"そこそこ話題になった作品"を切る能力より、"ネット的なバズ要素がなくて埋もれがちだが良い作品"を確実に拾い上げる能力が欲しい。
が、それには数段上のオタク力を求められる。自分はその域にないから不確実だし、ネットの集合知も痒いところに手が届かないと感じている。
# 先期でいうと個人的には色づく世界の明日からがその枠だったかな。
# 多分制作会社とかの属性で予め注目してた人しか出会いづらそうな作品だった。
こき下ろすのは簡単だし、そういう記事はバズ力さえあれど情報としての価値はほぼゼロだ(単なるNot for meだし)。
一方、面白さを臆面なく語れる熱量ある文章が書ける人はなかなか居ない。
そういう文章に出会うと、自分の守備範囲外と思われた作品でも観る気になって興味を広げてもらえる。
# 先期でいうとSSSS.GRIDMANがまさにそれで、ネットのおかげで出会えた作品だった。
まあアニメを観ること自体が、その作者の展開する世界観を受け入れて趣味を広げてもらう行為ではあるのだけど。
そう思うと、「アレ切ったコレ切った」という話が盛り上がるのはなんだか心の毒だなという感じがする。
かくいう自分も青ブタは作品名とキャラデザに第六感を働かせてパスしたクチなんだけど、SF的に面白いという話はネットのみならず友人からも伝え聞いていたのでいつか見たいという気持ちはあった。
でも他人の評価がどうあれ、自分が直感で一旦パスして機会を逸したものを見るのって相当難しいんだよね。すごく意志力がいる。へたに評価が高いと余計にいる。
今期見てるのが少ないという好機ですら、"見ようと思ってた過去のアニメ"よりも目の前のスマホゲームやVtuberなんかを優先してしまう。
だから色々理由つけて「切った」ってことにしちゃうのが人間の心の弱さなのかもね。
0話切りとなるとまさにそんな感じで。実際数話見て「合わないな」ってなるのなら普通のことだけどね。
まあその場合も言いふらしてアピールすることではないと思うけども。
誰かに対するエクスキューズという訳でもなく好みマウントとしての「切った」アピールは業が深いよね。
自分の好みを知ってほしいクセして、どんどん興味も理解者も狭めていこうとする矛盾。
オタクになるほどそういうひねくれた性質を獲得していってしまう人とそうでない人の違いはなんだろね。
オタク趣味な自分を受容できなくて、迫害が怖くて、自分の好み自体を権威づけして強くみせなきゃという強迫観念。
あるいはその箔付け思考は単なるヤンキー気質と同じもの。とか言ってみるとそれっぽいのかな。
どうせなら博識で人柄も良い、堂に入った、素直なオタクになりたいよね。
キャラが超キモい 痛いタイプのエロゲより痛い でも評判良いみたいだから自分の趣味の問題だろう 俺の0話切り精度、どんどん上がってるわ 自分の趣向はすごく理解してる 重要なの...
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