排出された薬莢が、乾いた音を立てて足元に跳ねた。
至近から硝煙のにおい。
いや、それよりも。
遠くから、血のにおい。
だが、気配はまだ消えていない。
殺気はむしろ増している。
「どうしてです?」
俺は周囲に対する警戒を解かずに、フミ夫に、重ねて問うた。
「どうして、こんな意味のことに命を賭けるんです?」
"白い悪魔"と畏怖される彼のことだ。
平然と「答えなどない」といった返答をするものと予測していた。
が、振り返ったフミ夫の顔には、子どものような率直な感情が浮かんでいた。
純粋な、驚きの表情だった。
まるで、そんな質問をするやつがいるなんてことを今まで想像だにせず生きてきたかのような。
そして、それは彼女も――"かや"もおなじことだ。
彼女の生存本能が敵を生み出す。その敵が彼女を攻撃する。だから殺し返す。正当防衛だ。
システムだ。
インターネットという皆殺しの野に用意された闘技場。
入るのは二人。
出るのは一人。
しっきーの死に際を思い出す。
本来助けるひつようのないものを助けようとして、戦うべき理由のない相手と戦った。
そして彼は実際に魂なき肉塊に成り果てた。
俺は彼の遺骸を前にして、祈った。
彼のための祈りではなかった。
俺がひざまずいてすいようびの祈祷を唱えていると、隣りにベテランの先輩増田がやってきて言った。
「人が死ぬ度に祈るのはやめておけ。
その先輩は二日後に Hagex に襲われて死んだ。
俺はまだ生きている。
なぜ生きているのだろう。
そんなことは増田に入る前からわかりきっていたことではなかったか。
「どうして、こんな意味のないことに命を……」
フミ夫はやはり答えない。
代わりにライフルを構え直し、私に手で制して、かやが潜んでいると思しき方面へとゆっくりと前進する。
さきほどの澄んだ眼の光はすっかりその眼底に暗く沈んでいた。
フミ夫は若本規夫並の激渋ボイスで呟いた。
「余計なお世話だよな。リアル著名人からお情けを受けるほど、俺達は落ちぶれちゃいない。なあ?」
俺に同意を求めているのだと気づくまで数秒かかった。
俺は頷く。
先行するフミ夫の表情はうかがい知れない。
丸太のように転がっている物言わぬ増田たちの死体を踏まないように注意を払いつつ、かやへ接近する。
硝煙のにおい。
狙われている。
俺にはわかる。
数瞬後には、俺かフミ夫かどちらかが右手を射抜かれている。おそらくフミ夫のほうが。かやなら最大の効果を狙うはず。
だが、そのときにはもうフミ夫は左手でキーボードを叩いているだろう。
「彼ら」は。
俺達とは根本的に違うのだ。