大学生の頃、付き合っていた人に、君を一生養えるようにきちんとした会社に入ったと言われた。
製造業だからそれほど給料が高いとはいえないかもしれないし、転勤もあるかもしれないが
世界中どこに行くことになっても、福利厚生がしっかりしてるから問題ないし、
転勤中はむしろ手当なんかで金が溜まるって先輩も言ってる、海外でも君は英語が喋れるから大丈夫だよね、
本社に戻ったら東京の近郊に家を買おう、僕の会社は本社のそばに病院も持ってるから安心だよ、などなどと。
とても優しい人だったし、私はボンヤリしていて社会に出て働くには向いていないかなぁと自信がなかったので
その人と結婚してもいいな幸せだろうな、と思っていたのだが、いざ色々安心材料を羅列されてみると、
養ってもらうというのはこれほどの人の助けが、労力が必要かと思って茫然とした。
ひょっとして、自分が自分を養えるようになるほうが、養ってもらうよりもずっと気が楽なのでは…という思いが固まっていくのに
それからまた1年ぐらいはかかってしまったが、結局、私を養うために会社選びをした人とはお別れすることにして
当面は、自分で自分を養えるようになること、を目標に、ボンヤリ者なりに仕事を探すことにした。
結婚をやめたことで両親と折り合いが悪くなってしまっていたので、実家を出て一人暮らしのアパートも探した。
しばらくして、共通の友人から、付き合っていた人が会社の同僚と結婚するらしいよ、と聞いて、とてもホッとした。
彼の養いたい気持ちが向けられる相手は、私じゃなくて別の人でも良かったのかと思ってホッとしたし
彼と同じ会社なら養われ性は高いだろうから、相性も良いはずだと思った。
正直を言えば、私個人は、夫が務める会社の名前がついた病院で子供を産んだりするのはちょっと笑っちゃうからやめたいわ、というタイプの人間だったから。
ボンヤリしているだけあって、仕事して自分で自分を養えるな、と実感できるようになるのにはずいぶんかかった
自業自得とはいえ新卒カードを使わなかったので、あまり待遇が良い仕事にはありつけなかったし。
とはいえ何年かやっているうちにコツも覚えてきて、仕事も面白くなって報酬も見合うぐらいには上がってきて、
共通の友人からたまに伝わってくる昔の彼氏のうわさ話(転勤続きで大変そう、とか子だくさんらしいよ、とか奥さんの尻に敷かれて幸せそうだよ、とか)を
私にも信用できるパートナーができて、まぁ多少風変りではあるけれどそれなりに楽しく暮らしていた。会社の名前のついた病院はないし社宅もないけれど
自分で自分を養えるようにはなれたし、パートナーに何かがあったところで彼を養うことぐらいならできそうな場所にはたどり着けた。
交友関係もだんだん変わってくるもので、共通の友人からうわさ話が入ってくることもあまりなくなった。
どうしてるかなーと思うこともなくなっていたのだが、「私を養うのに適した会社」が色々大変なことになっているとこのところ連日ニュースになっている。
養われる適性がない私がごやっかいになることがなくて、本当に良かった。
危うく、ご本業も色々大変だろうにいやいや養われている状態になるところだった。それではさすがに申し訳ない。
それと同時に、あの人は無事にサバイブしているだろうか、元気でやっていてくれるといいな、と思う。辛い立場になっていないといい。
最後の五行から滲み出す明確な意地の悪さ