2015-12-27

森見登美彦よつばと!関係

森見登美彦氏のブログを読んでいる方なら御存知だろうが、彼は「よつばと!」の熱心な読者である

たびたびブログよつばと!言及し、絶賛している。

2011年11月26日

■[日々] 登美彦氏、更新にそなえる。

http://d.hatena.ne.jp/Tomio/20111126

2013年03月12日

■[日々] 登美彦氏、『よつばと!』を読む

http://d.hatena.ne.jp/Tomio/20130312

2014年10月06日

■[日々] 森見登美彦氏、新刊を待つ。

http://d.hatena.ne.jp/Tomio/20141006

はじめは意外にも思えたが、しばらく考えてみると、登美彦氏がよつばと!愛読者であることになんとなく合点がいった。

彼の書く小説世界観よつばと!には通ずるものがあるのではないか?と感じるのだ。

もちろん、好きなのだから影響を受けた部分も大いにあるのだろうと考えることはできる。

実際のところ、「ペンギン・ハイウェイ執筆の際にはよつばと!が手元にあったようである

2010年06月16日

[読書] 『ペンギン・ハイウェイ』が助けられた本たち

http://d.hatena.ne.jp/Tomio/20100616

ペンギン・ハイウェイ」では、主人公のアオヤマ君が「理論は知っている」と発言する箇所があるのだが、それがよつばの「りろんはしってる」を踏まえたものなのかどうかはわからない。

だが、「子供視点」という点で、よつばと!は大変に参考になったのだろうと推察できる。


登美彦氏がどれだけよつばと!が好きかということは、あるインタビューを読むと非常によくわかる。

――今誰かに何かコミックおすすめするとしたら何にしますか?

森見 相手にもよりますが、現在連載中の作品いちばん自分おすすめするのは、やはり『よつばと!』ですね。新刊が出たときいちばん胸が躍るんです。『よつばと!』は本当にいい作品だと思います。ああいうのが書けたらいいなとも思うんですよ。なんでおもしろいのか、なんであんなに読後がいいと思えるのか、はっきりとはわからなくて説明できないのですが、すごく好きです。毎回何事もない日常を描いているかのようで、何かはちゃんとあるんですよ。ストーリーがはっきりしてるとか構成が凝ってるとかじゃなくて、登場人物たちが作品世界の中で生きてる感じがすごくする。『よつばと!』に限らず、どんな作品も上手に作品世界の中で登場人物たちが生きている感じに描ければ、実はそれだけで充分おもしろいんだと思うんですけど、そうすることはとても難しいことでもあると思います。だからストーリーで凝ってみたりいろいろな仕掛けをしたりする。でも『よつばと!』は本当に上手に作ってあって、日常の小さな波をきちんと捉えて描いているんですね。そこに感動するんだと思います。すごいなあと思いますよ。…ああ、でもやっぱり『よつばと!』の魅力はうまく説明できないですね(笑)。僕よつばがホットケーキをひっくり返したところで泣きましたからね。あとクマぬいぐるみをあさぎお姉ちゃんが直してくれたときも。なんていうんだろう、すごく美しかったんですよ。悲しいとかじゃなくて、すごく美しいものを見て感動するみたいに、『よつばと!』を読むとなってしまう。どうやったらあんないい感じのものが書けるのかよくわからないので、本当にすごいと思います

勝手に読書伝説Vol.5.5 特集 ゲストインタビュー | ひかりTVブック

登場人物たちが作品世界の中で生きてる感じがすごくする。」

これが重要な点なのではないかと私は思う。登美彦氏の理想とする作品像がここに表れているのではないか。

たとえば「夜は短し歩けよ乙女」。

この作品が語られる時は、腐れ大学生である「私」の捻くれた語りと、天然な「黒髪乙女」のかわいらしさについて言及されることが多い。

特に黒髪乙女」は作者の理想女の子像を詰めたものではないか、と言う者もおり、人によっては願望詰め込みすぎでキモチワルイ!と言うそである

しかし、個人的には「乙女」はそういうものではないのだと主張したいところである

実はこの作品ものすごくよつばと!に似ているのではないかと思うのだ。

まず、あるインタビューでの発言引用したいと思う。

……女の子の目から見ても主人公乙女かわいいですが、これは森見さんの理想女性像も含まれていますか?

森見……確かに理想ではありますけど、僕が書いているので僕の部分も入っています(笑)こういう女の子が単体でいてもしょうがないんです。この女の子がいて、その周りにこういう賑やかな世界があって全部ひっくるめてひとつなんですよね。こういう女の子が無事に生き延びていける世界だったらいいなという思いもあります

http://www.quilala.jp/fbs/old_from_bs/interview23.html

理想としているのは「乙女」でなく「世界なのだ

この言葉、実はよつばと!にもぴったり当てはまるのではないかと思うのだ。

「よつばが単体でいてもしょうがないんです。この女の子がいて、その周りにこういう賑やかな世界があって全部ひっくるめてひとつなんですよね。こういう女の子が無事に生き延びていける世界だったらいいなという思いもあります。」

乙女」と「よつば」の役割は実は近いところにあるのではないか。それをなんとなく私は感じているのである

優しい世界を描いていると言うこともできる。優しい世界といっても、登場人物がみんな善人であるという意味ではなくて、個性的キャラクターがすべてその世界でちゃんと生きていられる世界ということである。「寛容な世界」と言っても良いだろう。


それは「有頂天家族」にもよく表れている。この作品には狸・天狗人間の、本当に様々なキャラクターが出てくる。

そして、善人であったり、悪人であったり、阿呆であったり、よくわからないものだったり、とにかく個性的というほかないほど個性的キャラクターばかりである

阿呆底抜けに阿呆だし、悪人底抜けに悪人なのである

そして、そういった人物たちが、(たとえ悪人であっても)その世界に受け入れられている。どこまでも魅力的で、排除されない。


太陽の塔」「四畳半神話大系」は、所謂リア充」憎しで書かれている作品のように思われているが、別にそれは本当に憎んでいて排除したがっているというわけではないというのは最後まで読んだ方ならお分かりであろう。リア充であってもそうでなくても、作品世界の中で生きているのだ。


お話構造で見たら森見登美彦氏の小説よつばと!は全く違うように思えるのだが、読んで感じるのはなんとなく似た感覚であるように思う。

それがどういった感覚なのかといったことは、登美彦氏ですら上手く説明できないのだから、私が言い表すことなどなおさらである

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    森見の作品は有頂天家族のアニメ版をちょっとだけ見たくらいだけど おまえの言うとおり悪人も登場していた印象 それに比べて、よつばとは悪人いないよね 最初から排除されている印...

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