はてなキーワード: お節介とは
いや、だからさ。
まず探す発想が出ないっしょ。この考え方に名前がついてるかどうかも分からない状態じゃさ。
「それはもうこういう人が、こういう名前をつけて発表してる概念だ」と言うのはわかるけど「少しはググれ」ってのは違うっしょ?
初歩的な言葉の意味を、「なんていう意味なんですか?」って聞いたり、「この概念、他に誰か名前つけた人います?」って元増田は聞いてるわけでもないのに、ググれもなにもないだろ?って。元増田は「そう思った」という個人の考えをただ書いてるだけであって別に質問してるわけじゃないんだよ。そんな相手にググれもなにもないだろって。お前がさ、お節介か優しさかしらんけど、既にその考えは出ているぞ、と教えてあげるのはいいけど、別に教えてくれといったわけでもない相手に対し偉そうに「ググれ」もなにもないだろって。
ヒントを上げるほうが、寧ろその人のためとなるから優しい
という言い分なら分かるけど、
聞かれて答えたのが「お節介」というのは流石に無茶。
→死にたく無ければ素人がマンホールに潜るべきではない、ということは大阪の子なら誰でも知っています。
2.キャベツ焼きなるものがあるらしい
→一銭洋食とも言う。
3.声がでかい
→当たり前ですが、でかい声の人はたいていお節介でおまけに目立ちます。ひっそりとした大阪人は目立ちません。少しマジレスすると、関西弁ネイティブはのどの中の声を出す位置が違いますからそのせいもあるでしょう。
4.あいりん地区をなぜそんなに怖がるのか
→幅?
6.カタカナやひらがなの名前の駅が多い
→由緒あるワールドシティですから。
7.スーパーでもまけてくれ言う
→言いませんよ。しょうもないこと言う時間の方が惜しいじゃないですか。ただ、マジレスすると正札取引の越後屋が定着した東京の方が世界的にみれば異端で、値切り交渉のある方がグローバルスタンダードだと思いますよ。
http://www12.ocn.ne.jp/~history/topics/trivia/040707.html
→淀川です。ところで神奈川と東京、埼玉と東京、千葉と東京、そして23区とそれ以外の間にはやはり結界が?
→多分NYでも手に入らないと思いますが、NYで自分がそれ言うところを想像してみてください。マジレスすると、どれもそれなりには手に入りますけどね。
音程のずれ自体が分かるのであれば(記事からはそのように読めた。ずれ自体が分からない人は超レア)、音痴は練習次第で克服できると思う。嘘かと思うかもしれないが、マジ。弓場先生の本がおすすめ。タイトルはアレだけど、内容は良くできてる。
Amazon.co.jp: 声美人・歌上手になる奇跡のボイストレーニングBOOK―効果てきめん 世界が認めた『YUBAメソッド』: 本: 弓場 徹
リズム感のトレーニングならインターロックかなぁ。ただ、これは普通にリズムがとれることが前提になっているので、難しいかも。ま、日本人は基本的にリズム感が悪いので、かなりリズムがずれていても許容される気がする。むしろそれが素人のノリだ、みたいな。
ひょんなことから(古いマシン壊れた……orz)Vistaを使い始めて、そろそろ1ヶ月になる。Vistaの良い点・悪い点が分かってきたので、ここに書く次第。自分のブログは放置中なのだ。
すげー見やすい。目が疲れづらくなった気がする。あまりにも素晴らしいので、エディタのフォントもメイリオ(meiryoKeGothic)にした。文字を打つのが気持ちいい。「MS Pゴシック」なんて、今見ると滅入る。
フォントはMacの方がまだきれい、と言う人もいるが、謎。メイリオ + Clear Typeの方がどう見てもきれいだと思うが……。Macのアンチエイリアス(というか、一般的なアンチエイリアス)で日本語を表示すると、ぼんやりしていて見づらい。
メイリオはXPでも使えるが、それはどーなんでしょーねー(棒読み)。
XPのあのデザインから比べれば、Vistaのデザインは大幅に良くなった。が、Macには遠く及ばず。デザインに統一感が無いのが気になる。これはもう社風かもね。
あとはたいしたことじゃないので、箇条書き。
あ、それからもうひとつ。発売当初のOSにありがちな不具合みたいなものには、1度も出会ったことがない。Microsoftがんばった。
私は最新のデスクトップマシンを使っているので、重いと感じたことは一度もないが、XPからアップグレードした人は重いと感じるかも。ノートは知らん。
が、それは意外と少ない。ってか、大抵いける。私は40くらいのソフトを入れたが、動かなかったのはスタンドアロン版のIEだけだった。互換性を維持するためにかけたコスト、現場の苦労を思うと、泣けるぜ。
ただし、ソフト自体は動くが、スクロールホイールがうまく効かない、というケースが結構ある。これはわりとストレスなんだが、特殊な現象かもしれない。ググっても情報が出てこないので。
エクスプローラーのアドレスバーは進化したが、本体部分は使いづらくなった。フォルダ内のファイルによって表示モードを切り替えるようだが、それはお節介というもの。
良い点と数が合わないが、他に悪い点は思い当たらなかった(あんまり細かいことは除く)。
OS単体としてみれば、VistaはXPから向上している。しかし、その向上幅は意外とせまい。で、狭い向上幅の割に、マシンパワー食い過ぎじゃない?という疑問が残る。
というわけで、メイリオを違法に使うという意志があるならば、同じマシンでXPからVistaに乗り換える利点はほとんど無い。デザインは着せ替えができるしね(そういえば、これは合法なんだろうか)。
また逆に、新しいデスクトップマシンを買うのであれば、Vistaで構わない。無理やりXPのマシンを探したり、ダウングレードする利点はほとんど無い(必須のソフトが不運にも対応していない場合くらい)。ノートは知らん。
助言と言う言葉がそんなに気に食わないなら別になんだっていいよ(つーかそんな事どうだっていいんだが)。
おせっかいなのはそうだろうね。お節介なんかじゃないとはいってない。
ただ、私は別に責任はないし悪いわけじゃないよ、と言っただけ。
決めたのは本人だからね。
タチが悪いとかなんとかいわれようが、その事実には変わりないから、どうでもいいや。つーか「バーカバーカ」と同レベルの悪口にしかなってないと思うそれw
ほんとタチが悪いなあ、このひと。
その彼女がアドバイスを乞うたわけでもないのに勝手に引っ掻き回したんでしょう?
それを「助言」と言ってしまえるなんて、どれほど面の皮が厚いんだろうか。
あれで別れたのならどの道別れてたろう。
そう思うならば最初から何も言わなければいい。
二次元のキャラが一番好きだという友人(女)がいる。また別の友人(男)が、その友人を好きになってしまった。彼は彼女に告白したが、玉砕。しかし諦めきれないらしく何がダメか私に聞いてきた。仕方ないので真実を打ち明けた。あの子はとある二次元キャラが一番好きだから、諦めな、と。しかしどうもそれで逆に火がつき、リアルに敵がいないなら寧ろいける、とみた彼は再度アタック。二次元キャラが好きなままでいいしセックスとかもなしでいいから付き合ってくれみたいな、よくわからん流れになった。でまた彼女も結構変な人なので、なんか承諾したらしい。(この辺よくわからんのだが)多分彼は、「一度恋人になれば、なんやかんやで俺の方を振り向いてくれるだろう、二次元なんかどうでもよくなるだろう」という算段があったのだろう。が、まあ、そうはいかず、3ヶ月たった今依然としてほとんど進展なし。つーか、恋人の意味あんの?っていうレベルの仲。単なる友人みたいな感じ(らしい)。まあそうだろなとは思っていた。で、彼女と、(まあ勝手に期待する方もする方なのだが)「その気がないなら、付き合うのやめたらどうか。期待させちゃうし」「期待とか言われてもなぁ。最初にそう言う条件だしたのは向こうだし」「まあまあそうだけどさ。それでも期待しちゃうのが人間だし。愚かなサガなんよ。ここはスパっと振ってやるのも優しさだべ?それにあんま付き合ってる意味ないっしょ」「あーまぁ」という会話をした。数日考え、彼女は「やっぱり期待されてもこたえてあげられないし、不毛だから、やめよう」みたいなことを言って振ったらしい。で、彼はかなりショックだったようで、私につっかかってきた。なんで彼女にそんな助言したんだと(問い詰める内彼女がぽろっといってしまったっぽい)。まだ付き合っていたかったのにとえんえん愚痴られた。
うーむ。どうすべきだったのか。失敗だったのかもしれん。
しかし、別に彼女も私のいう事を鵜呑みにした訳じゃないはずなので、どの道同じ事だったとも思うのだが。
あーいらんお節介しすぎたかな。
よくある恋愛相談。
「あいつはいつも私におごらせてばかりなのよ」
うんうん、あんたの言いたいことはよく分かった。
だけどさ、それはあんたの意見であってさ、男が10回おごっているのに自分がたまたま2・3回おごっただけでブーブー言ってる可能性だってあるわけだ。
自分に優しく、他人に厳しいのが人の常、そう思っちゃうこと自体は責めはしないよ。俺もそういうことあるし。
だけど、そういうことを理解せぬまま、どっちか一方の言い分だけを信じて、あれこれアドバイスしちゃうのってどうなのよ。
そうやって言い分全部をバカ正直に信じちゃうお節介焼きが話を混乱させたりするわけで。
あれだあれ、男を味方につけて女を貶していく、サークルクラッシャーみたいな奴も、騙されちゃう奴が悪いってことだべ。
相談とかに乗るならさ、もう少し冷静になってさ、客観的に物事を見ましょうよ。
相談を受けた人は、相談された人の体験したことの、ほんの一部を、
しかもバイアスがかかっている蓋然性が超高い、口述っていう方法で知るに過ぎないのであってさ。
その人の性格とか、他の情報とかをも考慮して、
ウソっぽいところは排除して、出来たら相談になってる人間を直接確認して、本当の真実を見つめましょうよ。
相手の言うことをホイホイ信じるだけじゃあ、相手のためにもならないと思うんだ。
わざわざ自分を頼りにして相談してきてくれたんだから、それなりの対処はしてあげるべきでしょう。
もちろん、相談すること自体に意味を求めて愚痴ってるだけかも知れないけどね。
ホイホイ信じちゃう人は、仮に問題になってる相手方が先に相談してきた場合は、そっちの言うこと全部信じちゃうのかな。
そう思うとバカらしいよね。
美味しさを求めるならミルで挽いたほうが絶対良い。粉の状態になるとすぐに成分が抜けてしまって美味しくない。だから自分で豆から挽いてすぐに淹れるのがベスト。
あと、基本的にコーヒーは豆の鮮度が命なので、買うコーヒー豆も気を遣った方が良い。コーヒー豆の寿命は大体焙煎してから2-3週間。ドトールとかスタバとかのチェーン店だと、豆自体の質は良くても、焙煎してから時間の経っているコーヒー豆だったりするので、鮮度が最初からあまり良くない場合がある。
できれば、焙煎マシーンのある喫茶店かコーヒー豆専門店から買うのが良いよ。敷居が高いように思うかも知れないけど、東京近辺だと結構ある。地方在住だとしても、ネットからの通信販売もあるから意外と手軽に良い豆を買えるよ。値段はドトールと変わらないと思う。
ちょっとお節介すぎたかな。以上コーヒー中毒者からのアドバイス。
追)もう他の増田民が指摘していることばっかりだな。反省。
追2) ちなみにチェーン店の豆の鮮度の部分は自分の経験則。淹れてみたとき明らかに鮮度が落ちていたんだ。なので、スタバが焙煎後輸入だとは知らんかった。増田サンクス。
http://anond.hatelabo.jp/20070529203018
それってHTTPサーバのログからとったやつだよね?apache?それ以外?
何にしても、ヘッダが偽装って、プロクシとかが付けるviaの事?
「拡張子偽造のスクリプト」ってのが気になる。どんな事するの?それ。
つか、IEの内容見て判断するお節介機能は何とかなんないのかな。
ま、とりあえずUAにMSIEってあったら、問答無用でattachmentにしとけばいいよ。
imgタグだったらインラインで表示してくれるから。それはそれでどうかと思う(IEの)仕様だけどね。
いや、似た様な事が出来るCGI使ってるんで。
[追記]
そうそうセキュリティに詳しい増田さん。いたら教えてください。
信頼できない者から送られてきたデータが、セキュリティ的に他の多数のクライアントへ画像として送っても良いデータ(JPEG、PNG、GIF、BPM)であるか、判断するのは先頭4バイトくらいで可能ですか?
何かお節介がいたので、負けずおとらずな俺・参上。
それだけ相手のことがわからないんなら、もっと知りたかろう。それを言葉にすればいい。
会えないその日のあなたはどんな一日を過ごしたのかとか、気にならない?
ただ、質問攻めじゃ相手もうんざりすると思うから、さじ加減は慎重にな。
http://anond.hatelabo.jp/20070327073912の方へ。
お話を伺っていて思い出したのですが、「人間は考える葦である」という言葉、パスカルでしたね、人間とは自然の中ではとても弱いものである、しかし考える力を持っているというお話です。
私たちの先祖は、二本の脚と二本の腕と一つの頭=考える力でもって、厳しい環境の中を生き延びてきたのでしょう。それを思えば考える力の大切さにもうなずけますし、「考える力が無い」ように見える女性たちに何か言いたくなるのもごもっともです。
しかしそれだけに、貴殿の考える力の使われ方がもったいないような気がしてならないのです。余計なお節介かもしれませんが、もしよろしければお聞きください。
「分からないこと」に出会ったときこそ発展的な思考が必要である、ということに、私はむしろ賛成です。しかし、さらに、自分が「分かっている」と思っていることに対しても発展的な思考が必要である、と私は考えます。
私なら、電車の中で円周率の問題を茶化している若い女性たちを見て、「ああ、考えてないなあ」と思うと同時に、「待てよ、考えてる考えてないっていうけど、『考える』って何だ?」という問いを放ちます。自分が無自覚に持っていた「『考える』とはこういうことだ」が揺らぎ始めます。そこから問いが広がってゆきます。
・「考える」って何だ?
・他人が「考えてる」か「考えてない」かは、どうすれば分かるんだ?
・問題文を見たとき、何をしていたら「考えてる」ことになるのか?
・頭を抱えて唸っていたら「考えてる」ことになるか?
→×。それなら俺もいくらでも頭抱えるよ。何も解決しないけどね。
・時間をかけていれば「考えてる」ことになるか?
→×。暗算で一瞬で因数分解ができる子が「考えてない」ことになってしまう。
・そもそも問題に答えようとすることだけが「考えてる」なのか?
・他にもいろいろなことを「考えてる」んじゃないのか?
→仲間とのコミュニケーションとか、すでにあるものを利用する効率性とか……
さらに、「そういえば今の若い女性はだいたいこんな感じだなあ」と感じたとします。そこにも問いをぶつけるチャンスがあります。「それは本当か? 本当だとして、なぜか?」
・それは本当か?
・自分がそう感じてるだけではないか?
・自分がそう感じたのはなぜか?
・他の人はどう思っているか?
・どんな調査をしたら本当だと確かめられるか?
・本当だとして、なぜか?
・それは本当か? 本当だとして、なぜか?
・それは本当か? 本当だとして、なぜか?
・世の中がブラックボックス化しているからでは?
・そもそも人間にはそれほど知的探求心がないのでは?
まだまだ書けますがこんなところで。さらに「彼女たちが老いてからが心配だ」と思ったら、そこからも問いが始まります。「老いたら何が心配なんだ?」
・老いたら何が心配なんだ?
→若さのエネルギーがなくなって、独立した生活が立ち行かなくなる
→人を惹きつける才能のようなものかもしれない
・若さがないと独立した生活が立ち行かないのは問題じゃない?
→そう! だからこそ考える力がね
・だから考えるって何さ?
・どうやってそれをもたらすの?
・別に考える力でなくても、若さなしで独立した生活が立ち行くようにすればいいんじゃ?
問いは行きつ戻りつしながら絡まりあってゆきます。
私が貴殿の考える力をもったいないと思うのは、
・「考えるって何だ?」の問いについて、「考えるとは書かれた問題を検討することである」の段階で止まってしまっている。仲間たちに気を使うことも「考える」かもしれないのに。
・「本当か?」の問いが出ていない。考えてないのは一部の女性だけかもしれないのに。
・「本当だとして、なぜか?」の問いが出ていない。特に、知的探究心を持つことが女性にとって不利な社会だからでは? といった「社会の側から見た」問いが出ていない(これはフェミニズム的思考だと思いますがどうでしょう)
・「老いたら何が心配なんだ?」の問いについて、「なぜ若さが人を惹き付けるのか」→「なぜ若さが魅力になってしまう社会なのだろうか」という問いが出ていない。
このように、問いに大きく抜けが出来てしまっているからです。もっと「考える力」を使う余地が、必ずあるはずです。
http://anond.hatelabo.jp/20070318224345
父親は工業高校卒で、母親は中卒。貧乏だけど、いい家でした。すんごい田舎で、感覚が一世代くらい遅れてて、『国家の品格』に感化されちゃうような人が絶賛しそうな価値観で、まだ子供だった自分には心地よかった。
大学に行く人生なんて想定していなかった。中学を出るときには、父親の影響で工業高校を志望した。担任にせめて工業高専に行けと言われた。そんなもんかと思って行った。高専は、授業料の免除や奨学金が充実していたので。最終学年になって、就職担当のところに行ったら、就職先を紹介してもらえなかった。大学に編入しろと言われた。お金の工面なども含めて熱心だったので、つい熱意にほだされて大学に行ってしまった。猫も杓子も貧乏人も、なんでも大学に送り込まれる時代なんだなと思った。団塊ジュニアの一番受験生の多い世代で、受験戦争が過熱した大学バブル時代だった。
大学にはそんなお節介はいなかったので無事就職出来た。その結果が http://anond.hatelabo.jp/20070314010106 だった。辞めて本人は清々したが、下手に有名な大学を出てしまったことで田舎に戻っても浮く変なインテリの根無し草になってしまった。お節介な人達は正しかったのだろうか。誰もが上を目指すことに向いているとは限らない。
なぜこんなにブクマされてるの?
文章の読みやすさという点ではかなり質は高いし、
トラバに対しての気配りはとても素晴らしいし、
確かにこの文章が役に立つ人は世の中にいると思う。
しかし、ここまでブクマされるほどなのかは疑問。
参考になる人だけが参考にすればいいんだよね?
内容としても色々書かれているように見えて、実際には
試着して決めましょう。試着しないのは愚の骨頂です。
に全てが詰まっているのではないだろうか。
空気読めって言われそうだが、ほんとに誰か教えてほしい。
こういうのが参考になるような人は、このサイトの方が役立つと思う。
ちなみに、自分はこの記事をけなしているわけではないです。
これをブクマしている人たちに対する単純な疑問なんです。
またこの記事を書いた人も、こういうわかりやすい文章を書けるのなら、個人的にはもう一歩踏み込んだ文章を書いてほしい。
例えば、上に挙げたようなサイトを最初にいくつか紹介して(それに要約を加えて)、
その上で自分なりの考えを書いてみてはどうだろうか。
そうすれば余分な手間も省けるし、より多くの人に役に立つと思う。
また、一から全部書きたいというのなら、自分でサイトを作ってはいかがだろうか。
この場合は増田である程度書いてからでもいいと思う。
文章を書くって結構エネルギーのいることだと思うんだが、
そのエネルギーをもっと上手く使ってほしいなぁと勝手に思ったので、
余計なお節介かもしれないけどごちゃごちゃと書いてみました。
ポケットベルという物をまわりのみんなが持ち始めた。何だかコソコソと取り出しては、足早に電話ボックスに駆け込んで凄い早さで交信していた。でも、あんな小さい画面に数字の語呂合わせでやりとりできることなんてたかが知れているので、たいして気にも留めないふりをしていた。
やがて、連絡が付かないからと言って半ば強制的にポケベルを持たされた。知らない間に漢字まで表示できるようになっていて、びっくしりて、正直ちょっとうれしかった。でもまわりのみんなは携帯を持ち始めていた。何処にいても電話がかかってくるなんて、どうしてそんなことに耐えられるのかが不思議でならなかった。
あっと言う間にポケベルを持っているのは私だけになって、困ったことに公衆電話が見る見る減っていった。まわりのみんなはいつも携帯で楽しそうに話していた。不意にかかってきてそのまま歩きながらしゃべる内容なんてどうせ大したことはないということにして、敢えて携帯を持たない変わり者のふりをしていた。
そのうち、連絡が付かないのは困ると言って、無理矢理携帯を買わされた。顔をしかめながら受け取って、人前では極力出さないようにした。嬉しそうに画面を触ったりしているのを見られるのを避けるためだ。持ってみると電話は単なる電話に過ぎず、特別に楽しい話ができたりするわけではなかったし、あの楽しそうな人たちの仲間入りができた気もしなかった。
インターネットを始めたのはまわりの人より早かった。パソコンのメールというのがどんなに便利かを力説して回ったけど、あんまりみんな興味がなさそうだった。自己紹介のホームページも作ってみた。でもすぐに書くことが無くなって、でもこれは名刺みたいなもんだからまあいいんだろうと思うことにした。
しばらくすると、みんながケータイの画面をのぞき込んでばかりいるようになった。ケータイでメールなんて、打ちにくくてしょうがないしあんな読みにくい画面でするやりとりなんてたかが知れている。やっぱりメールはパソコンでするもんだよ、大体ケータイ見ながらニヤニヤしてるのって不気味じゃん、とケータイのメール機能を使うことを拒否し続けた。
今度も、ケータイのメールで連絡が付かないと不便だからと、また無理矢理メールを使わされるようになった。ワクワクしながらメールを送ったり受信したりしたが、やっぱりあの楽しそうな人たちの仲間入りができた気はしなかった。
パソコンのホームページはずっと放置していたが、ブログというものが流行りだして、いろんな人が楽しそうに書いていた。お互いやりとりできるようにもなっているみたいで、どんどん繋がっていくのが面白いよ、とみんな言っていた。でも特に世界に対して言いたいことは無いし、用事があるならメール送ればいいじゃん、と言い続けていた。
去年、絶対面白いって、といいながらお節介な知り合いが懇切丁寧にブログの開設と使い方の説明をしてくれた。渋々のふりをして、毎日更新した。まわりのみんなは読んでるよとは言ってくれたけど、思ったよりコメントは付かなかった。やっぱりあの楽しそうな人たちにはなれなかった。
最近、まわりのみんなのブログの更新が滞りがちになっている。みんなmixi日記の更新で忙しいらしい。mixiをやっている人たちはみんな楽しそうだ。もうじきまた無理矢理mixiに入らされる気配だ。でももうたくさんだ。入っても、きっとあの楽しそうな人たちの仲間には入れない。そう思うと自分でもびっくりするほど強烈にイヤだ。悔しくて堪らない。あの楽しそうな人たちが、次ぎに行く場所は何処だろう。先回りしておけばいいのかな。そうすれば仲間になれるのかな。
とても良い記事だったので転載しました。
ここからの二次転載を禁止します。転載は転載元からがマナーですよぉ♪
荒らしは絶対に禁止!
六年来の男の友人がいる。
会っては夜遅くまで遊んでたり、夜中にずっと意味もなく長電話したりしてた。http://anond.hatelabo.jp/20070114231823 の言葉を借りれば「家族みたいにいっしょにいて落ち着ける人」でもあったし、このまま友人関係も続けたいなと思ってた。
六年前当時から彼に恋愛感情は持ってない。その友人が好きだと言う女の子がいたから、お節介やいてくっつけようと画策したりもしたし(結局実らず終わった)そういうのは考えてなかった。ただ、一昨年ぐらいから「ん?」という出来事が何回かあった。前より親密さやレスポンスを求めている感じというか、悪いけど確証はないので断言出来ないが、おそらく今非常に彼が恋愛感情と友愛感情のボーダーラインなのでは、というような「感じ」。
自意識過剰だと思ってくれて構わない。というか何割かはおそらくそう、だけど何割かは当たりだとも思う。女子というのは時々妄想爆発させちゃってひとりよがりで好いたり嫌ったりするようなどうしようもないところがある、それは女子のはしくれとして私も認めるしかないし自覚している。
その(自意識過剰による過剰防衛かもしれない)自己防衛は、悪くないことだと思っている。「友人関係のままでいたいけど」なんて実際生ぬるい。なんで出来ないんだとか言っても無意味。私も「出来るのならいい」と思っている。でも「出来る」と思ってるのは一部で、実際出来ないのが多数なら、しないように自制する方が相手にも優しいし自分も困ったことに巻き込まれなくて楽。出来る男の人がいるかもしれないことは否定しないけど、「なんで出来ないんだ」なんて言うのは主に男の人に悪い。
そして去年、私は彼とは違う好きな人が出来て、付き合うことになった。
それからもその友人とは付き合い続けたけど、前ほどべったりはならないように徹底した。夜遅くまで遊ばないし家に遊びに行ったりもしなくなった。彼氏が出来たこともさらっと伝えると「良かったね」とさらっと流されたし、そんなに気にしてはいなかった。
今年、私はその「好きな人」である彼氏と結婚する。彼にも結婚式には来てほしいので、こないだ会った時さらっと言った。
…長い沈黙が訪れた。
うわあやっちまったと半笑いのまましばらく過ぎて、少し席を立ってから戻ったら復活してた。しかも今度は妙にテンション高く「惚気てみろ」と言ってくる。そう言われても何を言ったらいいか分からないままその日はグダってサヨナラ。
それからその友人と連絡が取れません。
http://anond.hatelabo.jp/20070116145424 を見て実体験の話をちょっと書いてみたけど沈む。
あの時私の取った行動は間違っていたんだろうけど、いまだにどうしたらよかったのか分からない。べったりくっつかないように努力して期待持たせずにいたつもりだったんだけどそれでもやっぱりだめなのか。だめなんだろうな。
ポケットベルという物をまわりのみんなが持ち始めた。何だかコソコソと取り出しては、足早に電話ボックスに駆け込んで凄い早さで交信していた。でも、あんな小さい画面に数字の語呂合わせでやりとりできることなんてたかが知れているので、たいして気にも留めないふりをしていた。
やがて、連絡が付かないからと言って半ば強制的にポケベルを持たされた。知らない間に漢字まで表示できるようになっていて、びっくしりて、正直ちょっとうれしかった。でもまわりのみんなは携帯を持ち始めていた。何処にいても電話がかかってくるなんて、どうしてそんなことに耐えられるのかが不思議でならなかった。
あっと言う間にポケベルを持っているのは私だけになって、困ったことに公衆電話が見る見る減っていった。まわりのみんなはいつも携帯で楽しそうに話していた。不意にかかってきてそのまま歩きながらしゃべる内容なんてどうせ大したことはないということにして、敢えて携帯を持たない変わり者のふりをしていた。
そのうち、連絡が付かないのは困ると言って、無理矢理携帯を買わされた。顔をしかめながら受け取って、人前では極力出さないようにした。嬉しそうに画面を触ったりしているのを見られるのを避けるためだ。持ってみると電話は単なる電話に過ぎず、特別に楽しい話ができたりするわけではなかったし、あの楽しそうな人たちの仲間入りができた気もしなかった。
インターネットを始めたのはまわりの人より早かった。パソコンのメールというのがどんなに便利かを力説して回ったけど、あんまりみんな興味がなさそうだった。自己紹介のホームページも作ってみた。でもすぐに書くことが無くなって、でもこれは名刺みたいなもんだからまあいいんだろうと思うことにした。
しばらくすると、みんながケータイの画面をのぞき込んでばかりいるようになった。ケータイでメールなんて、打ちにくくてしょうがないしあんな読みにくい画面でするやりとりなんてたかが知れている。やっぱりメールはパソコンでするもんだよ、大体ケータイ見ながらニヤニヤしてるのって不気味じゃん、とケータイのメール機能を使うことを拒否し続けた。
今度も、ケータイのメールで連絡が付かないと不便だからと、また無理矢理メールを使わされるようになった。ワクワクしながらメールを送ったり受信したりしたが、やっぱりあの楽しそうな人たちの仲間入りができた気はしなかった。
パソコンのホームページはずっと放置していたが、ブログというものが流行りだして、いろんな人が楽しそうに書いていた。お互いやりとりできるようにもなっているみたいで、どんどん繋がっていくのが面白いよ、とみんな言っていた。でも特に世界に対して言いたいことは無いし、用事があるならメール送ればいいじゃん、と言い続けていた。
去年、絶対面白いって、といいながらお節介な知り合いが懇切丁寧にブログの開設と使い方の説明をしてくれた。渋々のふりをして、毎日更新した。まわりのみんなは読んでるよとは言ってくれたけど、思ったよりコメントは付かなかった。やっぱりあの楽しそうな人たちにはなれなかった。
最近、まわりのみんなのブログの更新が滞りがちになっている。みんなmixi日記の更新で忙しいらしい。mixiをやっている人たちはみんな楽しそうだ。もうじきまた無理矢理mixiに入らされる気配だ。でももうたくさんだ。入っても、きっとあの楽しそうな人たちの仲間には入れない。そう思うと自分でもびっくりするほど強烈にイヤだ。悔しくて堪らない。あの楽しそうな人たちが、次ぎに行く場所は何処だろう。先回りしておけばいいのかな。そうすれば仲間になれるのかな。