はてなキーワード: 無差別とは
だとすれば、俺がしてることは特に問題にならない気がするんだけど、違うかな。
いやwそれがなんで問題になるかはわかってると思ってたが…。
増田にとっての正しさと他の人にとっての正しさは違う。
イスラム過激派がジハードだとか言って無差別テロ起こすのも彼らにとっちゃ正しいことなわけ。
でまぁ関係無いんだけど
難しいっすねぇ、わかりあうのは。わかりあいたくもないし。
そう思うのに結婚したいと思うってのが理解できない。
そこまでして彼女と一緒にいたい理由があるようには見えないな。
単に父親に対して怒りが湧き上がってるだけ?
そんなめんどくさいことに巻き込まれてる時点で増田の言う「パーフェクトな人生設計」から大分外れてると思うんだが。
素直に「結婚なんかしない」こと以外に解があるか?
http://anond.hatelabo.jp/20100225085954も参考に。相変わらずだね
はっきり話してユーザいじめです「作者いじめ」 1うごメモはてなで、 例悪口コメントの集団投稿 例2自分で人気順にのる裏技実行。 「他の作者のことも考えよう」 2はてなキーワードで「私も被害者」 むやみに、削除予定キーワードにする。 私の被害キーワード きんてつノコノコ せんぼくノコノコ 鉄とは ※むやみにされると、大迷惑で困ります。 「しかえしするかもしれません」
「しかえしするかもしれません」は脅迫ではないだろうか。はてなユーザーの間で共有が前提のはてなキーワードを私物化してるね。
うごメモでは、作者いじめ 1うごメモはてなで「うごメモシアターも含む」 例1悪口コメントの集団投稿 例2自分で人気順にのる裏技実行。 例3無差別連続通報 「他の作者のことも考えよう」 2はてなキーワードで「私も被害者」 例1むやみに、削除予定キーワードにする。 例1で被害にあった私のキーワード きんてつノコノコ せんぼくノコノコ 鉄とは ※むやみにされると、大迷惑で困ります。 「生活上迷惑(眠れなくなり困る)」 「しかえしするかもしれません」
運営の書き込み
# AtelierDeMuguetAtelierDeMuguet 2010/02/24 21:31 もしキーワードとして登録するなら括弧付きの”「鉄」”が適当だと思います。(”一文字キーワード”参照) # kinnnokokinnnoko 2010/02/25 18:59 いいかげんにしろ、無差別通報サーバー # hatenasupporthatenasupport 2010/02/26 10:34 id:kinnnoko様こちらは、はてなサポート窓口です。はてなキーワードは共同編集辞書ですので、他ユーザー様により削除や訂正などが行われる場合があります。削除の際にはかならずその理由が記載されておりますので、復帰を行う際には、それに対して、根拠のある反論を行ってください。現在のところ、議論が成立しておりませんので、今後も利用状況の改善が行われない場合、id:kinnnoko様のキーワード編集権を停止いたします。http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C5%B4%A4%C8%A4%CF?kid=288314&mode=edit
# kinnnokokinnnoko 2010/02/25 18:36 有益になる # hatenasupporthatenasupport 2010/02/26 10:38 id:kinnnoko様こちらは、はてなサポート窓口です。はてなキーワードは共同編集辞書ですので、他ユーザー様により削除や訂正などが行われる場合があります。削除の際にはかならずその理由が記載されておりますので、復帰を行う際には、それに対して、根拠のある反論を行ってください。「有益である」と主張するだけでは議論になりません。はてなキーワードでは宣伝行為は禁止ですので、単にご自身の作ったキャラクターを知ってもらう目的でキーワードを登録することは認められません。今後も利用状況の改善が行われない場合、id:kinnnoko様のキーワード編集権を停止いたします。http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A4%AD%A4%F3%A4%C6%A4%C4%A5%CE%A5%B3%A5%CE%A5%B3?kid=288211&mode=edit
キーワード編集権を得て嬉しいのは分かりますが、なぜ自分の作ったキーワードが削除予定にされるのか、一度はてなキーワード作成・編集ガイドラインをよく読んで、考えてみてはいかがですか? これまでの事例からすると、最後にははてなに通報されて、編集権を停止されるおそれもあると思います。
http://twitter.com/Takahashi_PhD
高橋洋一とは
髙橋 洋一(たかはし よういち、1953年11月1日 - )は、日本出身の音楽家であり米国で活動している医師でもある。作曲家として知られているが、演奏家、指揮者としても活動している。米国内では循環器医師である。「JAY」の愛称があり、米国ではYoichi J. Takahashi, Ph.D.と名乗っている
ツイートの内容もひどいが、指摘された時の対応もひどい。
http://twitter.com/Takahashi_PhD/status/9553856250
@Ruth_06Marie_fa @chikoyam @nobeechan @yukioli @mogumusha @wnbch @tenbai @Tomo_Q @nukumori1974 @kaolyxxx 音楽付たスケーターと観戦中FS☆SP#FollowMeJP
http://twitter.com/Takahashi_PhD/status/9553800855
@xiangcaizi @higurasi_ @youkey46 @goldensnail2008 @himmel81 @o_mai @Re__ko @kai821 @_yahko_ @iso001 @oumi093 音楽付たプロスケーターと観戦中FS☆SP#FollowMeJP
http://twitter.com/Takahashi_PhD/status/9553749187
@melliacamellia @colza37 @onaychan @riko178 @asoka4460 @HI_cheese_21c @kitune__ @hi_roshi @gingersyrop 音楽付けたプロスケーターと観戦中FS☆SP#FollowMeJP
やっぱりスパム報告する人が出現
http://twitter.com/so_meng/status/9514382464
スパム報告しといた RT @key7: なんぞこれ…RT @wanderingdj: RT @naha2: UCCもびっくり…。 RT @evil07: 音楽家の高橋洋一さんのアカウントがなんでこんなスパムなことしてんの・・・? @Takahashi_PhD
しかし、スパム報告されようが@されようが意味がわかってない高橋洋一氏
http://twitter.com/midorikin/status/9561937311
これは何 bot? @Takahashi_PhD この人の評判を悪くしたいのかね
これに対して
http://twitter.com/Takahashi_PhD/status/9568570404
@midorikin そのような発言をする事自体が人格失格なのですよ。
この返信である、見ていて頭が痛い。
しかも、煽りがあるので言及先を見てみると
http://twitter.com/Takahashi_PhD/status/9568121169
@fusagiko長文だろうが、つぶやきだろうが、君は能が無いんだよ!
http://twitter.com/fusagiko/status/9568046039
@kazumiya86 Q6600で組んでからちょうど3年目に入ったところ。元々はHDDが500GBとラデHD2600XTだったところを今年のはじめにGTS250と2TBのHDDを買って換装したw
ゴメン意味不明。誤爆にしてはひどすぎる。還暦前のおじいちゃんらしいので、誰か医者を紹介してあげてください。
http://twitter.com/Takahashi_PhD/status/9564369983
真面目な投稿するとスパム的な攻撃を受け、また「成りすましするな!」と脅迫される事も多々ございます。この様な状態では、友人等にも勧める事が出来ないし子供等に悪影響を及ぼし、最近多いネット犯罪にも発展しかねないのではと危惧するのですが皆様は如何お思いでしょう。
http://twitter.com/Takahashi_PhD/status/9564013011
色々とTwitterの事を投稿してたら、急にフォロー数を削減されました。これも、当Twitter社の勝手なので自由に気分で出来る事なのでしょう。皆様も気を付けて下さい。
http://twitter.com/Takahashi_PhD/status/9563467157
しかし、当Twitterの事を悪く言ってると勝手に自分の送信受信記録全部を見られてプライバシーは全くありません。その割りには少ないけども著名人が一所懸命やってるのは、日本人独特の群衆心理的な発想と言えるでしょう。
同じような内容のツイートを時間ずらしてpostするのは、誰かの同意を得たいからなのか?
かなかな団の人曰く「画面をプリントアウトして医者に見せる必要がある人」のようなきがしないでもないので、
誰かコンサルを名乗る人とかDGの中の人とかは電波を相手にがんばるのもいいかも知れない。
1ch.tvみたいな隔離施設がないから、R&Bでおしまいかもだけどな。
@されたらたまらないぜ。
トヨタのリコール問題だが、なにあれ? ちょっとプロとしてあの態度はまずかったと、正直思った。結局トヨタリコール問題は全権が社長に(つまり最も適した対応が出来る人に)委ねられることになり、その後沈静していくと思う。
なので、ちょっとこれを機会に、適切なクレーム対応というのを書いてみたい。
前回はクレーム処理で目指すべきゴールについて書いた。
そこでの結論は、
(クレーム処理の)ゴールは商品に何ら欠陥がないことを証明することではない。お客の中で発生している「理不尽な思いをした」という心をなだめ、そこで発生している問題を解決するところにあるのだ。
と言うことになるのであり、心構えとして、
クレームは商品に発生してるんじゃない、顧客の中で起きてるんだ!
もしクレーム処理をする局面に突入したら、レインボーブリッジを封鎖しながら、ぜひとも叫んで、気合いを入れて乗り切って欲しいところである。
トヨタのリコール問題はABSに問題がないことを告げ、お客を怒らせてしまったところにあることは既に書いた。しかしこのように書くと、なんでもお客さまのいうことが正しくて、それを全面的に受け入れなければならない、と読んでしまう短絡的な人が現れてしまいたいへん困るのである。
もちろん問題がないのであれば、それをあえて「問題がある」という必要はないのは当然だ。ただ、「問題がない」=「問題があるのはお前だ」となってしまうのがまずいのである。
この差が分かるであろうか?
クレーム処理とはお客さまに対話の機会を提供する事であって、どちらが正しいかを議論すること、ではないのだ。
昨今、ちまたにお客さま至上主義という言葉があちこちに溢れている。
お客さまによいことはなんでもしようという立場を取ることは、たいへん危ういというか、ほんとうに理解しているのだろうかと訝しがって眺めてしまう。
これには論点が3つある。
1.利益になるなら/なったならお客さまによいことはなんでもしよう。
(ただし、コストが合う範囲で)
2.お客さまの言うことはなんでも聞く(ただし聞くだけ)という態度は改善点を呼び込みやすくなる。
3.わたしたちは、お客さま至上主義に最適化した事業を構築した。
1.の論点は非常に分かりやすいと思う。お客さまの言うことを聞きはするが、それは利益の出る範囲でしかやらない、と言う観点だ。たとえばそのお客さまが既に商品を購入していて、そのアフターケアとしてお客さまの言うことを利益が出る範囲でやるのであれば、それは当然に当たり前の事だ。また、そのお客が見込み客として将来利益を生む源泉となるのであれば、当然に営業活動の一環としてやるべきだろう。
しかし、こうみてくれば、当たり前の観点で、利益どころか損害になるお客はわざわざ大事にする必要はないし、単にたかるだけのDQNなら、放り出して、塩でもまいて、二度とのれんをくぐらせないぐらいの覚悟は必要になる。問題は、そのお客が利益になるのか、ならないのかの見極めであり、当然に利益になりそうなお客と、損害になりそうなお客ではこちらの態度を変える。問題はその目利きとしてのお客を見る目であり、逆に言えばすべてのクレームは金にならないと考えるのは、商売人失格と言える。
2.の論点は別の要素も含むので、若干説明が難しい。基本的にクレーマーは、問題点を改善し二度とそのような理不尽な思いをしないこと、そして、その理不尽な思いをしたということにたいして、なんらかの手当をしさえすれば大抵引き下がるものなのである。そのなんらかの手当が、菓子折であるか、おいしいお茶と1時間の会話であるか、懇切丁寧な初動対応であるかは、お客によって変わってくる。しかし、少なくとも精神的な苦痛を受けたので慰謝料を払えというレベルで迫られるのは、よほど対立が激しくなって、大喧嘩に発展させてしまった場合か、相手がDQNな場合だけだ。
また、この論点は、こちらの改善点がお客さまの観点から見えてくる、という部分でも重要である。クレーム処理は懇切丁寧にお客さまが遭われた状況をお聞きするだけで、解決することが多い。そしててきぱきと問題の解決をしてあげる事で、安心するものなのである。
この点は後ほど書く。
3.の観点は、かなり特殊なケースでありレアケースとして、まれに無差別的お客さま至上主義を導入して成功する例があるという話だ。
お客さま至上主義を掲げる企業として有名な所と言ってどこが浮かぶだろうか?
真っ先に思い浮かぶのが世界最大の小売りチェーン、ウォルマートであるが、このウォルマート流の「顧客は常に正しい」をそのまま導入してしまおうとすると、たいへんな目に遭う。なんといってもウォルマートは、この顧客至上主義に特化して、自社のあらゆるものを構築しているのであるから。
ウォルマートでは、顧客からの返品はいつでも受け付けているが、その返品はそのままサプライヤーへ送られ、この損害はサプライヤーが受ける。つまり、この顧客によいサービスでウォルマートは一切の損害を受けない。
また、非常に安い賃金で従業員を雇い、徹底的にマニュアル化された顧客対応をする。
ウォルマートは、経営方針から、会社のシステム、社内ルールに至るまで、すべてを顧客至上主義に特化しているのである。これを、なんの備えもない普通の企業がまねたからと言って、損失を出してしまうだけに違いない。もしくは最下層の従業員にしわよせが行くだけになる。
日本の企業であればディズニーランドを運営するオリエンタルランドだろうか。
しかし、オリエンタルランドも、その顧客サービスはあの管理しきられたディズニーランド内のみでおこなわれている。たとえばディズニーランド内のゴミをせっせと拾う話は有名だ。ゴミ1つ落ちていない状況を作ることによって、お客にゴミを捨てにくい状況を作るのだという。同じように、ディズニーランドではDQNのような乱暴なお客が出にくいように、楽園的な雰囲気を維持している。それが抑止力になり、顧客至上主義を展開しても、お客が無茶なことを言い出しにくい環境を作り上げているのだ。
もし手軽にディズニーランド気分が味わいたいのであれば、Apple Storeを訪れてみてもいいだろう。確かに店員は親切にしてくれるのではあるが、店内は店員であろうと顧客であろうと親切で上品に振る舞わなければならない雰囲気に満ちあふれている。
このように、顧客至上主義を唱えて成功する企業は、同時に顧客がめちゃくちゃなことを言わないような、幾重もの施策を打ち、まるで要塞のように守られた環境で、その顧客至上主義を実現しているのだ。
もし一介の一社員がそれを1人でおこなおうとすればどうなるか。
それは、経営の問題であって、全社的にそれが上手く回るように取り組むのであればわかるのであるが、たった1人でおこなおうとして、出来る代物ではないのだ。まず、ここを押さえておきたい。
クレーム処理とはどんなものかと聞かれて非常に的確な言葉は、危機対応であると思う。自社のサービスを受けていたお客さまが理不尽な思いをする。そのときの危機対応を的確にすることが出来るか、これが的確なクレーム処理が出来るか否かであると思うのだ。
しかし、そのような危機というのは、頻繁に発生してもらっては困るものである。
たとえば、スーパーにやってきて買いものをしたら、その牛乳から異臭がする、腐っているのではないか。
このようなクレームが入ったとする。
しかし、よく考えてみれば分かるように、そんなことが頻繁に起こっては小売業失格であるし、だいたい洗練された鮮度管理を徹底した売り場でそのような事が起こるはずもない。それでもこういったクレームは必ず、ちらほらと発生する。
この場合、大抵その原因はそのお客の勘違いであるのだ。
店側に問題があることはほとんどない。
けれども、どうであろうか。お客さまはそう思い込んでいるのだ。牛乳が腐っていると。
このとき、クレーム対応者はこう思うとよい。
これはお客さまからの抜き打ちテストだ。
もし万が一、そのような事態が発生したときに、そのお店の人間は適切な危機対応が取れるであろうか、それをお客はテストしているのだと。それは避難訓練みたいなもので、もし万が一が危機が起こっても、そのお店は的確に対応できるとお客さまを納得させる、これをゴールとして考えるのだ。
お客さまは、普段はそのお店で信頼して買いものをしている。
すくなくとも卵が腐っているかもしれないとびくびくしながら買い物をしていないことは間違いないと思う。しかし、あるとき、ひょっとしてと、その信頼が揺らぐときがある。そしてお客はそれをお店に突きつけてみるのだ。
ほんとうに、このお店は鮮度管理がしっかり出来ているのだろうか、と。
もし、この危機対応テストで、いや、腐ってませんよ? などと言ったら、お客さまは確実にテスト結果に落第点をつけるだろう。そして、もしほんとうに腐っていても、同じように言い訳をするのであろう、と思い込み、店の信頼はがた落ちになる。
初動としてどんな対応がいいのだろうか。
こんなのはどうだろう?
「ちょっと、この牛乳腐ってるんじゃないの? 変なにおいがするのだけど」
「はい、変なにおいがしますか。不快な思いをさせてしまいたいへん申し訳ありません。当店は鮮度管理は行き届いておりますので、そのようなことがあるとはにわかには信じがたいのですが、万が一と言うことがございます。たいへんお手数ですが、いつお買いになられたのか、などをお聞かせ願えますか? 至急調査したいと思います」
この対応のポイントは、お客さまが変なにおいがしたという不快な思いに対してのみ謝罪している、という所だ。まずお客さまの主観を一切否定せず、主観的に不快な思いをした点にはのみ謝罪している。牛乳が腐っているとはみとめておらず、万が一があるので、調査したいと切り返している。
顧客にしても、このケースはでは牛乳が腐っているかどうかはどうでもいいのである。
顧客がみているのは、ほんとうにこの店は大丈夫なのか? と言う部分なのである。
このような観点でトヨタのリコール問題を振り返ってみると、トヨタはこのお客さまの抜き打ちテストに落第してしまったために、何か問題があっても嘘をつくに違いないと思われてしまったところに敗着がある。
クレーム処理は危機対応の抜き打ちテストみたいなもので、そんな危機にどう対応するかがみられているのである。牛乳が腐っているかどうかはどうでもいいのである。
(つづく)
【橋下知事に直言】(上)「政治手法は『いじめ型』」 神戸女学院大教授、内田樹さん
http://sankei.jp.msn.com/politics/local/100204/lcl1002040807000-n1.htm
「学力」のとらえ方を間違えている。学力は文字通り「学ぶ力」であり、学びへの欲求が活発に動いているかどうか。テストの点はその一部にすぎない。
確かに良い事を言っているように聞こえるが、これは昔からよくあるインテリのごまかしである。学力がテストの点数だけでは測れないにしても、それと「テストで点数を取れなくても良い」というのでは話が別だ。
日本の現状を見てみよう。「テストの点数では測れない学ぶ力」がどれだけ進学に影響を与えているのか。最近ではAOなども増えてきたとはいえ、依然大多数のテストではその点数により選抜が行われている。そして、こうした競争を勝ち抜いた者たちの多くが、難関国家試験に合格したり一流企業に就職したりして高給を得ている一方で、偏差値の低い大学に進学した者はFランと馬鹿にされ、中学、高校までしか出ていない者は中卒、高卒としてバカにされる。「天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず」と言った福沢諭吉の時代と同様、現代もテストによって評価される学力によってその本人の地位が規定されている。
「学ぶ力」が本来の学力ならば、「自主的に学ぶ姿勢」を重視した総合的な学習の時間がなぜ問題となったのか。それは日本人が「学ぶ力」の重要さを頭では知りながら、本当のところは豊かな生活をしたければ「テストで測られる点数」がなければどうしようもないということを理解しているからである。
すぐに数値で成果を求める姿勢は、ひと昔前に流行った成果主義、能力主義的発想であり、知事自身の成功体験から導かれたものだろうが、成功体験に固執すると他のさまざまな教育実践の方法に対して非寛容になる。いろんなタイプの子供がいて、いろんな能力の発現の仕方があるということを認識する必要がある。
こうしたタテマエが教育現場でまかり通り、社会の現状とはとかけ離れている状態こそが、橋下知事の指摘している問題なのではないか。
西洋における平等の概念は、決して「あらゆる人間は平等だ」という認識に立つのではない。人間は肉体的な条件はもとより、知能的にも情操的にも一人一人が違うのだし、それはごく当然のことである。こうした彼らにとっての平等とは「機会の平等」に他ならない。だからその平等は「優勝劣敗」という厳しい現実を前提としている。
ドイツでは比較的早い段階で進路が決定し、(いわゆる)勉強の得意なものはギムナジウムへ、不得意なものは専門学校へと進学する。そして自らの専門をじっくりと勉強し、自分の得意なことを身につけ、優勝劣敗の社会の中で生き残るためのスキルを身につけている。ドイツでマイスターが称賛される事情の裏には、こうした機会の平等に基づく優勝劣敗の原則と、そうした競争の中で名を上げてきた者に対する尊敬があるのである。
日本人はこうした教育制度を見て「一度落ちこぼれたら二度と戻って来られない制度」だと批難するが、本当にそうだろうか。社会の流動性が高く「一億総中流」と言われた時代は今は昔。所得格差は広がる一方で、政治家も二世三世が当たり前だし、医者の息子が病院を引き継ぐという話も珍しくない。このような状況で公教育が
という考えに走ったらどうなるか。金持ちは自費で子供により一層の勉強をさせ進学の機会を拡大させる一方で、経済的に苦しい家庭の子どもたちは、例え才能を持っていたとしても一生進学することはできなくなる。すると社会の流動性はより一層失われ、より一層の社会的格差を生む事になる。これこそ機会の平等の損失であり、本来的意味での不平等である。
現代の日本では、教育現場でタテマエとして身分も職業も超えた無差別平等が成立している。それにより全ての者が平等という原点からスタートし、努力さえすれば受験という競争を好成績で突破することが出来るようになっているという。すなわち「みんな平等なのだから受験勉強が出来無いヤツは努力が足りないだけなのだ」ということである。
ところが、現実には優勝劣敗という厳しい結果が待ち受けている。環境的にも肉体的にも異なったものを持って生まれてきた我々に、個人差がないはずはないからだ。そこで、タテマエとは逆に自由競争であるはずの受験に敗れたものは劣等者と見られ、その人たちは一段低く見られることになる。
そしてそれがまた、競争の激化を生む。こうして優越者たるインテリは現状を変える事なく偽善的に「競争」を批難し、劣等者は「平等」という正義の仮面を被ってお互いの足を引っ張りあう。ネットでは自分の方が多少でも有能であるということを確信したいばかりに、他人をFランとバカにし、こき下ろす。
色々なタイプの子供がいて、色々な能力の発現の仕方があるのならば、なぜ勉強の出来る子はもっと勉強をさせ、勉強の苦手な子供からは別の才能を伸ばしてあげるという教育が出来無いのだろうか。その為には、子どもたちを「みんな平等」だから「やればできる」と誤魔化し続けた挙句、就職活動で無残に放り出すのではなく、早い内から自分の才能を確認出来る場を与えることが必要なのではないか。その意味では、橋下が教育に対して言っていることは少なくとも評価出来ると思う。
しかし、内田さんがなぜ「いろんなタイプの子供」や「いろんな能力の発現の仕方」を認める一方で「学問に携わる」という能力だけは認ないのか、謎である。なるほど、全ての人間には等しく教育を受ける権利がある。しかし、義務教育を負えてもなお、大学まで行かなければ一国民としてきちんとした教育が受けられないというのであれば、それは教育制度の欠陥でしかない。中学や高校を卒業した後、専門知識をじっくりと習得していれば世界的なレベルになっていてもおかしくない若者たちの未来を、グダクダと学校に拘束し続けることで奪っているのである。「大学全入時代」が持つことの意味を、もう一度考えた方がいいのかもしれない。
たくさんフォローしてるのにも関わらず、
ぜんぜんフォロー返しされていない人。
ぜんぜん面白くないのにしつこく絡んでくる粘着質でウザい人だと思われる。
いったいこんな人のトップページはどうなってるんだろうか。
新しいつぶやきがあります、の数字が秒間でいくつも溜まっているに違いない。
フォローしている人間のつぶやきなんて、ろくに見れないだろう。
そんな人をフォローしたところで、有意義な交流は求められそうにない。
それに人気ある人をフォローしまわるミーハーだと思われるのも嫌だ。
こちらのつぶやきをろくに見ず、テキトーにフォローしているだけかと思われる。
おそらく「twitterを楽しむにはまず×人をフォローしろ」って言葉を真に受けているんだろう。
確かにそれは一片の真実だが、だからといって無差別にフォローすればいいってもんじゃない。
フォローする人をきちんと選別して、有意義なタイムラインを作ろうとしてる身からすると気分が悪い。
言っとくけど、無差別フォローを許容する適当なフォロー返しを集めたって、クズが集まるだけだよ。
そして、こういう奴はフォロー返ししないと、しばらくしたらリムーブする。
本当にこちらのつぶやきに興味を持ってフォローしたなら、そんなことしないはず。やはり失礼な奴だ。
なお、無差別フォローかどうか判断している私の指針は、「フォロー中」のところに並べられたアイコン。
パスワードを平文で保存なんて悪意があるとしか思えないな・・・
crypt関数一行でハッシュ化してくれる事を考えれば、ハッシュ化する事の工数はほぼ0
それを意図的に平文にするんだから、何かに悪用しようとする意図があるよね。
管理権限を持った人間がDBさらって、パスワード全部もって退職。その後、IDとパスワードのペアで他のサービスに無差別ログイン。
ログインできたものがメールなどのサービスを持っていればさらに悪用という連鎖悪用ができる。
だから、管理者自信が自分の潔白を証明するための手段としてハッシュ化しておくのに、それをしないと言うのは、疑ってくれといってるか、悪意があるか、無知なのか3つに1つ。
動物化ワッショイの話に成ってしまう。(既に過去の事とは言え、チキンレースですねある意味。)
大学の講義でそのセンセイは「オタクは動物化している。自分だって動物化しているんだ。」と仰った。
皮肉を皮肉として受け取らないでいたワタシは「ならば我はライオンに成って豚を喰い殺そう。それで宜しいか?」と斬り返した。
これは1年前の夏の出来事だから、その後の事である。
茨城で8人を無差別に殺害した青年は証言台に立ち、言った言葉は
「ライオンがシマウマを食べるとき、ライオンはシマウマに何か感じるでしょうか?」であった。
これはただの偶然では無いと思っているが、具体的に名を明かさなかった罰だ。
彼の素性は何1つ解らないし、あちらさんも同じだろう。
ライオンでは無く虎に成り果てた2人の結末である。
〜T/H
強姦が、男女満遍なく発生する世界だったら、きっと男にだって同じように、露出を避けろとか、夜の一人歩きするなとか啓蒙されると思うんだがな。
実際問題、無差別通り魔事件が起これば、似たような注意勧告がされるしね。
それに対して、「犯罪者が悪いのに行動を制限しろだなんてふざけるな」なぞ、ついぞ聞いた事が無い。
そりゃまぁ、女性諸氏にはつらい世の中だろうとは思うが、女性がターゲットにされる卑劣極まりない犯罪があり、世の中にはクズがいるのだ。
注意して欲しいと願うのは、そんなにおかしな事かね。
人から理性が失われることが多い酒が入る地域や、地位協定に守られていると馬鹿が出やすい基地周辺などは、より一層の注意が必要だ。
男性と比べて負担が多い生活を強いる事になってはいるが、どうしろと言うのだ。
本筋とは離れるが、前に何処ぞで似た話があって、「男は可愛い子を見ると何故勃起するのか」とか言うので、「可愛いと思ったら、意思に関係なくなるもんだ」と答えたら、「制御できるようになってから人間だ」とか言われた。
一部の女性はあれだよね、分類上ケダモノたる人間であることを忘れて仏様に解脱しちゃってるよね。
そしてそんな自分こそ人間で、それ以外はケダモノだとかって話が結構ある。
無差別に襲いかかるアホは罰するというルールを定めている訳だが、それすら生温く、本能を捨て去るべきとか本気で言い始めるあれは一体なんなんだろうか。
最近は30歳童貞が魔法使いにクラスチェンジするというネタを、女はそれ以上に真面目に実践してる様な気がしてる。
もちろん、襲われることについて女性に非があるとは思わない。
もちろん、自ら誘っておきながら、やった後に襲われたといいはじめる女性が居ることもしっている。
http://www.hatena.ne.jp/nijiirocomachi/favorites
完全に見境無し。全はてなIDを登録するつもりなんだろうか。
さすがに手動では無いだろうが、ツールでクロールしてるにしては遅い気がする。
相当効率の悪いクロールの仕方をしているのか、クロールさせている時間が限られているのか。
日記とかを見ると、純粋にお気に入り登録されて喜んでいる人もいるみたいだけど。
http://d.hatena.ne.jp/nijiirocomachi/
残念ながら、その人は「貴方の顔を見て」登録なんてしてないんだよね。
ただの無差別爆撃を食らっただけなのですよ。
……というか、
お金も無く歳をとった相手は次々にゴミ箱に放り込んで(だって結婚する相手でもないし)
そこで泣こうが騒ごうが私の知ったことじゃ無いわ!!
とか、職場の陰口にしても酷いもんだ。ま、ブログじゃこういうのもたまに見かけるけどさ。
口調も芝居がかった女口調でうそ臭い。
あー、ネカマなんですかね。
「博愛主義でみんなが大好きなわ・た・し」を演じたいということじゃないかな。
おかげで、大したエントリーもしてないのに、逆にお気に入りに登録されたりも結構してるみたいだし。
「たくさんの人に好かれているわ・た・し」を演じたいというのもあるのかも知れない。
こんな大量に登録するとか、逆にまともな人間ぽくなくて、
気づかれたら気持ち悪く思われるだけだと思うけど。
いろいろと香ばしい。
決して犯罪を推奨するわけじゃないが、
確かにメチャクチャ難易度高い。
動機が洗えないんだもん。
でも、お裾分けだと多分バレるよ。
稀に耐毒性の高い人がいて、生き残ったりするし、
分けた人が皆、その日の夕食にするとも限らない。
司法解剖されて、キノコで死んだのはすぐバレてニュースになる。
すると、運よく、その日の夕食にしなかった奴が通報して……
なるほど、遺書なしで自分で食してくたばってる分には、自殺を装えそう。
(訂正:なるほど、遺書なしで自分で食してくたばってる分には、(自殺を)事故に装えそう。)
他殺の方も、一緒にキノコ狩りに行ったとか、身辺を現れそうな身内でやるとアウトだけど、(半)無差別殺人ならokそう。
通りすがりとか、ご近所さんを装って、お裾分けを進呈。近隣の付き合いが少ない都市部において、独居者に対して、人目のつかない時を見計らって「お裾分けですが、どうぞ」と進呈しれば、独居宅で孤独氏をしても、ヘマしなければ足がつかない気がする。
って、別にそういう犯行計画があるわけじゃないですよ。
ただ、ふと思ったことを書いているだけ。と同時に、自分自身も、ついうかうかと「お裾分け」に甘えがちだけど、ひっかからないように疑う気持ちも大事だよなと思ってるだけの話。
今ネットにあふれている情報はいったいどれだけあるのだろう?その全貌を把握している人はもはや誰一人としていまい。
では今ネットで対面しているこの情報は、いったいどのようにして見つけたのだろう?検索で?SBMで?RSSで?ブログエントリーで?広大なネットの海から自分が欲しい一粒の砂を見つけるためにはどうしたらいいのだろう?
まず明白なこととして、もはや手動ではネットの海の情報を分類しきることは出来ない。
ではどうすればいいのか?Googleが目指すような全ての情報を検索可能にするという流れに乗っていけばいいのか?しかし、検索ですらネットの最新情報を手に入れるには遅すぎる。SBMの新着エントリーをチェックしているような方にとってはこの感覚は判っていただけると思う。また、検索とは既に知っているキーワードをもとに行うものであって、まだ全く知らない情報を手に入れるのには何の役にも立ちはしない。すると答えは自ずと出てくる。無差別な情報から必要そうな情報だけ手に入れる、フィルタリングだ。
実は情報のフィルタリングを我々は既に行っている。検索で、SBMで、RSSで、様々な手段で見つけた情報たちのうち、タイトルや概要で必要そうなものだけピックアップして読んでいる。そうした人力フィルタリングをユーザの趣味指向に基づいて自動化しようという流れは既にある。それらのフィルタリングは成功しつつあるし、数年後には大きなブレイクスルーを伴って一般のユーザにも利用されるようになるだろう。むしろ、一般のユーザがそれと気づかないうちに使ってもらえるようになるのならばこの上ない大成功だ。
そうして手に入る情報が自分の趣味指向を反影したものになった後に起こることは何か?
今までの人々はローカルオリエンテッドなクラスタリングに甘んじてきた。生まれた場所、住んでいる場所によって、村や街、都会といったクラスタに自分の意志とは関係なく所属させられたのだ。しかしこれからは違う。自分の趣味指向に則して所属するクラスタを決めることができる。
しかし、そうしたユーザオリエンテッドなクラスタリングによって作られたネットコミュニティはよいものなのだろうか?
私は悪いことだと思う。ユーザの趣味指向にのっとったクラスタリングはユーザにとって快適なコミュニティをもたらすだろう。しかしその快適さは何によって作られているのかというと『他のクラスタの情報を排除した結果』によって作られているのだ。それは、とても簡単に視野狭窄を起こす。
すでにその断片は見え始めている。例えば、いわゆる『ネトウヨ』と呼ばれている人たちが自分たちの主張を肯定するためのサイトを見て回り、それだけが真実であるかのように大声を上げ、自分たちが『見つけた』真実を信じない人を見下す。彼らは彼らの趣味指向を反影したフィルタリングに引っかかった情報ばかりを見てそれが正しいと思ってしまう。
つまるところ、情報のフィルタリングというのは世界を極小化してしまうものなのだ。
けれども、実はフィルタリングやそれに伴うコミュニティの視野狭窄というのはいいものなのかもしれない。他のクラスタの存在を知らなければ、摩擦が起こることもない。人々が気づかないうちに静かに、静かにこの世界を分断し、今までにない全く新しい秩序を人間の世界にもたらすかもしれない。
だから、この先ネットを通じて現実がどうなってしまうのかは判らない。ただ、このエントリーを読む人々がいるクラスタというのはかなり限定されているだろう。そういうことなのだ。それは既に始まっていて、もう後戻りできない。そしてその結果が出るまで私たちが生きていることはないだろう。でも、その結果を作るのは私たちなのだ。
子供欲しいと思わない人は一杯いると思うよ。