はてなキーワード: 朝日社説とは
6月16日の朝日社説。社説子は朝日新聞読者は論理能力の一切無いバカだと確信しているのだろう。この社説は安保法制に反対する側の人々がいかに怠惰かえぐり出している。いや、そもそも彼らは本当に安保法制を潰したいのだろうか?安保法制を潰すのが目的なのではなく、安保法制反対運動のお祭り騒ぎをエンジョイしたいだけなのではなかろうか。
http://www.asahi.com/articles/DA3S11809039.html?ref=editorial_backnumber
これによれば、集団的自衛権と憲法との関係を整理した1972年(昭和47年)の政府見解は以下のとおり。
①わが国の存立を全うするために必要な自衛の措置をとることを9条は禁じていない。
③従って、他国に加えられた武力攻撃を阻止する集団的自衛権の行使は許されない。
ここでは 集団的自衛権の行使>必要最小限の範囲 という命題が背後にある。しかし、集団的自衛権の行使の定義は一応一定したものである一方「必要最小限の範囲」は軍事技術の進歩や国際情勢の変化によって変わり得るものだ。
朝日新聞は「理屈は同じなのに結論だけを百八十度ひっくり返す。環境が変われば黒を白にしてよいというのだろうか」などと言うがこれは感情的な詭弁というものだ。理屈が同じでも議論の前提が変わったら推論の結果が変化するのは当然ではないか。論理的な反論ではない。
さらに後段で「こんなことやっていいの?ほんとにいいの?だめだよね?」とばかりに非難を続けるが散漫で情緒的なばかりだ。要するに社説子が違憲だと思い込んでいる事例を列挙しているにすぎず、それらが本当に違憲かどうかはそれが「必要最小限」かどうかによる。そして必要最小限を越えることを示せれば違憲だね、と論証できる。これが論理的な議論というものだ。そしてそうするには代案を示すか他の根拠をあげればよい。なんでこんな無駄な文章をつらねる必要があるのか理解に苦しむ。
そもそも安保法制に論理的に反対するのは簡単なことだ。政府の主張はとどのつまり「今まで
となった」
というだけなのだから、これをつき崩せばいい。ならば集団的自衛権自衛権が必要と政府が想定している各種事態に対して 集団的自衛権を行使せずして対処する方策を提示するか方策自体が必要ない事を論証すればよい。それができないなら集団的自衛権の行使が必要なんだろうねとなる。それ以外の方法であれやこれやと理屈をこねて無理な反対ごっこをしてみても所詮は負け犬の遠吠え。
ところでそもそも①、②、③すら認めない人々もいる。だがこれは昭和47年以来の政府見解すら認めない人々。左翼ばかりとは限らないが、どちらだとしても今更国会で議論するのは時間の無駄だ。適当に官僚に答弁させとけばいいのではないか。