神に仕える人々は、自ら迎えに来ない不躾な箱によって
その機嫌が損なわれないよう、電光石火でボタンを押しに行くのである。
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収録準備に追われる者も、神の姿を見た瞬間、道をあけてその場に控える。
この日初めて神を目の当たりにしたADは御肉体と感動を心とSNSに刻みつけた。
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神を迎える部屋は一番広く、常温とキンキンに冷えたドリンク類と女神の珈琲、弁当に加え大量のお菓子が供えてある。
時折笑いの兄弟たちが緊張した面持ちで挨拶に来ると、神は小さく「よろしく」と返す。
神への挨拶という一仕事を終えた兄弟たちは軽い足取りで楽屋に戻っていく。
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休憩に入り、神が部屋に戻って休息を取っている間、
スタジオにいる下々の民は2口ぐらいしか飲んでいないペットボトルを手早く差し替えた。
神は冷水を好まないため他とは別に常温のものを用意しているのだ。
馴染みのプロデューサーが楽屋に顔を出す。新人の社員を紹介するという。
ずっと憧れてきた、会えてうれしい、いつか一緒に仕事ができるように頑張る—―
神はこの題目を既に1000回ほど聞いている。
憧れゆえに神と髪型を揃える者も珍しくない。
えげつない絶壁なのにいいのかと言われた新人は照れ臭そうに頭をかいた。
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過酷なこの業界で生き残り、神と共に仕事ができる信徒は一握り。
弱き者、少しでも揺らぎの生まれた者が生き残れるほど甘くはない。
ゆえに神の周りは苦難を乗り越え修行に耐え抜いた強者ばかりである。
神に認識された信徒はより一層熱心に神を敬い、その言葉に耳を傾け
否定することはもちろん疑問を呈することも決してしない。
彼らもまた生き残り続けるために、消えていった者に目を向けることはないのだ。
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儀式が終わると関係者たちはすぐに道を作り、側近は小走りで扉を開く。
帰りのエレベーターを待つ間に、神はあるディレクターにあれよかったでと声をかけた。
閉まるドアに向かってプロデューサーたちと共にお疲れ様でしたと深く頭を下げた彼は
何度もその言葉を反芻し、明日からの過酷な日々を生き抜こうと思いを強くした。
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兄弟たちと街を歩いていると通りがかった小さな子供が神を指さし
「神様だ!」と言った。気まずそうに子供をひっこめた母親は信徒ではなさそうだった。
きっと子供が指していたのは、神がバイトでやっている神のことなのだろう。
特段驚くこともなく神はタクシーに乗り込んだ。
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神自身にはあまりその自覚は無いが信徒か否かに関わらず、神の言葉は特別だ。
神を敬愛するひとは星の数ほどいる。当たり前ながら神はそのほとんどを知らない。
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少しボサついたいがぐり頭の彼も部屋で静かに神を見つめる。
耐え切れず番組を離れたあと、色んな人を憎み、信仰を捨て、それ以上に自分が嫌いになってしまった彼だが、
それでも笑いを嫌いになりきれず、つけっぱなしのそれで無意識に神の姿を追っているのだ。
彼はじっと神の言葉を待っている。