はてなキーワード: 韓国人とは
http://d.hatena.ne.jp/D_Amon/20090528/p1
http://d.hatena.ne.jp/CloseToTheWall/20090603/p1
このあたりのエントリーで「南京大虐殺」を否定する人たちが批判されている。この前者のような資料の紹介と要約は非常に有意義なことなので大いにやってもらいたいと思うのだが、どうにも気になるのが、30万人説を否定しただけの議論を「語るに落ちる」とまで表現してしまう後者のような人の論調だ。
30万人説の否定というのは、個人的には結構よく使っている。なぜかと言えば、「日本人は南京で30万人を虐殺しただろう」って言われるからだよ。中国人に。ちなみに、中国人でなくても、中華系の東南アジア人からも30万人って話が出てきたことがあるので、30万人説は結構幅広く流布している説のような気がする。そう言われたら、とりあえず「1週間で30万人はねぇんじゃねぇの」、って話になるさ。彼の地で日本軍が大勢の中国人を殺したのは事実だし、それを否定するつもりも必要もない。でも、あんまり現実的じゃない数字を勝手に持ち込まれて、「近代戦で特筆すべき残虐行為」みたいなことを言われたら、そこは反論したくもなるだろう。
だから、「別に日本軍が多数の中国人を殺したことを否定するつもりはないけど、30万人はないんじゃないの?」という反論になる。今までの経験から言って、無関係の第三者(欧米人など)が一緒にいる場合は、大体同意してもらえる。で、後は「まぁ日中戦争全体で見ればもっと沢山殺してるんだけどね(笑)」「まぁ俺たちも随分殺してるしな(笑)」(←アメリカ人)みたいな流れになって、その話題は和やかに終了するわけだ。
ちなみに、中立的な第三者がいない+相手の中国人(韓国人)が年上、という悪条件が重なると、高確率で泥沼にはまるので、そう言う場合は全力で逃げることを勧める。
だから、なぜ「30万人説にだけ興味が集まるか」という元エントリーにお答えすると、「その説が一番メジャーだから」だよ。日本でもそうじゃないの?で、その一方で、日本人の大多数はそんな歴史の話には大して興味がない。だから、「昔当たり前だと思ってたけど、あれって実は間違いらしいよ」という、分かり易い知的快感を伴う文脈でのみ興味を持つわけだ。だから、ネットの向こう側で正義感の篤い人々が悲憤慷慨していても、「通説が本当にひっくり返されたのかどうか」だけが興味の対象であって、「5万人か10万人か」「何人殺したら大虐殺か」みたいな、素人目にも水掛け論必至な議論には何の興味もないんだよ。
だから、上のエントリーみたいに「30万人説否定は反中だ!歴史修正主義だ!」とか怒っても、自分を含む(おそらくは)多数の人間はしらけるだけになる。だって、そこまでの興味はないもの。(その意味で、ネタのひとつだ、という捉え方はある程度正しいのではないだろうか。)
>「30万人説を否定しただけ」という発言ははっきり言って語るに落ちていると思う。「南京事件」という日本の加害問題を、中国批判の道具としてしか興味がないと主張するに等しい行いだからだ。
こういう文章を書いてしまえる人には、多分私がここで書いた話というのは受け入れられないかもしれない。加害者である限りは「真っ当な」興味を持つのは義務だと言うことなのだろうか?それとも、中途半端な興味しか持たない人間にはコメントを許さないと言いたいのだろうか?では、私のように忘れた頃に30万人説を突きつけられる人間はどうしたらよい?言うまでもなく、「本を読んで勉強しろ」というのは却下だ。自分はこの件についてそこまでの興味はないし、興味を持つことを強制される謂われもない。そんな本を読むくらいなら別の本を買って読む。そう言う人間が「30万人はいくら何でもないんじゃないの」とコメントすることは、許されないことなのだろうか?
そのコメントがいわゆる「トンデモ」に該当するレベルのものであれば、非難もされるし馬鹿にもされるだろう。だが、「30万人説否定」はそれよりも遥かに蓋然性の高い議論であることは上のブログ主も認めている。ならば、「30万人説否定は反中ムードの表れだ」などと関連づけて「語るに落ちている」などと批判するのは間違っている。反中ムードが嫌いならその点を直接批判すべきだろう。
君が興味を持っている「南京大虐殺」という問題は、大多数の日本人にとってはどうでも良い問題だ。そして、興味を持つことを強制される謂われは全くない。まずはそのことを理解してほしい。もしその無関心自体を変えたいと思うのならば、無関心な人を非難するのではなく、興味を引くネタを用意すべきだ。まず「30万人はあり得ない」というコメントを肯定してみせてから、でもね、という議論を展開しても良いし、逆に、「実は50万人殺してたんだよ!」と客を釣っても良い。プレゼンの基本スキルだろう。そういう努力もしないで、「自分の言ってることは正しいんだ!聞けよ!」って独りよがりなことを言っているから、「うんざりする程同じことの繰り返し」にしかならないんだよ。
韓国人だからと批判するのは、たとえば「日本人だから君は誠実で謙虚なんだよね?すばらしいね!」と言っているのと等しい。
文化的に「~な人が多い」というだけで、全ての人がそうである訳がない。しかし、「韓国人だから日本で就業する際に差別される」のは「東大生だから就活の際にESで足キリされない」のと次元が等しい。つまり、すごく真面目で誠実な人を採用するために、より確率が上がるよう「国」で判断し差別する事は合理的判断ではあるのだ(ただし正しいかどうかは知りようがないし、実績が優れているのにもかかわらず属性で切り捨ててしまうのは間違っている)。GSやMckといった世界的トップ企業の日本支店が、より優秀な人材を新卒採用するために「大学」で判断し差別することに置き換えて考えてみれば、分かりやすいのではないだろうか。
残念なことは、嫌韓流のような一種のプロバカンダを盲信してしまい、「全ての人がそうでない」ことを忘れてしまう方が少なからず居るということだ。そのような人間はステレオタイプと言ってしまえる。元増田の周囲にそのような人が居るのであれば、こう言ってあげるのがよろしいと思われる。
「全ての韓国人が悪いヤツじゃないんだし、そんな韓国人というだけで人間関係を足切りしてしまわずに、先入観を捨ててちょっとだけ関わってみなよ? 一種のバイアスで世界観を狭めてしまうのは、あまり良いことではないと思うよ」
その国のトップが失脚した後、全員不幸な死を遂げている国を他に知らない
家族、親戚が権力にたかって、元トップを自殺に追い込む国を他に知らない
まともだとは思えない
そういう話が叩けば叩くほど出てくる存在だ
韓国人個人個人には恨みはないけどね
お前、世間知らずだなあ・・・クズみたいな韓国人しかいない世界もあるんだよ。
しかし、2chで言われているような世界を垣間見た事はあるよ。でもね、そこにはクズみたいな日本人もいっぱいいたよ。
増田だって2chだって、自分からしたらありえない世界はいっぱいあるだろうよ。なんで自分が全てを知ってると考えちゃうわけ?
しかも、そういう話が単にウソである場合もあるわけだろ?何を根拠にまともに信じてるんだ?
以前、嫌韓流という言葉が流行ったと思うが、その時に、韓国人がいかにネットで嫌われているか知った。
僕は世間知らずなので、それまで韓国人がそんなに嫌われていることを知らなかったんだけど、
周りの人に聞いてみると韓国人が嫌いという人が結構多くて驚いた記憶がある。
それが確か三年くらい前の話。
そして最近のことだけど、バイト先で働いている韓国人が差別に遭っているという話を耳にした。
韓国人だと分かると嫌なことされるのは日常茶飯事で、「韓国人だから○○」という極端すぎるレッテルで見られるとのこと。
僕は平和主義なので、そういうことがあってはならないと思うけど、どうしてあげることも出来なくて、
胸の痛む思いがして、それからというもの、ずっと胸のところで何かつっかえた感じがしていた。
それくらい僕にとってショッキングで悲しい話だったということ。
それで、友人や知人にこの問題について話をしてみたんだけど、共感してくれる人もいた一方で、
「無知とはおそろしいな。韓国がどれだけ酷い国民性か知らないだろ」
と言ってのける友人もいて衝撃を受けた。
それまでその友人は話しやすくて良い奴だと思っていたのに、そういうブラックな側面もあると知って、
なんだか人間不信に陥って、その夜は泣いて過ごした。
人間だから好き嫌いはあって当然だけれども、嫌いだから差別して良いということにはならないと僕は思う。
なぜこんなに差別をしたがる人間がいるのか本当によく分からない。
周りにいるたくさんの人間が実はブラックな側面も持った人間なのかもしれないと思って、人間不信に陥りそうである。
そこで、差別する側の人間の言い分を理解したら、胸のつっかえがとれるかと思って、なぜ韓国人を差別するかを知ることにしたんだ。
さすがに友人や知人と面と向かって「君はなぜ韓国人を差別するの?」と聞くのは怖かった。
だから、ネットで調べた。
まず2chで聞いたんだけど、感情論ばかりで、まるで参考にならなかった。
それからミクシイでも聞いてみたが、2chほどではないにせよ、同じような感じだった。
韓国人は日本に来たらマナーが悪いなどといった事が言われているが、少なくとも僕はマナーの悪い韓国人に会ったことがないし、
バイト先の韓国人男性はとても良い人だと思うので、ずいぶん的外れな批判なんじゃないかと思えた。
それとも僕が経験不足なだけで酷い韓国人も存在するのかもしれない。
しかし、バイト先の韓国人男性は非常に真面目で誠実で思いやりがあるので、そういう人までを偏見で見て良いことにはならないと僕は思う。
大好きな数学の映画で何度もレンタルしては見ました。いつかちゃんと買おうと思う。
主人公がグラディエーターの主人公と同一人物だってのは、さっき知った事。
ラッセルクロウすげえや!
で、
ビューティフル・マインドに戻って、ナッシュ(主人公)の病気の話し。
長年コミュニケーション取っていた大学時代の同居人&その娘、諜報員がすべて彼の空想だったって病気なんだけど。
映画見たときはもちろんびっくりした。
友達は??彼女は本物??2次元??画面から出てこない??別の話しだ。
そして話しは変わって韓国、
ちなみにペプシ派です。
世界との歴史認識の違いから、ズレた発言が多いのかなとは思う。
個人的には、韓国人に何かされた訳でもないし。
これからいつか会うであろう韓国人に対して悪い対応をしようとも思ってない。
その歴史認識なんだけども、
自分が今まで教育されてきた自国の華々しい歴史が、嘘だとしたら??
自分のことのように考えると恐ろしい。。
歴史ってなんだろねえ。
私は中高一貫の女子校に通い、そこはそれなりの進学校(東大医学部現役合格が出ても騒ぎにならない程度)だった。
校則がほとんどなく(自主性に任せられていた)、教師も個性だらけの学校であったため、すこし浮いた学校だったと今ならわかる。
生徒は自主性を重んじられるあまり大変気の強い人間に育ち、教師に対しての反抗心も露骨だった。
そんな私達がみな慕っていた教師がいる。
おおらかで、先生らしくない能天気さを持ち、えらそうでないのに尊敬したくなるほど人柄がよかった。
そういえば在日だったなあ、と思い返すぐらい、そのことについては印象が薄くて(先生は名前を韓国での読み方にしていたし、在日であるがゆえにうけた差別などについて話してくれたこともあったはずなのに、だ)今思うと不思議でたまらない。
これはどういうことだろう?
私はひとつずつ、先生の言動を思い出していくことにした。
ある日、日数が余ったかなにかで(私の学校は勉強に力を入れていないのでそういうことは日常茶飯事)特別授業として人権や差別のことについて話してくれたことがある。(人権問題の講座の担当もしていたので)
先生が自分が在日であることを自分の口で述べたのもそれが初めてだった。
名前読みは韓国での読み方になっていたので、在日であることはうすうす感じていたけれど、私達は特に意識もしてこなかったので、先生の話にちょっとドキリとした。
先生の話は名前のこと、自分の出生のこと、そして大学時代、友人だと思っていた人から差別されたことや(しかしそれを笑い話にして話してくれた)、それを救ってくれた別の友人との出会い、最後には差別がどれほど人を傷つけるか、けれどそれを救ってくれる人はいるのだ、というものだった。
先生は日本と韓国の歴史に対しては何も言わなかった。むしろ、「日本」「韓国」なんて単語を出すこともなかった。
話では常に自分と友人が登場人物であり、国家の話に摩り替えられることはなかった。
先生は個人と個人の間で起きた差別について実感してもらうためにまず私達に自分の体験を話してくれたのだ。
その後、先生は日本にあった「女人禁制」や他国の差別問題などの話をはじめ、きっとそれが本題だったのだろうけれど、
私達は導入部分であったはずの先生が受けた差別についての話にかなりショックを受けていた。
泣く学生も続出していて、でもそれは自分が先生を差別した友人と同じ日本人だからショックだったとかそういうものではなく、
いい人が不条理な扱いを受けた、という事実に涙していた。差別というものの残酷さに泣いた、それだけだった。
別に先生がアメリカ人で、その友人がイギリス人でも同じ反応をしただろう。(アメリカとイギリスにそんな関係があるのかは知らない)
差別の経験を話す際、偶然先生が「在日」だっただけ。そこに重きは置かれていなかった。
その先生の差別の話を聞いたところで、私達の頭に歴史がよぎるわけもなく、
ただ私達が過去に経験した話を今の友達にするのと同様、その人の財産である経験を見て、さらに信頼を築いている、それだけのことだった。
先生のスタンスは常にこんな感じで、国家や立場を、人と人の関係より重視することは決してなかったのだ。
だからこそ私は、先生が在日であるということを、さほど意識してこなかったんだろう。
こういった状態には賛否あるんだろうと思う。問題意識が足りないとか、そういう点で。
私の学校には在日の子もいて、でもそれも同じように気にならなかった。名前が見慣れないってぐらい。
彼女達も自分が在日であることを隠すわけではなかったけど、それで関係がどうなるってことでもないし、国の名前が会話に飛び交うこともなかった。
問題意識が足りない、と言われればそうなのかもしれない。
歴史問題を考えるいい機会だったのかもしれない。
バックボーンをきちんと理解することが礼儀だって思う人もいるのかもしれない。
でも、私達はそんなことを意識する以前に仲良くなっていて、その関係が密接であるために、国家という大きすぎる定義を取り上げる必要性を感じていなかったのも確かだ。
もちろんそれは日本人である私達がのんきに考えてあげなかっただけだ、ということなのかもしれないけれど、
別に在日の生徒がだんまりをしていたわけでもなく、自分や家族が受けた差別の経験などについては、人権問題のイベントなどできちんと意見する人ばかりだった。
そのさいでも、被差別者だからといって私達が態度を変えたこともないし、それが友人関係に影響を与えることはなかった。
それと同様、私達がただ友達で、青春時代をともに過ごす関係である上で、国家や歴史は特に持ち出すべき問題ではないと私達も、彼女達も考えていたんだと思う。
私達の中で、彼女達に日本人として申し訳ないとか思う子もいなかったし、あなたたち韓国人ってなんで歴史捏造するの?と思う子もいなかった。
私達は学生番号XXXXX1とXXXXX2で、仲がよくて、クラスメイト。
それでよかった。
これがいいことだったかはわからない。最後までいい先生、いい友達、で彼らとはいられたし、差別だとか思いつかないほどだった分、歴史問題について意識が薄くなってたかもしれないことは確かだ。
世の中にそんなに在日を嫌う人や、在日の中で日本を嫌う人がいるんだって考えもしなかった。
はっきり区別するものだということ自体に驚いた。
世の中の状況をネットなどで知って、私も国家についてすごく考えるようになる。
その反応する人に反応する人もいるし、
あの学校生活と反対に、国家というものが人間関係ですごく重視されているのがネット(特に不特定多数が出入りする)だと思った。
学校では校舎という狭い世界に閉じ込められていて、クラスや学年で個人個人がちゃんと識別できていたし、「あいつ1組だし」とか「あいつ三年だし」とかでちょっと冗談で偏見持ったこともあったかもしれないけれど、国家なんて大きすぎるものさしで人を考えることはなかったのに、不思議だと思った。
広すぎて、人が一人一人区別できなくなってくるし、クラスや学年でちゃんと整理されているわけでもない。むしろわざと匿名や不特定多数の出入りでわからなくなっているところもある。
そんな中で、ちゃんとはっきりとわかる「個」というものは、ネットを構築している言語だろう。
日本語のサイト、フランス語のサイト、フィンランド語のサイト、英語のサイト…。
日本語のサイトを見たとき、その人がどこにいてどんな人なのか、なんてわからないことも多いけれど、
日本語があるのだから、きっと「日本人」なんだろうと思うことができる。(例外ももちろんあるけど)
そこにいるのが誰かまったくわからない世界に飛び込めば孤独感で人が不安になるし、なんとか判別できる個性を見つけようとするだろう。
けれどネットは混沌としすぎていて、ちゃんと分けるとき重視してしまうのが「言語」、そして「国」ぐらいしかないのではないだろうか。
日本の土地に住み、日本の学校や職場に通っている間、頼るはずもない「自分も相手も日本人」という意識が、
こうした広大な世界に入るととても重視されていき、
結果的に「自分は日本人」という自覚が、どんどん大きくなっていく。
国家はこうしてネットの中で重要視されていくんじゃないだろうか。
私も今は「自分は日本人である」という意識、そして「○○人は好き・嫌い」だとか考える気持ちが芽生えている。
でもそれはあくまで、不特定多数が出入りし、そして個があいまいになった集団の世界にいるときだけだ。(あと、政治問題もこちらかな、と思う。人一人ではなく、国と国の問題だから。)
個人で向き合ったときそれは払拭すべきで、学校生活のおかげか私はそれが自然とできるようになっている。
人一人と向き合ったとき国家関係や歴史というものの影響がすっかり消えてなくなるというのはすごく不思議な現象で、当たり前のことのはずなのに、すごく平和に近いんじゃね?とか思えてしまったりするのは、私はまだまだ平和ボケしているからなんだろうか。
違うと良いな。
d:id:dj19さん、d:id:morimori_68さん、d:id:Wallersteinさん。ありがとうございます。
sorarisu0088氏の編集したキーワードについていくつか挙げておきます。
現在中国では「愛国無罪」のスローガンの下に偏向した愛国教育(反日ナショナリズムの醸成)が行われているため、中国人は日本人が「シナ」という言葉を使うことを極端に嫌う傾向がある。
「うるせーバカ」と書かれた画像を添付している。シナと呼ばれる人物あるいは団体、この場合は中国人への侮辱にあたると考えられる。
在日朝鮮・韓国人は戦後深くその根を日本に下ろしている反面、朝鮮学校などの偏狭かつ特殊な教育環境の下で反日教育を受けた為に、日本人と日本国を憎悪し、敵対し、破壊しようと無意識に考えるものが多いと言われている。実際、日本の公安関係者の間では、有事の際に国内の在日朝鮮・韓国人が利敵行為(原子力発電所や行政中枢へのテロなど)を行うことが懸念されている。また、平時においても反日プロパガンダ、文化侵略、騒擾事件の扇動、人権擁護や平和運動、労働運動を隠れ蓑にした反日工作などが心配されている。
左翼、共産主義者、同和、特定アジア寄り、民主党、社民党、共産党支持の姿勢が顕著である。
偏向報道の巣窟
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%a5%b9%a1%bc%a5%d1%a1%bc%a5%e2%a1%bc%a5%cb%a5%f3%a5%b0
また、パチンコ店のオーナーや社長の7割~8割が在日朝鮮・韓国人*3であるということ、一時期朝鮮総連を通じて北朝鮮に対する地下送金が行われ、この資金の大半がパチンコ産業から出ていたことと、北朝鮮がその資金を核開発や弾道ミサイル開発に使用して日本国の安全保障に非常な脅威となっている認識が広まるにつれ、パチンコそのものに対する日本国民の目も厳しくなったことなどが挙げられよう。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%a5%d1%a5%c1%a5%f3%a5%ab%a5%b9
お前らは、福耳氏やJSF氏や玄倉川氏など、次々に気にくわない人間に因縁をつけて恫喝するというチンピラまがいのことをやっていて、そのくせ自分たちは人権と平和を愛する良識の闘士たちであるつもりらしい。
よろしい。そう思いたければそう思って結構だ。迷惑をかけられた側はいい面の皮だが、百万歩譲ってこれもお前らの正義感が多少行き過ぎた上での若気の至りだと思ってやることにしよう。
だが、それならばお前らは当然、もっと明白な不正義に対して声を上げるべきはずなんだが、それをちゃんとやっているのか甚だ疑問だ。
たとえば、「嫌韓流4」とかいうのが性懲りもなく最近出版されたが、お前らなんで何も言わんのだ?目次を抜粋するぞ。
◆第1話「在日韓国人の“日本侵略”」在日の“日本乗っ取り”はすでに最終段階
◆第2話「強制連行神話の最期」「特権」と「金」を引き出す詐欺の小道具
◆第3話「“朝鮮進駐軍”と日本戦後史」日本中で暴れ回った“戦勝国民”朝鮮人の大罪
◆第4話「コリア・タウンと在日利権」在日集落の現在と不法占拠問題
◆第5話「永遠に日本に居座る在日」「特別永住資格」という「在日特権」
◆第6話「暴かれた『在日特権』」特権待遇を詐取する自称“聖なる被害者”
◆第7話「外国人参政権と人権擁護法」日本を滅ぼす「政治介入」と「言論弾圧」の武器
◆第8話「“性犯罪大国”韓国」“強姦民族”の起源と哀しき属国史
◆第9話「日本人が知らない世界の嫌韓流」“醜い韓国人”を蔓延らせた日本の罪と責任
これほどわかりやすい「ナチ」があるか?全体最適よりよっぽどナチだろうが。歴史を捏造した上で相手の民族性を疑似科学に基づいて貶め、そして「追放」を「最終的解決」として叫ぶ。こいつらは明らかにナチを意図的に踏襲している。
これこそお前らの敵じゃないのか。こういうカスを粉砕するためにこそお前らは知識を溜め込み、理屈を捏ねくり回し、無辜の一般人を相手に試し斬りを繰り返して来たんじゃないのか。
そういうわかりやすい敵に対して、お前らはなんで沈黙を貫いてるんだよ?
こんなチンカスどもに対して、具体的な行動もできないのか。いつものお得意のネットクダ巻きすらできないのか。
いい加減にしろよはてサども。
お前らはこういうカスどもをDisるためにネットで沸き上がってるんじゃないのか。
こういうカスどもすらまともに「粉砕」できずに、お前ら存在意義あるのか?
インテリを自認するなら、さっさと自分たちが酷使様の裏返しでないことを行動で証明してみやがれ。
おっと、「そういうお前は何をしたんだ」とか言って話題逸らすなよ。俺は個人の次元ではそれなりに何らかの行動を取っているが、それをお前らに報告して検証してもらう義務などない。あくまで俺ははてサにブクマその他で人格攻撃を受けた一被害者として、お前らを許せるに値するかどうかそれを見極めようとしている。
もしここでお前らが再度俺の人格攻撃に走るなら、単にお前らが軽蔑にしか値しないカスどもであることが証明されるだけなのであしからず思っておけよ。
b:id:letterdust それって「ナチ」なのか?人種差別は良くないし見たらDISるけど、「ナチ」と呼ぶのは言葉の使い方が自由すぎないか?
あれだけ偉そうに説教してくれた人がこれだけ「国語の成績が悪い」とはね。説明を加えた挙げ句「最終的解決」とわざわざキーワードまで強調してやったのに。「ユダヤ人問題の最終的解決」をググレカス。その程度のこともわからずに「トリアージはホロコースト」呼ばわりしてたのかよ。
b:id:buyobuyo 「気に食わない人間」のリストに俺が入っていないところがお前の党派性をあらわしているように思うがどうか?
はてサの「気に食わない人間」のリストに、どうしてはてサそのものであるお前が入ると考えるのだ。それがまずおかしいだろう。
b:id:gokinozaurusu 逆にまだ話し合える対象だから、だと思ってるんじゃないのかな。じゃなくて嫌韓流と地続きだと思ってたら絶望する。
ここではid:gokinozaurusuではなく、「逆にまだ話し合える対象だから、だと思ってる」に星をつけてるid:PledgeCrewに文句がある。お前はトリアージの一件で散々id:fuku33やid:Sokalianの言うことを聞かずに愚弄の限りを尽くした癖に、自分が批判されるとそうやって日和るのか。ふざけるな。だったら普段お仲間たちと「ハシズム」だのなんだのと言って噴き上がってるのは何なのだ。橋下は「話し合える対象」かそうじゃないのかどっちなんだ。
そもそも、「ナチを知識人は馬鹿にして無視していたら気がついたら権力握っていた」だののご高説垂れながら「在特会」を攻撃して遊んでるのはどこの誰なんだよ。お前らのそういう態度が、お前らの「在特会」批判が真剣でなかったことを暴露してるんだよ。
b:id:Cuz-orz 人権 別段サヨクではないけど、それはナチというか…歴史修正主義?嫌韓流は全体最適とは違うような。そして結構disられてると思う
いや、「全体最適」じゃなくて「ナチ」が問題なんですけど。ナチでも何でもない「全体最適」をナチとこじつけて罵倒するのなら、どうして意識的にナチを模倣した「嫌韓流」にはなにもしないのだということですよ。
http://www.mindan.org/sidemenu/sm_sansei.php
私たち在日韓国人は、特殊な歴史的経緯によって日本に住む永住者及びその子孫であり、また住民税、所得税など各種の納税義務を地域の日本人と同等に長年にわたって履行している納税者でもあります。またあらゆる分野で地域社会の発展に応分のコストを負担している住民です。
「代表なくして課税なし」と言うことらしい。これはこれでいいような気はする。
大々的に書いてはいるものの、理論的な根拠はともかく、熱意が伝わってこない。ホントは「あったら便利かもなぁ」くらいにしか思っていないのではないか。
そんなことくらいで驚いてどうする。外国にいて、それで世界中の人が集まってるとなると、相容れないことが出てくるのは至極普通のことだ。韓国人に限らず、みんな違う文化、風習、哲学を持ってるんだから。彼らと壁があるって?そんなのあるに決まってるだろう。どんな人間だって完全に分かり合えることなんてないんだから。竹島が日本のものかそうでないかなんて事なんてそいつらと気が合うかとは全く関係のないことだ。分かり合えないこともある、ということを分かってみんな付き合ってるんだよ。
ここからは自分の経験になるが、自分もアメリカは長いけれど、韓国系や台湾系の友達に、「日本の統治のおかげでお前らの国は発展したんだよ」と言ったことは何回かあるな。まあそれで向こうも色々と反論してきたが、それで感情的にならずに冷静に議論出来る相手にしかしなかったし、色々と違う立場を理解することもあった。彼らとはいまだにいい友達だ。歴史認識なんて友情と何の関係もない。それで相手から阻害されたんだったらそいつがその程度の人間だってことだ。元から合わなかったんだよ。でも自分から壁を作るのは詰まらんぞ。
まぁ気にするな。とだけ言っておく。そんなの誰も覚えてないと思います。覚えてるような人たちだったら、つきあうの止めるべき。
というか、僕もアメリカにいるけれど、(全然話が飛ぶけれど)アジア人はやっぱ固まってて、イクナイ、って思ったな。英語の勉強にははっきり言って、あまりならない。ただ韓国人の女の子は結構食えたので、文句はない。
なんかショックだったので…初めて書く。コメント頂けたら有難い。
俺は今、外国で寮生活してる。世界各国、正確な数は知らないが軽く数えても10以上の国の人が共同生活してるようなとこ。
ネットはよく使うし2chもよく見るが、そんなとこにいるくらいだから嫌韓(ネトウヨっていうのか?)ではなく、まぁそういう人の言うことも理解できるけどあんま関係ないな、って感じ。
ルームメイトも韓国人だし(彼はいつも笑顔で話しかけてくれるとてもいいヤツだ)、ちょっとかわいいなって思える韓国人の女の子や他の国の仲間と遊びに行ったりもした。来てからだいたい一週間。
でも、今日はショックなことがあった。
事が起こったのは夕食の時。いつも皆で食べるのだが、今日は偶然まわりがコリアンだった。
(ルームメイトの彼はいなく、だいたいが2、3回会話した程度の人たち)
公用語はもちろん英語…なのだが途中から韓国語トークで自分にはさっぱりに。
仕方ないので黙々と食べていると聞き覚えのある日本語が何回かとびかっていた。
タケシマタケシマ。
ヒマだった俺はつい反応、「あー、ジャパニーズタケシマ?」みたいなことを言ってしまった。
失言。背筋が凍る感じ。全員が血相変えてつっこんでくるとは…。(なぜ独島でなかったかはわからない)
悪気がないのは察してくれてるだろうし、ちょっとしたジョークな感じで流れたので多分彼らも気にしていないと思うが、なんか途方もないやるせなさを感じてしまった。そもそも日常会話に竹島がでてくることからしてショックだ。
なんか彼らとの付き合い方がわからない。もちろん全員がそうではないのだが、ネトウヨの言う韓国人も極端な例ばかりではない気がする。ここでつっこんできたのも、割と高圧的・自己中な感じのする韓国人だった。彼らは彼らの常識をしているんだろうけど。
俺は今も嫌韓ではないし、彼らとも仲良くやって生きたいと思っている。こんな日記を書きながらも韓国人のルームメイトと楽しくしゃべっている。
タケシマトークをしていた韓国人も道ですれ違えば笑顔で挨拶してくれるが、感じた壁は埋まる気がしない。
※ネトウヨの妄言なので、ネトウヨが嫌いなら読まない方が良いと思います。
(追記:当初、私自身が認識していたより、酷いことをいっているようです。ですので、読むと不快になる可能性が高いです。
基本的に、読まないことをお勧めします。削除しても、逃げたということで非難されそうなので、残しておきたいと思いますが)
連中の場合は、"情"が絡んでくるから厄介なんだと思う。
特に韓国人なんかは、"情"によって団結して、日本人を超えるみたいな考えもあるみたいだけど、事実は全く逆だと思う。
韓国人には"恨(ハン)"という概念があるんだけど、単に、"恨み"とかそういう次元を超えているらしい。彼ら曰く。
何が言いたいかというと、彼らは呪縛されている。つまり、呪われている。
具体的には、例えば、朝鮮半島は"半島"という地形が大元ではないかと思う。
三方を海に囲まれ、残りの一方が大陸につながっている。朝鮮半島の場合、日本に海上封鎖され、大陸から攻められたら終了。
同じような例として、スペイン内戦がある。スペインは、自国のあるイベリア半島につながっているフランスから攻撃を受け、イギリスに海上封鎖されるという逃げ道のない状態だった。その結果、血で血を洗う内戦。かなりのトラウマもの。ピカソがゲルニカを描いたり、ヘミングウェイが参戦したりしている訳だが。今だにそのトラウマは残っていて、最近だと、映画のパンズラビリンスはスペイン内戦を扱っていたのではないかな。
だから、"半島"というのは、基本的に呪われた地であり、韓国人は文字通り、DNAレベルで呪われている。<丶`∀´>←2ちゃんねるなんかで使われているこの顔が、その証拠で、大陸人(モンゴル系)に支配された証拠をDNAレベルで刻みつけられた。そう考えると、少し、背筋がゾッとするのではないだろうか。
(追記。上の記述は、一応、撤回しておきます。デリケートな問題ですし。ご不快になられた方、すみません)
ヨーロッパ大陸も、ユーラシア大陸から突き出た"半島"という見方も出来る。シベリアの遊牧民がたびたび攻めてきて、その結果、白人達はおかしくなってしまったという話もある。
映画の300(スリーハンドレッド)なども、白人対ペルシャで、ペルシャを禍々しく、妖怪かなんかみたいに描いている。アレは、白人のトラウマそのものだと思う(アラブ人はそれに反発したみたいだけど)。
それが、大航海時代の悲劇につながった。
300(スリーハンドレッド)に限らず、指輪物語(ロードオブザリング)も、スタ-シップトゥル-パ-ズも、バックトゥザフューチャーも、ロッキーも、白人は、"我々"と"彼ら"に分けたがる。
"我々"とは、キリスト教徒の白人、"彼ら"とは、宇宙人、未来人、ちょうの・・・いや、でも遠からずで、"自分たちとは違うもの"、滅ぼすべき敵、我々を支配するもの、我々が支配するものだったりする。
その役を、例えば、宇宙人や妖怪やロボットや、日本人なんかがやる。だから、白人が描く"彼ら"は醜く、異質で、おかしな存在だ。
(もっとも、"敵"を自分たちの写し鏡だとして考えると、白人はそのことを無意識的にも感じていると思う)
だから、日本人は、本当の意味での異世界、"ファンタジー"が描けないし、日本のファンタジー作品の住人は、容姿はどうあれ、中身は日本人ということになる。
白人の場合は、クトゥルー神話がその代表例だと思うけれど、本当に異質に描こうとする。
あと、白人でも、キリストを信じない共産主義者は、"彼ら"な訳で、80年代のハリウッドには腐るほど例がある。
(あっさり書きすぎたので、追記。多分、魂の存在を信じない唯物論者ということだからだろうか?日本人でも、唯物論者を理解出来ない人が多いかも)
それで、最初の話に戻ると、中国人は、儒教に呪縛されている。共産党全盛期に、共産党員が父親に笑ってしまうほど頭が上がらなかったという目撃談もある。
中韓人がなぜ、"情"に頼り出すかというと、彼らは彼らの世界しか持って無くて(中華思想。韓国も小中華思想)、主観(自分たち)しか存在しないから、他人の目を意識するということがあまりないので、構造と一体化してしまい、呪いに人格そのものが乗っ取られてしまうからだと思う。その結果、彼らは物事がよく見えなくなり、直情的になる。
でも、そんなに悲観的になる必要もなくて、最近は、中韓人も欧米の目を気にするようになってきたから、少しずつ状況は改善しているんでは無かろうか。
(中国のソース開示要請なんかを見ると、恨みはまだかなり残っているようだけど)
追記:
REV えさの付け方が甘め
反応早いッスね(笑)どの辺がそうだったか、ご指摘いただけると助かるんですが。
(もっとも、REVさんはいけずな方なので、教えていただけないとは思いますがw)
(再追記:ご返答、ありがとうございます。確かに、"支配された証拠"というのは誤解を生みそうですね。
結果的には、元々、朝鮮半島に住んでいた民族とは違う証拠にはなると思いますが)
yukitanuki ネトウヨの人なら賛同するのだろうか
どうでしょうね。私の個人的な発言なので、賛同する人もいるし、賛同しない人もいるでしょう。
私をレイシスト呼ばわりするひともいるだろうな、と思って書きましたし。
でも、呪いの構造を自覚しないと、不幸からは脱出できないと思うんですよ。これも個人的な経験ですが。
呪いと一体化して、人格を乗っ取られ、周囲に不幸をまき散らす例を何度も見てきましたし。
もっとも、日本語で書いた訳だから、彼らに私の考えを強制している訳でもないですし、する気もないです。
物知らずの面汚しでサーセンwwwww
私の妄言は、mobanamaさんの正論で粉砕していただけると嬉しいです。
なんとなく、語感がかっこよかったので使ってしまった面はあります。
ご指摘、ありがとうございます。
(以下、再追記)
サーセンwwwwww
これからも、みっともなく生きていきますよ!
comzoo 「日本人の性格」も「天皇」「武士道」「菊と刀」「敗戦」「戦後民主主義教育」とやらの呪いにまみれておるではないか。
その通りだと思います。
でも、日本人が、日本人のことばかり研究している現状に問題があるとは思いませんか?
外の文化と比較することによって、ある程度、相対的で、客観的な視点が得られると思います。
我々のどこが特殊でどこが外の人種と一緒なのか、それを考える必要があると思います。
(さらに再追記)
念のため書きますが、「呪いにかかっていること」と「不幸であること」は別です。
私の使っている「呪いにかかっている」というのは、「構造的に呪縛されている」ということであり、「不幸である」とは、自身の主観的な問題です。
ですので、「呪いにかかっている」からと言って、「不幸である」とは限りません。
相対的/客観的に、自分が/他者が「構造的にどう呪縛されているか」を認識することによることで、対処方法やその呪縛から逃れる方法も考えることが出来ると思います。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090424-00000594-san-pol
民主党の鳩山由紀夫幹事長は24日、党本部で記者会見し、永住外国人への地方参政権付与について、「愛のテーマだ。地方での参政権は付与されてしかるべきではないか」と述べた。会見の詳報は以下の通り。
--ニコニコ動画の鳩山氏の発言がネットで批判的に議論されている。「日本列島は日本人だけの所有物じゃない」という発言の真意は。韓国では2月に海外にいる韓国人に対し、国政選挙を認める法律が成立したが、大統領の決裁待ちだ。日本にいる韓国人にこの参政権を認めると、二重に投票できることになる。それでも日本にいる永住外国人に参政権を与えるべきか
「私がニコニコ動画で発言したことが大変、話題になっている。国民に大いに議論してもらいたい。これは大きなテーマ、まさに愛のテーマだ。友愛と言っている原点がそこにあるからだ。地球は生きとし生けるすべての者のものだ。そのように思っている。日本列島も同じだ。すべての人間のみならず、動物や植物、そういった生物の所有物だと考えている。この中でそれぞれが自立しながら共生していく世の中を、どうやってつくっていくかということが、ある意味での日本、世界に生きる人々の最大のテーマになるのではないか。今日までに、世界は弱肉強食に行きすぎたと。その前は、日本は依存に行きすぎたと。依存でもない、弱肉強食でもない「自立と共生」をいかにうまくマッチさせるか、バランスをとるか、それが友愛の精神だと思っている。
そこに住んでいる人たちを排斥をするという発想ではなく、そこにいる人たちの権利もできるだけ認めて差し上げる。一緒に多くの税金を日本人と同じように払ってこられた方々の権利を認めて差し上げるべきではないか。そのことによって、お互いの違いを認めながら、それを乗り越えていけるのではないか。そのように私は強く感じている。
友愛精神の発露で、世の中、ヨーロッパは大きく変動してきている。日本は鎖国をしているわけではない。もっと多くの人に喜んでもらえる、そして、そのためには、私が言っているのは地方参政権ですから、地方での参政権は付与されてしかるべきではないかと思っている。国政における参政権を認めてしまうと、今、話があったような二重の選挙権みたいな話になろうかと思っているので当然、地域における選挙権の行使を、その地域で働いている方々には与えて。当然、それなりの資格も必要だと思っているが、条件のもとで認められてしかるべきではないか。世界では25の国がこのような権限を付与しているので、相互主義に基づくという発想も重要だ」