ストーリーは公式(http://session.gaga.ne.jp/intro/)から引用。
名門音楽大学に入学したドラマーのニーマンは、伝説の鬼教師フレッチャーのバンドにスカウトされる。彼に認められれば、偉大な音楽家になるという夢と野心は叶ったも同然と喜ぶニーマン。だが、ニーマンを待っていたのは、天才を生み出すことにとりつかれ、0.1秒のテンポのズレも許さない、異常なまでの完璧さを求めるフレッチャーの狂気のレッスンだった。さらにフレッチャーは精神を鍛えるために様々な心理的ワナを仕掛けて、ニーマンを追いつめる。恋人、家族、人生さえも投げ打ち、フレッチャーの目指す極みへと這い上がろうとするニーマン。果たしてフレッチャーはニーマンを栄光へと導くのか、それとも叩きつぶすのか─?
もう7年の前の映画なので、結末を軽ーく言ってしまうと、最後はニーマンが決死の演奏をして、フレッチャーが微笑むというラストらしい。その時に「褒めは甘えへの一歩だから」という理由で絶対口にしない「よくやった」を言ったとか言わないとか。
この手のスパルタ教育オッスオッスオラオラソイヤソイヤ!みたいな教育論、反吐が出るほど嫌いなので見ていないのだが、
結末もなんちゃらの王将で社長と新入社員が抱き合って号泣するだとか、和解するだとか…結局そういうお話かよ。と思ってさらに反吐が出た。
「フレッチャーの最後の笑顔は、ニーマンを称えるものではない。」
フレッチャーは『世界最高のドラマーを育てる』ということに狂ったように取り組んでいる。
あの笑顔は、まるで「マッドサイエンティストが世界を破滅に導くような兵器を開発した時に出る高笑い」のようなものだ。
決して賞賛ではない。自らの狂った欲望が叶ったからの笑顔なのだ、と。
これだああああああああああああ!!!!ってなった。
https://www.youtube.com/watch?v=yec5Ima5eHY
アカデミー賞にノミネートされたときの、フレッチャー役俳優へのインタビュー。
うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!そうだ!!!そうなんだよ!!!!!ってなった。
もう受け入れ態勢完璧。これは、問題提起だ!と受け入れてしまった。
かくして、全く受け入れられない映画は、受け入れられる映画になりましたとさ。
私はその映画実際に見たけど、教える側の狂気には吐きそうなぐらい嫌気がさした。 最後もその狂気への賛美はないし、主人公も育てられた感謝はなかったと思う。 主人公はその状況を...