はてなキーワード: ぬことは
地に足をつけた考えっていうのもわからない!
困った!!
高校生の頃は、10億や20億稼ぐなんて簡単だと思っていた。
大学1年の頃も、年収数千万くらい余裕だろwwwと思っていた。
大学2年の時も、数ヶ月あれば数百万~1千万くらい簡単に集めてこれると思っていた。
大学3年になって、月に30万稼ぐだけでも大変だな、と思うようになった。
う~ん。┐(´∀`)┌
しかし、これは「大人になって現実を見れるようになった」というのとはちょっとチガウ気がする。
今はともかく。昨年までは新卒で数千万もらえる証券会社がゴロゴロしていたわけで。
夢物語の話をしているのならともかく、現実に数千万稼ぐ人は何万人もいるわけで、、、、
しかも幸せなことに日本は階級社会でも身分社会でもないわけで。(建前上)
時代が違う!と言われればそれまでだが、田中角栄みたく、小学校中退でも総理大臣になれる国なのだから、学歴社会でもない、と言える。
アメリカンドリームと同じく、日本も十分に成り上がりが可能な国であり、
「現実的に」誰もがチャンスを掴める環境にあるわけだけれども、、、、
世界は変わっていないのに、自分自身の世界への認識がこうも変わってしまうというのは一体何故なのだろうか???
現実、現実といえば、日本って「この世の天国」的な一面もあるわけで。
(少なくともニュースで取り上げられてはいない)
あと、宝くじでもいいや。
3億円って、毎年数百本も出ているわけじゃない?
ってことは、毎年数百人は億万長者が出ているわけだ。
億万長者になれる、と思うことは現実逃避の妄想でしかないのか?
それとも、現実を見据えての発言なのだろうか???
http://anond.hatelabo.jp/20090328141835
全体的にまったく同感。
転がり落ちた先で自分を周囲に合わせることはどうにも難しかった。
それなら環境を変わるしかない、と奮闘するもうまくいかず(大手の中途採用も書類は通るんだが、だいたい最終面接で落ちるというこのわかりやすさ)、最終的にうつ病発症したよ。
自分の裁量でものごとを決められるから、一応、今まで散々苦しめられてきた分不相応なプライドも満足してくれている模様。
収入は低いし将来の保障も薄いし、同業者には「こんな仕事早く辞めたい」とこぼす人も少なくないが、自分はこれまでの経験のおかげか辛いと感じたことはない。今までの生活よりよっぽどマシだ。
今のこの安穏とした生活の幸せを思うと、将来野垂れ死ぬことになってもそのときはそのときだろ、とか思ってる。もちろんできるだけの備えはしてるけど。
嫁も子どももいらん、このまま静かに生きていくよ。
追記:詳しく聞きたい、とのブクマがあったのでお節介にも追記を。
業種が違うけど、本部からの締め付けが超ゆるいセブンの店長と思ってくれればだいたい合ってる。
バイトは確かに雇わずに済むならそれに越した事はないし、大口の少数の顧客より小口のたくさんの顧客を持っていたほうが安定するってのもその通りですよね。
人生つーかプライベートつーかでのホームをいつのまにか失ってしまった。物質的な「家」のことじゃない。帰るべきところ。無防備になってもいいところ。大概のことは受け入れてもらえて、大概のことを受け入れたいところ。ホームグランド。
私は人間不信だ。何故だかたくさんの人が私をかわいがってくれて、嬉しいからへらへらとしているのだけれど、根っこの部分では「どーせあんたらも私を捨ててくんだろ!!」っていうわけのわからない諦念と怒りに支配されている。いやもうお互いいい歳なわけで、それぞれの生活や信条や立場があるのはわかっている。でもなんつうの、背中を預けて戦いあえる仲っつーの? 確か前はこの手に持たせてもらってた自信があったんだよ。
少し前までは、とんでもなく困った時に泣きつける場所をひとつ与えられていた。深夜に突然電話しても、「寝てない、横になってただけ」と話を聴いてくれる人。ずっと甘えてきたけれど、自分に彼氏ができたのをきっかけに無意識にけじめをつけてしまった。彼女がいる彼に甘え続けてきた私がおかしかったのだ、と、強く思ったらしく、自分がまた独り身になった今でも何故か、連絡を取れずにいる。
一瞬付き合った彼氏つーか元彼は、友達期間がえらい長かったので、この人なら大丈夫だ、と思った。が、無防備になった途端に、セックスだけ求められてたことがはっきりして、腹が立って別れた。あなたを知りたい、私を知ってほしいと求めても無視された。それでますます人間不信になった。私を見て!って強烈に主張する大人はうざい。それをやっていいのは子どもだけだ。それは知ってる。彼氏彼女って関係では少しくらい、それを主張してもいいんじゃないかと思ったんだけどなあ。
友達がいないわけじゃない。十年来の仲の子もいる。けれどもみんな、「私のことより自分のことがんばれ」な状況が多くて、気を遣ってしまって頼れない。大親友とお互いに称するかわいいあの子は子育て真っ最中だ。そうでなくともなんだか私は、彼女にはどす黒いことは話せずにきた。彼女は本当に素敵な女の子で、一緒にいるとまぶしくて、自分のいいとこだけ見せたくなっちゃうんだ。聖域のように扱ってきた。
ほとんどの人が最後の砦として持ってる、実家はどうだ。残念ながら私の実家は地獄だ。つーかそもそも人間不信の発端は、実家でのというか母との暮らしにある。私が幼い頃から、母と、ご利用が計画的に出来ない父は言い争いを続けてきた。父と私と妹だけが食卓につき、母が台所で食事を取る・二人の伝言役を仰せつかるっていう冷戦状態と、かりそめの団らんが交互に続いた。寝て起きたら冷戦だったり、学校から帰ったら団らんに変わってたりするわけです。団らんになるたび、今度はいつまでも続いてくれないかなーと祈る日々。狂ってたと思う。今でも思い出すと過呼吸寸前になる。母子家庭になってからも父の話題は私の中でタブーになっていて、気安く持ち出しては「おまえの父の借金なんだからおまえが返せ」といびってくる母とは、そろそろ別居しようと思っている。妹ばかりかわいがり、私をなじるのにもうんざりしている。こんな家庭なのに学費バカ高い大学に行かせてくれたとか、いろんなことに愛情は感じているけれど。記憶はしみついて消えない。
そういう毎日の結果、自分でなんでもしなくちゃ!と思った私は、一人で生きてけそうな女に育ちました。なんでもしなきゃ!と思ってるから、人を信じられない。末永く幸せに暮らしましたなんて家庭はどこにもないと思ってる反面、ものすごく憧れが強くて、それが重たがられて誰かと付き合ってもすぐ別れてしまう。全面的によりかかっていいはずの時期に両親がエゴ全開だったから、未だに甘えたい部分が強く残っている。
と、自分を分析しているけれど、「二十代半ばで性格を親のせいにするとかpgr」とも思っている。こうなってしまったことについて親を責めようとかは思ってないけれど。だって母だってメンヘラ気質なんだもの。責任とれや!とか言ったって泥沼になるだけ。つーかもっと子どもなころにぶち切れたことあったけど、逆ギレされて終わったんだよなあ。「人間はみんなさみしいの!」「自分の思い通りになると思うんじゃねえ!」と、年端もいかないのに罵られたことは忘れません。まあね、母も余裕がなかったんだよ借金問題で。
この先ももう、全てを預かりたいと思う人は現れても、私の全てを預けていい人なんて現れやしないだろう。だから内側に残っちゃってる小さい自分は、自分で育ててやらなきゃならんと思っている。少しだけ頼るっていうさじ加減も、覚えていけばいいんだと思う。何故だかいろんな人が私を頼る。それに応えることで、自分を認めてやればいいんだと思う。
何年もそうやって努力してきたけど、やっぱさみしい。傷つきたくないから自分で人を遠ざけて、その結果の強烈な孤独だということもわかっている。でもさみしい。守られたかった。頼りたかった。ここに戻ればおおむね大丈夫って場所が欲しい。ホームが欲しい。
孤独感が高じて、一日の三分の一くらい死ぬことを考えている今日この頃。素人自己分析の結果を話して、どう変わっていけばいいのかカウンセリングに行こうと思っている。もう限界や。甘ったれさ、ああ甘ったれなのさ。ふつーに育った人はこういう気持ちをどこにやっているの。
なんか文章ぐちゃぐちゃだな。明け方の増田だから許して。
そのとき、電車は行き違い列車の遅れで4分ほど遅れていた。これがリアル伏線。
私はそのとき一番後ろの車両に乗っていた。そして、とある田舎の駅に着いたときに、前の車両から乗客が飛び込んできて車掌を呼んだ。どうも急病人とのことらしい。なんでも、隣の車両でおばあさんが突然倒れたらしい。私はおばあさんを見ていない。野次馬に行っても邪魔になるだけだし、介護者のプレッシャーを高めてもしょうがない。
車掌さんは無線で指令と連絡を取り、救急車を要請したようだ。乗客の人が、電車を動かすべきだと文句を言っていた。次の駅はわりと大きな町だが、現在止まっている場所はとても田舎だ。山道を町から来る救急車より電車のほうが速い。そう、もし、この電車が時間通り走っていれば、おばあさんが倒れたときにはすでに電車が走り出しており、次の駅で救急車を待たせるという対応になった可能性が高い。そして、多分それが最速だった。
しかし、止まっている電車でおばあさんが倒れてしまい、電車を動かして症状が悪化する可能性がある以上、電車を動かすという対応は難しかったのだろう。実際に救急車が来るまでは、それほど長く感じなかったが、10分近くたっていたと思う。救急車が到着するまでの間、一度車掌さんが医師と看護師を探しにきた。私は、そのどちらでもないが、救急講習を受けていればと思った。
救急車がついて、救急隊の人がおばあさんをホームに担ぎ出し、AEDを使用したようだ。しかし、AEDからは自動音声で、除細動の必要はないという声が流れた。もう一度繰り返しても同じだった。そのあと、救急隊の人が心臓マッサージを始めたようなので、おばあさんの脈はなかったのだと思う。こういうときは無理やり除細動を試みたりはできないものなのだろうか。
おばあさんの荷物が下ろされ、心臓マッサージをカウントする声が続く中で、電車は発車した。おばあさんの荷物には、おそらく誰かに渡すはずの土産袋があった。自分もいつか、何かをやり残したまま死ぬことになるのだろうか。次の駅では、遅れは20分になっていた。
そのあと、同じ日に乗った飛行機で、隣の席のお姉さんが、山ほど心電図とか生々しい心臓の写真が載った専門書を読みふけっていた。
私は今までずーっと周りの顔色を伺って生きてきた。嫌われたくないから、寂しくなりたくないから常に周りに合わせて生きてきた。自分の判断で何かを決める、という経験をほとんど積んでこなかった。ただただ周りに流されるまま、臆病に生きてきた。
だから今、周りの人たちから疎外され、自分ひとりになったことが猛烈に怖い。寂しい。それ以上に1から人間関係を作り出すのも怖い。自分の力で、いろんな人たちと関係を築いていくことが怖い。ネットなんてもってのほか、どこの誰だか知らない奴に自分の文章なり言葉なりを見られるのも、それに対してあれこれ言われるのなんて耐えられない。mixiだって、自分の周りの人間の考えや怒りや愚痴があからさまに見えちゃうことが怖い。
きっと対人不安なんだと思うけど、カウンセリングに行く気力もない。自分のことを誰かに話すのって疲れるし面倒くさい。
それに、私は今まで何も勉強してこなかった。本を読むのも嫌いだし、自分の考えを整理するのも面倒臭くてずっと放棄してきた。ただただ楽に、何も考えずに生きてきた。だから自分の力で何かをするこという習慣が身についていないし、自分で何かしようにも面倒臭さが首をもたげてきて続かない。
さーて、どうやって考えていくか、だ。
「不当なルールを守る義理はないので「ルールなんだから当然」は全然当然じゃないだろう、当然。 - 腐男子じゃないけど、ゲイじゃない」をみて脊髄反射的にエントリ。
「私服の何がいけないのでしょうか」ってことですけど、まず、中学生ですよね。お洋服って、ユニクロで買ってもTシャツ一枚1000円前後しますし、セレクトショップにいった日には、ちょーーーーー安いところで4000円以上、普通の裏原系でも8000円くらいからスタートで質によって値段は色々、私がいつも行っている代官山の店だと13,650円~はします。
まあ、別にカリスマバイヤーがコーディネートしなくても、クオリティにこだわらなくとも、私服調達には最低1000~2000円はかかるということです。
そして、お洋服って、次々と流行が変わってきますから、放置しておくと、いわゆる「増田でファッション講義を受ける人」になります。それを放置しないためには、3ヵ月に1度は、頑張った私へのご褒美が必要になりますよね。中学生だと、義務教育の期間は普通、アルバイトとかできないじゃないですか。なのに、服を買うと、定期的にお金が出ていく訳です。
で、ですけど。そのお金はどこから出てくるのかっていう話です。
「カツアゲ」は言語道断ですし、カツアゲをしてなければ親からですよね?いずれにしても、中学の段階で、嗜好品に恒常的にお金を費やす行為に慣れていくのは、感心しない感じです。
ちなみにALL ABOUTをみると、中学生のおこづかいの相場は以下のとおりでした。
<中学生>
・最も多く回答された金額2,000円
・平均額2,738円
・最も多い回答の金額帯1,000-2,000円(27.7%)
・次に多い回答の金額帯2,000-3,000円(24.1%)
最も多い回答の金額帯が1000-2000円なわけですから、Tシャツ代1000-2000円だと、下手するとそれだけで1か月のお小遣い使いきっちゃうってことで・・・。下着代はこづかいとは別にもらっている子が多いかもしれないとも思いますが、Tシャツ代親があげちゃうかなぁ。あげちゃうとしたら、親も困った親ですよねぇ・・・。
そういう訳で、私個人の考えとしては、中学生の段階で、自分でお金を稼ぐ能力もないのに、お洋服のような嗜好品にお金をかけることを覚えるのはイクナイと思います。自分でお金稼げるようになってからしろっていうことです。そういう意味では、ニコニコ動画プレミアム会員も同様です。
固い話をすれば、そういうものに対してホイホイお金を与える親はわが国の戦後民主主義の弊害の最たるものと思うし、そうじゃなくて、こっそり自分でお金を調達しているとすれば、おおかたは、善からぬことにかかわらざるを得ないことになるのではないでしょうか。
あ、あと、教育的根拠はよくわかりませんが、思春期や中二病のときのようなホルモンバランスが崩れがちなときに、奇抜なファッションをさせると、心が乱れたり、社会のいち歯車としての自覚が根付かないとか根付くとかいう話もありますね。まあ、心への影響はいかほどかよくわかりませんが、受験の際の内申書には、なんだかとてもよくない感じはしますね・・・。
今日中学校を卒業した。15歳。今までの15年で十分に長くて、とてもいい人生を送ってきたと思う。
これからまだまだ長生きすると、もっと素晴らしいことがあります、とか親切心かなんかで教えてくれる教師がいるんだけど、
本当に親切だったなら
上をみたらもちろんキリが無いわけで、下から上ってきたこの、相対的にな今、今までの人生での最高の時に何の痛みも苦しみもないように殺してくれるほうがいいんじゃない?
人生はどう考えても長すぎる。15年で十分長かった。時間の速さがどんどん上がると考えても、あと15年あればもうお腹ははちきれる。30歳。
あんまり長すぎると、上がり調子だった人生が、リーマンショック見たいにで大暴落しちゃうかもしれないし。
でも、順番抜かしをするのは嫌いだから、早く死ぬことができない。
ずーっと昔なら、自分が30歳の時はもう上の人たちは死んでて、いつでもあとは自分が踏み出すだけ、そんな世界だっただろうに
いろんなことが進歩したせいで、もっと生きなきゃいけなくて、いつ起こるかわからない人生恐慌におびえ続けなきゃいけない。
反論はいっぱい、いっぱいあると思う。、
こんな残念な宿命を負って生きる僕にとっては有意義な反論にはなるかもしれないけど、これ以上その反論を聞かずに今死ねるならそれほど幸せなことは無い。
世界の仕組みは今の僕とともに働くことはできないみたいだ。
がんばって生きるよ。僕一人には世界を変える力は無い。
ごみを拾おうと思ったら、なんかいろんな人に声をかけられるんです。
「ごみを拾いすぎて、世の中にごみがなくなって、人間が軟弱になったらどうするんだゴラァ!」
「お前ごみを拾おうなんて、さては、ごみを捨てた人間をみな死刑にする法律を作ろうとしてるんだな!このファシストめっ!」
「ごみを捨てるのは人間の習性である!ごみを取り尽くすことなどできぬことは熱力学の法則が証明しておるわ!無駄無駄無駄ぁ!」
「おまえ、ごみ拾いと称してごみ以外のものを拾っているだろう。拾ったものがすべてごみであることを証明しろ!おれはゴミ袋の中なんてのぞく気はないがな!」
┐(´д`)┌
インスパイアもと
http://d.hatena.ne.jp/michiaki/20090218#1234967385
追記;これもくっつけちゃえ
http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/2009/02/post-cb7f.html
私は、死ぬことによって私が存在しなくなってしまうことを恐れる。もはや、朝の太陽の輝きや、新しく出版された小説や、友人の冗談に接することができなくなることを恐れる。私という歴史は、私の死とともに終わる。
このような私の死に対する恐れも、生に対する執着も、全て私と言う「システム」を考えたときに初めて成り立つ。
私を構成している電子や、陽子や、中性子にとっては、私の生も死も、何の意味もない。私が死に、私の肉体が朽ちてしまうことは、私や私の周りの人間にとっては一大事だが、私の体を構成している原子や分子にとっては、何の意味もない。
風の噂に聞いたことがある。東方にあるという人が死ぬ国。人が死ぬ。なんて素晴らしいんだろう。生気の欠片も見受けられない、倦み疲れた先人達を眺めながら、そんな夢みたいなことを考えていた。
議会には王、貴族、官僚が参加する。だが、建国当時から生きている老いぼれがほとんどだから、こいつらだけじゃ政策どころかまともな会話すら覚束ない。泡を吹いてる奴なんて可愛いもので、言葉を忘れ獣に帰っているような奴までいる。
だからそいつらの子孫が、子孫と言っても子や孫も耄碌して使いものにならないので十何代目の子孫が、横に付き添い、泡を吹いてる口元に耳を傾け、意見を伝えるという形式になっている。が、意見なんて高尚なものを考えることができる奴なんて一握りも残っていないので、実際は子孫達が自分の意見を述べるに過ぎない。もっとも、口の泡を拭いたり、獣に帰った爺に餌を与えて黙らせたり、それなりに忙しいとも言えるが。
書記は新人。新人と言っても何十年やっているかわからないが。書記官の自分は新人の仕事ぶりを見ているだけ。あの耄碌爺たちと一緒だ。もっともあの世代の書記官は流石に三百年ほど前に辞めてしまい、自分はその後の世代だからあそこまで耄碌はしていないが、それも時間の問題だろう。
仕事の帰り道。街にいる人々も当たり前のように生気がない。思考停止した労働者がのろのろと動いてる他は歩く人すらまばら。若者は濁りの中にも苛立ちを泡立たせた目をして座り込んで無為に時間を潰している。建国当時の人間が生きているのだ。議会のように現役であるのは例外だとしても、年寄りは腐るほどいる。そいつらは呆けて泡を吹くまで権力の座を明け渡さないし、明け渡したとしても次の世代は、腐った発酵物が更に腐って液状化してしまうくらいに、腐っても足りないくらいにいる。若者の順番が来る日なんて彼らにとってみれば永遠にも思えるだろう。席が空くのをただひたすら待っている。
家へ着くと妻だった生き物が糞尿にまみれて呻いていた。服を脱がせタライに汲んだ水で体を洗ってやる。あーうーあーと呻く妻を洗いながら早く反応がなくならないかと何十万回と願ったことをいつものように思う。
反応がなくなると監査官に連絡することができる。そこで3人の監察官に3日に渡り本当に反応がないか検査される。といっても、収容所に大量に寝かせた人間に、1日2回、刺激を与え反応がないか見るだけの簡単なものだ。そこで反応なしと認定されると晴れて殺すことが許可される。不死と言っても殺せば死ぬ。もっとも専門の処理場で念入りに細切れにした後、焼却しなければならないが。
王や貴族など、子孫によって生きて傀儡になってもらわなければならない他は、反応がなくなると喜んで処理場へと持って行く。それも当然だ。かつて愛した美しい人とはいえ、いや、だからこそ、動けなくなるまでに老いた体は退化し小さく丸まり、言語どころか日常生活も送れない程に理性をなくした、別人のように変わってしまった伴侶を、数十年、数百年と面倒を見続ける辛さにあっては。作業が辛いのではない。かつて熱烈に愛した人を、忌み嫌っていくことを、そして死を願うことをやめられない、己の心が辛いのだ。
いつもの作業を終え妻を部屋へと寝かしつけ、その際に受けた傷の治療をして、ようやく一息をつく。一日で唯一、心を落ち着かせられる時だ。いつもはただただ何も考えることなく、倦み疲れる仕事のこと、そして死を願ってしまう妻のことから離れて、自由な時間を堪能し心を休める。だが今日は日中に考えていた人が死ぬ国のことを考えていた。権力者も死ぬことで若者が活躍することのできる国。かつて愛した人を憎まずにいられる国。そして何よりそれらのことで苦しまなくてもいい国。そんな夢みたいな国を夢見ながらいつしか眠りについていた。夢は見なかった。もう千年ばかり見ていなかった。
しんじゃいたいって思うことは「病気」だとされている。でも、酷い目にあってきたなら、しぬことは1つの自然な選択肢として受け入れられてしまう。心療内科にも精神科にも、精神病ではないと診断されてる。最初からごく当たり前の選択として、しぬという解決方法をとればいいように思う。ガスとか飛び込みとかは迷惑がかかるから論外として、ひとりでひっそりとすべてを解決する完璧な方法があることは知ってる。
なのに、そのことを隠さないといけない。 漏らせば、かまってちゃんになってしまうどころか、相手を法的な問題に巻き込んでしまう可能性もある。しぬことを選択肢に加えていないかのようにふるまわないといけないのもなかなか疲れる。その話題は禁忌として完全に封じられているような気がして、おっくうだ。 せめて冗談として言わせてくれればいいのに。
誰かにこのことを伝えていないと、「ひとりで思いつめてたなんて」なんてことになってしまう。イメージ的になんかいやだ。別に思いつめなくとも、置かれてきた状況によって死ぬことは当たり前の選択肢になって、それは精神病とかメンヘラとかでなくともそう感じるものなんだってことを少しでも示唆した時点で、僕はメンヘラとして排除されるんだろうか。
「普通に」自殺する方法はないものか。遺書に「思いつめてなんかいないよ!」なんて書いたらいいんだろうか。 普通の人が想像する自殺のプロトコルに沿わない方がいいんだろうか。 せめて友達には「自殺した」が「!?」じゃなくて「あ~そういう選択肢をとったんだなあ」程度に受け止められればいいのに。
生と死は相容れないってのが一般認識? ずいぶんと若くなったものだ・・・
・・・チラ裏失礼しました。ある19歳の戯言。
「曾祖母の納骨を親に”見せられた”小学校1年生の女の子が”PTSD”になってしまったかも」というエントリー。
半数以上の反応が「こんなんでPTSDになるなんて」「親も子供も軟弱」、と否定的で、さらにそれに対して元増田が
みんな、お骨を拾って何ヶ月も悪夢にさいなまれたり発作的に嘔吐したりしながら成長していったのか・・・。
と返している。
どっちも違うなあ、と思った。「ブタがいた教室」に対する是非論と同じ感想。
私は今年26だけど田舎の子だったので「死」は身近だった。
物心付く頃には家に犬がいて今実家で飼ってる犬共の親、祖母、曾祖母と3代を見送った。
1匹はフィラリアであっけなく死んだ。残りの2代は老衰だった。
だんだん弱っていく犬を寝ないで看病して最後を見届けた。死んだら庭に埋めた。
だから死んだら硬くなる事も、どんなに弱ってても生きている内はあった「あたたかみ」が
死んだ瞬間にすっと無くなる事も知っている。
ムクロとか、亡骸、という言葉がどういうものかを経験として知っている。
どんなに大事な人でも存在でも、死んでしまう、死んでいなくなる、のだと「知っている」。
そのハツカネズミを喰ってハラが膨れた蛇が籠から出られなくなって引っかかったまま縊死したり、
婆ちゃんが晩の鍋にする鶏を〆たりするのを見てきたし、
カマキリとか昆虫を枯葉かけて焼いたりもした(いや、超残酷なんですけど子供の頃って結構残酷なことを平気でやらなかった?)。
「いきもの」は「死ぬ」んだと。
それは「分かる」とか「分からない」とかじゃなくて、空気と同じぐらい当然に「そういうもの」だった。
だから幼稚園の時にひい婆ちゃんが死んだ時も、大好きだったから泣いて泣いて泣きまくって
でも「死んだ」事は分かってた。骨を見て墓に収める骨壷に触らせてもらってその無機質さに
「ああ、やっぱり」と受け入れた。
送るというのはそういう事だとわかってた。
でもさー、そういう経験が全くないままにいきなり人骨はつらいだろーよ?
段階を踏んでるからこそ近しい人の死に大泣きしてもすんなり受け入れることが出来るんだぞ。
人生初の「死」がひい婆ちゃんの骨だったらそりゃトラウマにもなるっつーの!
親も「命の大切さ~」とか「何事も経験~」とか頭でっかちに考えて
手順とか段階とかをすっとばしていきなり「ひい婆ちゃんの骨」じゃあ、そりゃ子供がかわいそうだ。
元増田も多分そのあたり感じ取って従姪さんのご両親に対して反感を覚えているんじゃないのかな。
みんな、お骨を拾って何ヶ月も悪夢にさいなまれたり発作的に嘔吐したりしながら成長していったのか・・・。
違うね。
場数を踏んでたの。それかご両親が場数を踏んでいてちゃんと子供に伝えてたの、子供の困惑を受け止めてたの。だから「何ヶ月も悪夢にさいなまれたり発作的に嘔吐したり」なんてしなかったの。。。だと思うよ。
起きてしまった事はしょうがないでしょ。
乗り越えられない事じゃ決してないんだから、いい機会だととらえて両親が子供に真正面から向き合えばいいじゃない。
や、まず最初に両親が「死ぬこと」に対して真摯に向き合う必要はあるけどね。
13日目、14日目のあまりにあからさまな八百長は、あの星勘定の下で朝青龍を止めうる唯一の策だった。
あれがなければ白鳳は12勝3敗、朝青龍は14勝1敗だった。朝青龍の優勝は千秋楽を待たずに決まっていただろう。
白鳳があからさまな八百長で星を維持したという事実は、相撲協会が朝青龍を敵とみなしていたことの現れであり、したがって朝青龍に有利な八百長が行われる余地はなく、結果、これまで八百長疑惑に晒されてきた朝青龍の優勝が実力であったことが証明された。
悪事をなす側を正義とみなし、己を攻撃する協会とマスコミとファン。
それらよりも敬意を持って扱ってくれる故郷をドルジが優先するのは無理からぬことだった。
「実家に帰れ」は単なる罵倒だが、「地元に帰らせない」は敵意の質が違う。
これで朝青龍は偉大なる平成の大横綱・貴乃花を上回った。次は北の湖だ。
次はどんな汚い手が使われるだろうか。
どうにも大手の正社員がすごく強いように扱われているので大手の正社員を悟空、ベジータとする。
普通の正社員もそこそこ強く扱われているのでトランクスや悟飯、ピッコロと置こう。
と、なってくると派遣社員はヤムチャ、クリリン、天津飯、チャオズあたりが妥当だろう。
強い敵(不況)が現れたらどうなるのか。
強い敵としてセル編を想定して欲しい。
悟空やベジータの強さは圧倒的だ。並みの敵ならちょっと修行した程度でなんとかしてしまう。
クリリンはすごい。地球人最強の名は伊達でなく、必死に戦いながらなんとか生き延びる。
対してヤムチャやチャオズなどどうか。
ヤムチャは素質自体クリリンと対して違わないはずであるのに、どうして退場せざるを得なかったのか。
修行としか考えられない。クリリンの積み重ねや経験は苦しい戦いを生き抜くのに非常に役に立ったのだろう。
可愛そうなのはチャオズである。
命をも削るザ・体育会系、天津飯の元で修行をしながら、「ついてこれそうにない」の一言で退場させられてしまった。
チャオズ自身の修行ではどうにもならないレベルまで事態は進んでしまっていたのだ。
これでは「いくら修行しても…」とチャオズが考えてしまっても無理からぬことである。
で、多分問題なのはみんなヤムチャを見て派遣を叩いているということ。
そして、派遣擁護派はどっちかというとクリリンやチャオズみたいなのを見ながらヤムチャを擁護しているということ。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=32324736&comment_count=633&comm_id=619680
俺はいつも死にたいと思ってるよ。それを恥ずかしいことだとおもってもないからこうやって公言できるし。
俺の場合は死んだら終わりだから、後の人間の気持なんてどうでもいいなぁと思う。
死ぬことが悪いこととか逃げとか、そういうのって人が勝手にきめてるだけで、自分を生命と切り離して考えたらなんでもないことだと思う。
そう考えてるからか、道徳的に正しく育ったがゆえに生きることを他人にも自分にも強制する人がいるのが正直ときどきわずらわしく思えるし、疑いなくそう言えることにうらやましくもある。それぐらい洗脳されたかった。人がそう生きることをいっても、弱い人間が生きたい世界が果たして社会に適合してない人間を生かすようにできているかというとあまりそうはかんじない。むしろ弱い人間は淘汰されているように思える。これは俺たちが生き物である限り、当然の成り行きだと思う
人は他人に強くなることを希望する。それゆえに死にたがる人間を生きることへ強制する。当人からすれば強くなれないから死にたいのだ。ヘタレというならそうだろう。だがみんなが強くなれるかといったらそれは絶対にない。
言っても聞かないやつはいるし、死んだほうがいいような殺人者だっているのは誰だって思うことだ。一般的視点からみた場合、弱い人間とかくず人間とかはそういったのと似たような部類の人間だと思う。それなのに、死んだら逃げとか言う人間をみると、ずいぶんと都合のいいことを言うものだと感じる。
どうにもならない人間なんて死んでも生きててもどうでもいいんじゃないだろうか。これは俺の主観でいってるんじゃない。大衆のクズに関する見地から言っている。
たとえて言えば、あなたたちの払っている血税からでてる生活保護をもらい、社会貢献もせず暮らしている50万を越える生産性のない在日韓国人をみて、あなたたちはそいつらに何も感じないのだろうか?あなたたちがそういう人間にいらつくなら、役に立たない、役に立たない弱い人間は死んだほうがいいだろうとは思わないだろうか。
僕はそういった大衆的見地を踏まえて思う。社会的価値のない人間は迷惑かけなきゃ死んでもいいものだ。
僕たちは競争社会に生きていて、弱者(医学的異常者は除く)は当然不遇な扱いをうける。だから僕はまわりと自分を比べたときにそれでもいきたいと思えない、努力もしたくない。
自殺ってのは逃げといわれればそうかもしれないが、ぶっちゃけ人間に限って言えば普通の行動だと思う。
「行動」という観念から見ておなかが減った状態になればなにかを食べたいと人が思うことと、つらく直視したくない現実があったら死にたくなるのはまったく同じだと思う。
この国は比較的恵まれていて、治安も良く不治の病や事故でもないかぎり、死にはしない。僕はこの国に生まれたことには幸福を感じる。が、こうやって生きていることはとても陰鬱だ。死ぬ勇気もないから楽にある日突然死んだらいいなとありもしない奇跡を願いながらなにもせずこうやってゴネて生きている。こんな生きてることになんの意味ももたないクズでも生きてる価値があるなんてあなたたちは本気でいえますか?
最近、就職活動をしていて、自分が本当にやりたいことがわかった。
ガンダムに乗ることだ。
現代の科学では実現できないことが本当にやりたいことだったのだ。
終わった・・・・
せめて来世ではモビルスーツができていたらいいな。
できればスペースノイドに生まれて地球の美しさに感嘆し、重力の重さを噛み締めたい。
ついでにニュータイプだったらもう最高。
強化人間には同情をくれてやる。
うん、やっぱり自分が乗るモビルスーツはザクとかジムがいいです。
ガンダムとかモビルアーマーに乗るときっと調子にも乗ってしまうでしょう。
ああ、わかってます現実逃避ですよ。
でも、ガンダムには一度でいいから乗ってみたい。
だから、子供ができたらミノフスキーって名前をつけて学者にしようと思う。
そいつがもしかしたらなぞの赤い粒子を発見してくれるかもしれない。
そしたら輪廻転生したおれがそいつのおかげでできたモビルスーツに乗ってやるんだ。
でも、こんな怠惰な俺だから来世に人間に生まれているかわからない。
豚かもしれないし、ぬこかもしれない。
はっ!もしかしたらハロかもしれない。
ハロでもいいや。
彼女は「1月17日」と記せば誰もが思い出す地震の被災者で、両親は自分の足で立つこともできない娘を遺して亡くなった。
その友達が、“奇跡”と共に残った自らの命を捨て去ろうとするに至った経緯を書き残すと共に、自分自身が思い悩んでいることを打ち明けることで少しでも心を軽くしたい。
俺と彼女が知り合ったのは6年ほど前、ともに小学4年生の頃。関西生まれの転校生と、関西生まれの在校生の出会い。
転入したクラスで親密になった友達は男子1人と女子2人の計3人で、その中でも件の彼女とは不思議に気が合い、人に打ち明けにくい悩みを相談できる貴重な異性として、互いを大切に想ってた(と思う)。正直ちょっと顔が赤くなる。
“打ち明けにくい悩み”といっても大半は歳相応に他愛のないもので、高校生になった今では「あんなバカバカしいことを真剣に悩んでたのか…」と恥ずかしくなってくるほど。
それらのほとんどは相手と共に考えることで解決させることができたんだけど、ただ一つだけ、どう悩み抜こうと答えが出なかった問題がある。それが、彼女の話した自らの過去に関するもの。
神戸の灘区に住んでいたらしい彼女の一家は、彼女が2歳になる前に地震に遭い、二人の親と、母親の中にいた“一人”の弟妹が命を落とした。
たった一人遺された娘は、母親の妹(か姉かはハッキリしないけど)夫婦に引き取られ、母親の出身地、九州に移り住んでいる。
きっと、関西から来た転校生として、「他の友達より真剣に耳を傾けてくれるかもしれない」と思って打ち明けてくれたところもあったんだろうと思う。
しかし俺は関西と言っても大阪生まれ、なじみの薄い神戸の話に特別な思いを抱くことはできず・・・(我ながら最低だ)
あえて自己を弁護するならば、とにかく「親がいない」という事実が衝撃的で、話の詳細を考える余裕が無かった、ということだったのかもしれない。
それからは年に1、2度ほど会うことがあるのみとなり、電話やメールといった手段での連絡は一切なし。
伝えるべき事柄もないし、たぶん単に面倒だったんだろう。以後5年間、ほんの最近までそんな関係だった。
変化が起きたのは去年の11月、連絡先も伝えていないはずの彼女からかかってきた突然の電話。(連絡先は男の友達から聞き出したらしい。伝えたことを忘れていた。)
とにかく話がしたくて電話をしたとは言うものの、しばらく喋ってみても彼女の話したい事柄が見えてこず。
とりあえずその日は電話を置くことにし、後日改めて会いに行くと伝えることで彼女を落ち着かせることに。
久しぶりに見た彼女は随分と思いつめている様子で、会うなり突然泣き出しそうな雰囲気すら感じられる悲痛な姿。
他の友達連中と楽しく過ごすふりをしつつ、何が彼女をそこまで追い詰めているのかを全身全霊で突き止める決意を固めたりしたのだが、その原因はあっさり彼女自身の口から語られる。
それは、もはや忘れかけていた、地震の話。
夢を見た、と彼女は言う。生みの親の死に目に遭いながら何もできず、ただ泣いていただけの自分の惨めな姿を目にした、と。
出来事以後の13年間、一度たりとも、そんな悪夢はみたことが無かったのに、私は見てしまった、と。
どう接すればよいのか分からなかった。何だこの話、なんだよこれ。
今まで自分が生き残ったのは全くの偶然だと思っていた、運命のいたずらで、仕方がないことだ、と。
しかしそうじゃなかった、自分が生きているのは両親のおかげだ、両親が身を挺してくれなければ私は確実に死んでいた、と。
そんなことも知らずに「私はあの時どうして死ななかったんだろう、死んでいれば楽だったのに、死んでいたかった」なんて考えていた自分が許せない、と。
「生き残ったことへの罪悪感」と、「生き残らせてくれたことに感謝してこなかったことへの罪悪感」。
二重の重圧に耐えかね、必死に苦しみから逃れる方法を考え続け、出してしまった答えが、死ぬこと。
この問題は未熟な高校生が悩むには難しすぎるのだろうけど、彼女自身が死に代わる答えを見つけなければいけないことは確かだ。そして俺は、その答えを探す手助けとしてできることを見つけたい。
それまでに、何としても。