この増田はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、
駅前でレンタカーを借り、見慣れた風景の中を懐かしく思いながら車を流していた。
その風景の中に味気ないクリーム色をした小学校の校舎が見えてきた。
「あ、ここ俺が行ってた小学校なんですよね」
「ふうん、そうなんだ。あ、でも『俺の母校めぐり』はしなくていいからね」
里子はそう言っていたずらっぽく笑い、いつものクシャっとした笑顔を向けた。
俺も里子と、その背後に見えるクリーム色の建物を見ながら笑って応えた。
「校舎裏に原っぱがあってカマキリたくさん捕まえてさ」
こういった類の話は得てして、その時間、その土地にいた者以外にとっては
そういった性格的な了解が里子と俺の間にはあったため、冗談を言い合い
じゃれあうようにしながら目的地の温泉地へ向けアクセルを踏んだ。
仮にこの妻を良子としよう。
良子の提案で、彼女が大学院時代にすごした地方都市へ旅行に行くことになった。
「このカフェがとってもお気に入りで、ほとんど毎日来てたんだ」
「あ、ここが昔住んでたアパート。ぼろいけどまだ人住んでるね」
「この飲み屋はね、BGMが素敵なの。あ、今日はお休みみたいね」
軒先のビールケースと使用済みのおしぼりがただじっと回収を待っている。
良子は、里子が言うところの『俺の母校めぐり』をほぼ無自覚に、
いやここでは無邪気に、と言った方が正確に思えるが、行っていた。
良子を愛しているし、俺にはないその無邪気さが
より一層彼女を魅力的にしている数多くの要素のひとつだということも分かっている。
ただ、たまに、里子のことを懐かしく焦がれる瞬間がある。