母は闇金に手を出して蒸発した父親の代わりに返済しながら、女手一つで当時幼い私を育ててくれた。
昼はパート、夜は内職と昼夜を問わずほぼ休まず働き、睡眠は2、3時間といった生活を4年続けたツケが回って
体を壊しほぼ寝たきりになった。
当時高校1年だった私は「生活保護」というものがあるんだな…とインターネットで知って
その時の役所の人が親身に聞いてくれたのは今でも覚えている。
受給認定が降りた結果、毎日具なしお好み焼き以外の食事や病院にも行けるようになって本当に助かった。
勉強はあまりいい出来ではなかったが貧困の連鎖を絶ちたいという気持ちから進学の受験費用のためにバイトをしたい旨を
ケースワーカーに相談するとhttp://bylines.news.yahoo.co.jp/komazakihiroki/20170128-00067089/:この記事]にもあるように
「進学なんてせずに働いてください。大学なんて贅沢です。」と言われて、理不尽さに悔しくて泣いた。
タイトルは思春期だった当時の口癖。母がごめんね、ごめんねと泣きながら謝られてかなり厳しい気持ちだった。
ケースワーカーには色々文句言いたかったけど保護が停止されたら困るから
なんとか気持ちを抑えて、受験費用は小遣いから少しづつ貯金して捻出した。
なんとか地方の国公立に滑りこむことができ、「受かったし奨学金で賄って生活するから」とケースワーカーを黙らせて納得させた。
その結果、そこそこの成績で卒業後は就職して一人暮らしをしている。
これを見て進学を諦めている生活保護世帯の子は進学を諦めないでほしい。
勉強はやっぱり必要だけど、糞ローンだと言われている貸与型奨学金を駆使すればなんとか進学できる。
私も頑張っているから君も頑張れとは言わないが化物語の斧乃木余接ちゃんのセリフが刺さったから送ります。
「不幸や不遇に甘んじていることを『頑張ってる』と思っちゃってるんじゃないの。」
「そういうのを世間では『何もしていない』って言うんだよ。不幸なくらいで許されると思うな。ハッピーエンドを目指すべきだ。」
「不幸でい続けることは怠慢だし、幸せになろうとしないことは卑怯だよ」
「生活保護家庭だから結婚できない」を「やろうと思えばできるんだ」と知らしめられるようなモデルケースになりたい。
私も君もハッピーエンドを目指そう。