恋人とはとある趣味を会して知り合った。遠方に住んでいたため交流はネットが中心だったが、年齢の割に向上心がありそうなところや、誠実に向き合ってくれそうなところから好意を抱いた。向こうも同じような理由から私に好意を抱いてくれたらしい。お互い好意を抱いていることを知ってからはトントン拍子で交際が始まった。私は実家暮らしだし、年齢的にももう恋愛なんてできないかなあ、親に孫の顔を見せられなくて申し訳ないなあ、と思っていた頃だったので舞い上がっていたのかもしれない。
恋人は嫉妬深かった。仕事・プライベートを問わず、異性との関係をとにかく嫌がったし、私の行動を常に把握したいと言い、Zenlyをお互いに使うようになった。そうした生活の中で口に出しては言わないが、SNSなどを通じて「自分以外の異性との交流がいかに不必要か」ということを懇々とアピールしていた。恋人のSNSには私の異性の友人を罵倒する言葉が定期的に浮上しているようだったし、私を監視したい、異性との交流は全て絶ってほしいという希望がありありと浮かんでいたが、私はあくまで「そうしたことはできない」「当然、異性と2人きりで会ったりするなど、誤解を招くようなことはしない」「他の友人は私にとって大切な存在であるため、交流を絶つのは嫌だ」と伝え続けた。恋人が年下だったこともあり、人生経験を積んでもらえればそうした関係の必要性も知ってもらえると思ったからだ。
そうやってのらりくらりと躱して半年経った頃、恋人はあからさまに凶暴になった。毎夜通話していたが、物を投げ、汚い言葉で苛立ちを露わにする。私も耐え切れず言い返すことが増えた。
誤解しないでほしいのは、私にとって恋人はあくまで好きな人である、ということである。恋人がいることで頑張ろうと思えることは確実に増えているし、仕事を頑張る気持ちにもなっている。
しかし、私にとって大切なものーーー仕事、友人、趣味、家族などーーーが複数あるのに対して、恋人にとっては大事なもの=私であり、それ以外は不要なものになっているという現状は、あまりに不健全ではないだろうか、と思っている。恋人は「私が言うなら友人だって縁を切るし、なんだってする」と言うが、私が望んでいるのはそんな隷属的関係ではない、と伝えても頭で理解はしていながらも、感情がそれを拒否しているような状態になっているらしい。さすがにそれはどうかと思ったらしくメンタルクリニックにも通い始めたようだが、あくまで恋人は「自分はおかしくない」との感情を崩していないようである。恋人のことが好きな気持ちはあるが、恋人のようにならなければ愛しているとは言えない、ということなのだろうか?
今のこの現状は間違いなく共依存なのだろうなと思う。別れたい気持ちと別れたくない気持ちが混在している。間違いなく恋人は私に幸せをくれたが、今私は幸せも苦しみも受け止めなければならない重圧に押し潰されそうだ。
全力で別れろ。不安があるのならわしが聞いてやる。