まあ、何でもいいか。
真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。
ビデオ屋の店長と、ハリーポッターの何作目の役者が一番エモいか議論していたことだ。
私は4作目の炎のゴブレットのときがエモいと思うのだが、店長は5作目の不死鳥の騎士団がエモいといっていた。
ロン役のルパート・グリントのエモさが特にすごいことに関しては意見が一致していたが。
ビデオ屋で働いている友人は、ハーマイオニー役のエマ・ワトソンがエモいといっていたが、友人のいう「エモい」は何か趣旨が違うんだよなあ。
半分は本当だ。
例えとして、私の両親の話をしよう。
帰省したとき、その日は一段と暑かったのだが、電気代を節約したいといってエアコンをつけたがらないんだ。
仕方がないので飲み物でもと冷蔵庫の中を見ると、大量の食べ物が入っている。
あまり日持ちしないものが多く、家族みんな食が細いので食べきることは難しいであろう量だった。
と思っていたら、中に入っていた食べ物の半分は既に期限を過ぎているじゃあないか。
このことを尋ねると、「あ~そうなんだ」と意外にも反応は薄い。
どうするのかと聞くと、捨てるのだという。
私はその時「無駄になった食べ物をそもそも買わなければ、いまこの部屋は快適だったろうに」と思ったが、結果論をクドクドいっても仕方がない。
テレビや電灯をつけたまま寝る癖も相変わらずだったが、私の口からツマラナイ正論など聞きたくもないだろうしな。
さて、この話を聞いて、辻褄が合わないと思ったかな。
私も最初はそう思ったが、違うのだ。
食べ物を大量にためこんで、仮にそれらを食べないまま捨てることになったとしても、両親にとってそれは「無駄ではない」のだよ。
少なくとも、暑いからといってエアコンをかけて電気代を消費するよりはね。
要は、自分にとって欲しいと思うものは財布の紐は緩いけれど、そうじゃないものは頑なというだけの話さ。
ゲームのためにたくさんお金を払ったり、グッズを「保存用」だとかいって何に使うわけでもないのに買うのだって、その人にとって無駄ではない。
別に皮肉だとかではなくて、大局的に見れば生活に必要なもの以外は余剰なのだよ。
余剰なものは誰かにとって有意義なものかもしれないし、逆に無駄なものかもしれない。
そして、それをどう扱うかということも含めて、ね。
ニュースとかで様々な要因が挙げられているように、現代ではそれがより顕著になったということさ。
いや、仮に後悔しても、それすら糧にすればいいだろう。
私は、この質問に答えるためにかけた時間を無駄だと思っているが、悪くないとも思っているぞ。
というわけで、締めの教訓は「無駄も愛せば無駄じゃない」あたりにしておこうか。
まあ仮に走っている状態だとしても、君が跳んだときに電車が走った距離分、君も移動しているから同じ場所に着地することは可能だが。