幹部自衛官の知り合いが何人かいるのだが(単に規模がデカくて頻度が多い同窓会をいくつか掛け持ちしてるだけであり、私に友人がたくさんいるというわけではない)、彼らの大部分が「自衛隊は何よりも優先される」と思い込んでいて非常に怖い。
某大卒の人間が特に顕著であり、なにがあっても自衛隊は優先され民間企業は一度でも自衛隊に関わったのならその組織力の全てをもってサポートしなければならないとすら思い込んでいる。世界大戦下における増長した軍属の姿そのものずばりが、令和の世を堂々と闊歩しているのである。
彼らがこんな状態になったのは、間違いなく洗脳によるものである。自分たちの都合がいい手駒を作るために彼らの思考をこのレベルになるまで破壊した者達、個々人の力では成し遂げられないレベルで洗脳を施すような巨大なシステムが存在しているのだ。なぜ……こんな酷いことが出来るのだろうか。
ワタミの社員はワタミの為に身も心も捧げるが、それはお客様の笑顔のためというお題目のためであるし、犠牲にするのは彼ら従業員の人生だけだ。洗脳済み自衛隊ファースト自衛官の思考回路はその遥か上をゆく、日本のほぼ全て、それどころか世界のほぼ全てが自衛隊という組織の円滑な活動に奉仕するために存在していると思いこんでいるのだ。
平和な暮らしを守るためなのだから、その暮らしなんて破壊されてもいいと本気で思い込んでいる。だがそれも仕方ないのやも知れない。彼らは入隊と同時に人権を一度売り渡す。人間であることを辞める。それから、自衛隊という組織によって人権の一部が返還されるのだ。人間の思考とは恐ろしいもので、一度取り上げられて返されると、それが元々は自分のものであったという自覚が薄れてしまう。彼らの精神の根底には、『人権は自衛隊様より与えられるものである』という全く見当違いの思い込みが根を張ってしまう。その根にこれでもかと栄養を与えられ、人格の奥にまでそれを張り巡らされ、やがて『星の王子さまに出てくるバオバブの木』に侵食されるがごとく元々あった精神の土台がまるごと破壊されてしまうものも少なくないと聞く。その成れの果てが俺様幹部自衛官であり、自衛隊ファースト族なのだ。
自衛隊が私達の日常を守ってくれているという側面は確かにある……あるのだが……彼らの考える日常が私達の考える日常と同じだとは思わないほうがいい。『生まれつき備わった人権を守られながら文化的な生活を送ること』を我々が日常と捉えていたとして、彼らが考える日常は『自衛隊により貸与された人権の元に日本という国家を存続させるための歯車として生涯を捧げること』なのである。実態は……我々の生活の実態が後者にすぎないのであったとしても、それを自覚し肯定するつもりは我々には毛頭ないが、自衛隊に染まりきった人間はそうではない。
私はこのことが本当に恐ろしい。
戦争映画の中に出てくるような、自分たちこそが世界の中心であり世界が滅びてでも守られるべきは自分たちであり、最悪自分たちさえ生き残ればそれが最良なのだとでも考えているような軍人は、確かに実在するのだ。この21世紀にも。令和にも。2019年にも。
佐官は霞が関だと補佐クラスなので幹部とはいいません
権限が強大な割に目立たず名前が出ない佐官グループの暴走が大日本帝国軍の失敗