2012-06-19

はてな非モテは話題のネタだったが、それこそ最も価値あることだった


ずいぶんご無沙汰していますid:Masao_hateです。


自分のことを覚えている方がどれだけ居るのかわかりませんが、

懐かしのはてな非モテ論壇について、id:amamako氏、id:republic1943氏が興味深い議論をしているので、

非モテ論壇」の一人だった人間として、思ったことを横から少々。

http://d.hatena.ne.jp/amamako/20120615/1339729240

まり「人々がその言葉について好き勝手言える」ものなら、彼らはなんでも良かったのだ。

彼らにとって「非モテ」とはただのマクガフィンに過ぎず、

から時が流れ別の言葉流行すればそちらに移っていく。なぜならそれが「人々の求めること」であるから


確かに、はてな非モテ論壇にとって、「非モテ」ははマクガフィン(ってどういう意味なのか、私にはいひとつ解らないのですが、

『話題のネタ』みたいな意味なんだと解釈することにします)であり、キャッチーな「ネタ」であったことは、間違いありません。

しかし、そのネタが「何でもよかった」と言われてしまっていることに対しては、それは違うと反論しておきたいところです。

当時、非モテ論壇でブログを書いていた人間には、「非モテネタ」以外、興味深い話題をほとんどなにも提供できない人間が多く居たように思います自分がその代表ですが・・・)。

コミュニケーション能力に劣り、リアル社会の主流派に馴染めず、自分の居場所を持つことができなかったり、居心地の悪さを感じている。

そんな人間が唯一語ることができるネタが、非モテ自分の実体験をベースにした「自意識ネタ」「自分語り」です。

当時のはてなは、非モテネタが人気を集めるという、リアルとは全く逆のヒエラルキーが発生する、不思議場所でした。

リアルではコミュニティ価値提供できず、はみ出している人間でも、ここでは自分の語りが批判にしろ賛同にしろ、

なんらかの意味を持って受け入れられる空気がある。そういう土壌が当時のはてなにはありました。

「非モ天下一武道会」は、そのネタ非モテだったからこそ、非モテな人々にとっての貴重な「居場所」や「救い」になり得たのです。

他のネタではダメだったのです。

もし、はてな非モテネタが盛り上がっていなければ、「非モテブロガー」として当時活躍していた人々が、

あそこまでPVを集めることもなかったでしょう。

「顔が普通以下では彼女ができない」 自らの書き込みを解説

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110116/trl11011618550107-n3.htm

  • 被告「そうではありません。あくまでネタです」
  • 被告「本当にそんなことを思っているのではなく、私のネタネタをかぶせて返してきている。その程度のものです」
  • 弁護人「書き込みの内容はその後どうなっていきましたか
  • 弁護人自分が見かけのことで悩んでいたのですか?」
  • 被告「そうではないです」

この記事によると、加藤は本当に非モテで悩んでいたのではなく、ネットで受けるネタだったから、

そういうキャラを作り上げて書き込みを行っていたということのようです。

僕は、加藤が「非モテネタ」を呟いていた場所が、ネットの辺境の匿名掲示板だったことが、残念でなりません。

もしも、当時加藤はてなに辿りつき、非モテブログを書いていたら?

PVブクマを稼ぎまくる「アルファ非モテブロガー」として、はてな承認欲求を満たし、友人を作り、

あのような悲惨な事件を起こすまで追い詰められることもなかったかも知れません。

当時のはてなにおいて、「非モテ」は確かに話題のネタでした。

しかし、はてな非モテを話題にして盛り上がれる場所であったこそこそが、当時あそこに集っていた人間にとっては最も重要で、価値のあることだったのです。

そして、そのことで救われた人間は、確かに居たのではないかと僕は思っています

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