努力をしたこともなし。特に理由はありません。
なんとなく女の子に引け目を感じるというか苦手なところはあり
知り合いに「あんたはきっと女性不信」と言われたことが刺さっています。
リアル姉も居るので性的対象と思わなければ全くキョドりません。
酒を飲んで性的な話題になると童貞を隠して合わせるのにいつも辛い思いがありました。
女同僚に「エロ本も持ってなさそう」と言われたことがあって
童貞なのはばれているのかもしれません。
どこを直したいという明確な意識はないものの、何か改善したい、という漠然とした気持ちはありました。
予約したのは高くも安くもない価格帯のお店で、
有給を取って午前中から行きました。何故か普段の出勤と同じスーツで。
非モテの人はピンと来るかもしれませんが、私服のセンスに自信がないからです。
時間だけでなく女の子も全部事前に予約で決めるのがソープランドの流儀と言うことなので
お店のサイトとネットの掲示板の情報から24歳という女の子を予約しました。
童貞ならベテランがいいしこの人はオススメだよ、というネットの常連のアドバイスに従いました。
24歳で何故ベテランなんだろうと思ったら、この世界で24歳は実年齢30前後という暗黙のルールがあるそうです。
意外に礼儀正しいボーイさんに待合室に案内されました。
ソファーのある待合室には壁に女の子の顔写真がモザイク無しでズラッと張ってあり、
見ていたら「女性を売り物にしている」というフレーズと田島陽子先生の顔が突然浮かびました。
女の子の準備が出来たということでボーイさんに促され
1人でカーテンをくぐって薄暗い所にいくと、予約した女の子がニコニコして手を振っていました。
そこで驚いたのですが、予約するときに見た写真とは全然印象が違ったものの、
日常生活で女の子を見る時に感じたことがないぐらい物凄く可愛く見えました。
はっきり言って行為前のところのほうが驚きのポイントが多かったので実際の行為の所は省略します。
行為自体の物質的な快感はオナニーと変わらないような感じでした。
行為中に発見した感動
・女の子が手を繋いでくれる
・女の子が自分とセックスをするために目の前で服と下着を脱いでくれる
・目の前の女の子に欲情して、それを隠さなくても許される
・性器を褒められると馬鹿みたいに嬉しい
(おじさん向けのエロみたいなのでよくそういう概念が出てきて「馬鹿じゃないか」と思っていたのに
お世辞でも大きいとか言われて嬉しかった。というか相手に対して勃起しているのを見られるだけで嬉しかった。
理解不能だった露出狂の気持ちも、犯罪は許せないとして、動機は理解できてしまった…。)
ということで帰ってきまして、
しかし自分の中で何が変わったか考えると、うーん…。
相手をしてくれた女の子にはとても感謝してるし感動すらしましたし、
何か錯覚が働いているのは自覚しながらも、人生で会った中で一番可愛い女の子のように今も感じています
ただ、お金ではなくそういう関係になれる相手を作ろう、作れる、という自信はとても涌きません。
ソープの同じ女の子に週1で通う程度には金銭的余裕もありますが、
それも何か違う気がしています。
以上、これは気付きや人格改造の試みとして成功なんでしょうか失敗なんでしょうか?
採点をお願いします。
礼儀を果たさない態度から見て
君が何か建設的な会話をしようとしてるようには到底見えない
君が誠意のギブ&テイクを示せないのでありゃ俺もこれ以上応えられないよ