2021-06-05

「人には人の地獄がある」を言葉でなく心で理解した話

昔々、そうコロナが騒ぎになるよりも前、あるところに女子事務員がおったんじゃ。

まあ私なんだが。

当時は数年かけて金貯めて、年に二回のデパートセールに行くのが楽しみじゃった。正月時期と7月あたまとかにやる、三越だの伊勢丹だのの大規模セールな。

セール初日休み突っ込んで、ド平日に高級な服を見て、手が届きそうだったら一着か二着買う、そういう趣味というか娯楽。

忘れもしない、あれはレディスのマッキントッシュフィロソフィーではない方)(無論リンゴでもない)をぶらぶら見ていた時じゃった。

マッキントッシュてのは、なんかこう、ハイソな方々のきちんと感のある普段着的なポジブランドでな。具体的に言うと、今検索したんだが今期のコットンのトレンチコートが16万円くらいするような価格帯の。

デザインは奇抜さはなくてむしろスタンダードとかトラディッショナルとかそういう感じのところど真ん中で、素材は良いもん使ってるし縫製とかも気ィ配ってるわと思わされるような服の店でな。

マッキントッシュセール品は別のもっとかい催事会場に集められてて、その日、店頭に出てるのはセール対象外の新作ばっかりじゃった。

女子事務員自分に買えないとしても良い服見るのが楽しくてぶらついてたが、あんまりにもひとけがないし、ちょっと対象年齢(及び想定されている御予算額)が高くてノックアウト気味だったので、そろそろ帰ろうかと思っとったときじゃった。

その店頭のとこのマネキンの前に、女の人が二人おってな。

一人はオシャレで高そうなスーツ着たマダムって感じで、もう一人は就活用っぽい黒だかネイビーだかのシンプルパンツスーツ着て髪をシンプルに結った、20代なりたての若者って感じだった。

女子事務員はその二人を見て親子かなと思った。セール会場で似たような二人組、金のかかったきれいな服を着て金のかかるうつくしい服をキャッキャしながら楽しそうに見て回ってる年配女性若い娘の組み合わせをいっぱい見ていたからだ。「ひええ、お金持ちの奥様とお嬢様だ、実在するんだこういう人たち」「都会のハイソな家ってすごいなあ」とすれ違うたびにいちいち思っていた。

から、そういう二人組なのかと思った。

娘さんの方は就活スーツトレンチコートを腕にかけて他のブランドショッピングバッグとか持ってたので、就活帰りに合流して息抜きかなあ、いいなあ、と思ったのだった。

ところで、マネキンが着てたのはスカートスタイルで、目に見えてすごく華やかだとか愛くるしいってわけではないけども、上品知的で清楚な感じのコーディネートだった。

それを娘さんが見ていて、お母さんの方が、「こういうのがいいの?」とか言っていて、娘さんの方を見て、

「色気づきやがって」

と低い声でその耳元で吐き捨てた。


女子事務員はまさにその瞬間、親子の真後ろを通過せんと歩いていたところだったので、ばっちり聞こえた。

わず立ち止まって振り返って奥様の方をガン見してしまった。

なに今の、うわあ、マジでそんなこと言う親いんの、しかもこんなクッソ高いモンが並ぶデパートで買い物するような客層に、うわあ、

あんなちゃんとしてそうな格好してるのに、うわあ、

しかも色気づくって、普通の、いや値段とか普通ではないけど一般的キレイ系の服じゃん、別に色気づくとか言われるほどのセクシー系とかビッチ系の服とかでは全然ないじゃん、うわあ、

うわあ、うわあ、うわあ。

と思ったそうじゃ。

奥様は他人に聞かれていたのに気づいたのか、黙ってゆっくり歩き去ろうとしていた。女子事務員の方は絶対見ないようにしていたのがよくわかった。

娘さんの方は…はて、どうしていたんだったか。奥様とちょっと距離が開くくらいのあいだ、マネキンの前にいたような気がするが、女子事務員の方を見たかマネキンを見ていたか、これが全然記憶にない。

女子事務員はずっと奥様をガン見しつづけていたからじゃ。

ただ、娘さんの持っていたショッピングバッグのブランドが、高級で高価で、娘さん自身が着るにしてはちょいとミセス向けのブランドのそれだったのは覚えている。


女子事務員自称するところ田舎山猿で、田んぼの中に集落がぽつりぽつりと落ちているみたいな地域の出じゃった。

中学に上がる前までは、

カエル水槽いっぱいに捕まえたり

ザリガニのたくさんいる用水路ポイントでザリ捕獲を試みたり

公園の水場で砂利を掘り返してドジョウを捕らえたり

脱走した飼い犬を追いかけている途中田んぼ道の片隅にヒタキか何かの巣を見つけては大騒ぎする

などして生きてきた。

義務教育の始まる前の時分にガチ排水のドブにはまったことすらあって、真っ黒いヘドロにまみれて悪臭放ちながら泣いて家に帰るなどしたこともある。

当然、幼少のみぎりから祝いごとなどで良いべべ着たら「馬子にも衣装」くらいは言われたし、親も先生も化粧や染髪にまったく良い顔しない時代でもあって、まあまあ色々とこじらせており、東京出てきて山猿から人間進化擬態)するのはそれなりに大変だった。

しかしそれでも、あん声音で、あんな風に、「色気づきやがって」などと吐き捨てられたことはない。


セールが近くなると、つい思い出してしまう。

「人には人の地獄がある」、見えてないだけでツラの皮一枚下にものすごい憎悪を抱えている人、その憎悪に晒されている人がいるということを実地で知ったという話。

女子事務員自分記憶違いではないことは確信していながらも、すべてが何かの間違いであたこと、せめて彼女が今は逃げ切れていることを、思い出すたびに祈っているとさ。

  • これ、その地獄の蓋があいた瞬間を見た人以外からは、「いいお家に産まれてよかったね」って言われちゃうんだよね。あはは。何かね、増田が、地獄を知ってくれた人がいたっていう...

    • 女子事務員はな、あの後でな、 自分がガン見をこいたことで、八つ当たり的にあとであの娘が叱られてやしないだろうか 余計な真似をして、あの娘がとばっちりで酷い目にあわされてな...

  • ひええ、とか、増田、楽しそう。

  • 不幸な人ランキング何位かな

  • これは良質の地獄

  • その奥様の娘さんがゴリゴリのギャル界に染まったときのリアクションをみたい。

  • 増田さん好きだ 結婚して

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