はてなキーワード: エジプト文明とは
で、これを四六時中つけていて大丈夫なのは、ある程度肌に擦れて回転してるから。
回転しないと皮膚が圧迫される。だから定期的に外さないと皮膚にはよろしくない。
指輪が危険じゃない?無自覚で腎臓疾患のある人が指輪はめっぱで壊疽起こして切断とか知らないのか?
金属アレルギーはピアスでなくても起きてます。ネックレス、ヘソピアス、甲冑、様々な金属でおきる可能性があります。
起きにくい、起きやすいは接触する体の部位でもアクセサリーの種類でもなく、金属の種類に依存します。
どの金属もアレルギーを起こさないとは断言できません。比較的起きにくいとされてるAu,Ptがよく使われてるだけ。
あいた口がふさがらない。LED電球が家庭で購入できるほど技術は進歩したのに?
今後もコストがかかり続けると思ってるの?
いままで色んな趣味に手をだしてきたが、ドクターストップか人間関係の不和で破綻している。
スポーツ系のドクターストップならとにかくとして、およそ怪我のしようがないインドアな趣味でさえドクターストップがかかるまで熱中する危ない人だ。
飲まず食わずではないにしろ、一旦没頭しはじめると水分とカロリー補給の時間以外は止まらない。
当然、家事は手につかなくなる。
家族から文句は出るが、
母の趣味友は
「あなたが頑張ってる姿をみて、みんな勇気付けられるんだから」
そんな母の友人たちも母の激しすぎる性格を嫌って、遅かれ早かれ去っていくわけだが。
今度きたブームは海外旅行だ。
苦行のようなスケジュールで出かけては疲れ果てて帰ってくることを繰り返していた。
車の運転が出来なくなって帰れなくなったりもした。
車の運転が出来ないってのは、故障とか、眠気とかじゃなくて、俺には理解できないんだけど頭の中が沸騰しすぎて運転出来なくなるらしい。
そして、今度は海外旅行の熱が高まってきている。
ヨーロッパをさらっと巡る旅をした。
得意気に添乗員に説明された文化遺産にまつわるエピソードなんかを家族にしたものの、たまたま母以外にとっては常識だった。
なんか悔しくなったらしい。
久々に帰省したら、教科書の最初の数章の余白にはびっしりとメモ書きがされ、付箋が挟まれ。ページは擦り切れかかるほどだった。
エジプト文明、インダス文明ときたら、メソポタミア文明のイラクは渡航できないだろうし次は中国あたりかな?っと思ったが甘かった。
せめて英語が通じる国とか、せめて先進国とかいう発想はないらしい。
もちろん、どの旅行も友達も家族も連れ立たず、一人でツアー参加だ。
「夫の稼ぎで暮らしてる専業主婦なんだからもう少し大人しくしとけ」
っと誰かいうべきなんだろう。
あるいは言ったのかもしれない。
しかし、言ってどうなるというのだ。
言って聞くような、理性的な人間じゃないことは誰よりも知ってる。
そして、母がいない家は母がいるときよりもずっと平和なのである。
欧米人ってさ、たまに極端な人がいるじゃん。
毎食ずっとビッグマックしか食わないアメリカ人とか、ヒョウに憧れて裸で暮らすフランス人とか。
そして、少なからず自分と弟にもその病的な凝り性の血は流れてる。
「バーベルを上げ下げするときに叫ばないで下さい」
と注意されたことがある。
反動をつけずにゆっくりとストレッチをしていただけなのに、肉離れするまで伸ばしてしまったことがある。
弟は考え事があると左右を確認せずに道路を渡る。
気付いてないだけで自分もそうなのかもしれない。
なんか怖い。
農法の進化の過程を見ていると、紀元前から続く農業が肥料との戦いであったことに気づく。
ヨーロッパの原始的な農法として二圃制というのがある。
冬に小麦を育てるのだが、その後はなんと一年間放っておき、休耕地にする。
これは別に農家が怠慢だとかではなく、そうしないと小麦が育つ地力が回復しないからだ。
次に北ヨーロッパに農耕文明が伝わってしばらくすると、三圃制というのがでてくる。
二圃制に加えて夏に大麦を育て、大麦→小麦→休耕のローテーションにする。
これは当時としてはかなり便利だったらしく、長く続けられた。
ところで、別にそんな面倒なことをせんでも成り立つ非常に便利な農法が古代にもあった。
氾濫を利用する方法だ。
メソポタミア文明やエジプト文明、その他いろいろの文明の発祥地ではこれが非常に便利に使われていた。
土が枯れたら雑草に癒して貰うのではなく、川に流してもらい、新しい土を持ってきてもらうのだ。
そうすれば毎年なんの憂いもなく農業に励める。
現在では大河の氾濫など、人間に害があるばかりでダムでも作って治水してしまうものだが、化学肥料がなかった時代は氾濫は農業にとって非常に重要であった。
大気中に腐るほど存在している窒素も、窒素酸化物などの形で地面に入らなければ植物が利用できない。
日本では古来、カミナリのことを稲妻と呼んだ。雲中で大放電現象が起きることで空気が灼かれ、窒素酸化物ができそれが雨に乗って地上に落ちる。無論、稲妻と最初に呼び始めた人たちはそんな現象は知らぬだろうが、その関係性は知っていたのだろう。
大豆などが有名だが、大豆も肥料として利用されていた。日本では満州で大豆を大規模栽培し、油などを取った絞りカスを日本に輸入して肥料にしたりしていた。
化学肥料がいくらでも手に入る現在では、行われていないが、日本の田圃では収穫後の田圃にレンゲソウ(マメ科)を植えた。
幻想的な風景だが、昔は田圃に一面のレンゲソウが咲いていることが日常風景であった。(その蓮華は枯れる前に花ごと地面に巻き込んで肥料にした)
ヨーロッパで農業革命と言われるノーフォーク農法(輪栽式農業)では、クローバーを栽培した。
クローバーもマメ科であり、この時やっと人間が「肥料を作る」という現象が発生した。
これまではずっと「肥料はどこかから持ってくるもの」だったのだ。(たぶんこの辺の意識の違いが近代、近世あたりの歴史認識に重要になってくるんだろう)
ノーフォーク農法は大麦小麦クローバーの他に、あまり地力を必要としないカブを育て、そのカブを家畜に食わせることによって家畜を年中飼育することができた。
クローバーと家畜の糞でようやく、紀元前から続いてきた慢性的な肥料不足は改善されるようになったのだ。