はてなキーワード: 時間ですよとは
新卒で入った会社で、ことあるごとに「○○ができない人は、仕事なんて出来ません!」と人事から言われてきた。
会議での席次、名刺の渡し方、エレベーターへの誘導、同僚と通りすがるたびの挨拶、勤怠(体調管理)・・・。
意外と先輩社員もできてないんだけど、「ああいう人は、仕事もできてないのよ」「注意してもらえるうちが華なの、今のうちにやりなさい」と。
で、私はこれらがあまり得意ではなかった。
「あなたは立派な大学を出ているから、期待していたんだけどねえ」なんて言われながら。
呼び出される様子をみて、現場の先輩は「人事怖いねー」なんて励ましてくれたけれど、
同期からは「学歴が良いからって、仕事できるわけじゃないんだねー」「なんでちょっとした風邪で休むの?」なんて人事と同じように怒られる始末。(まあ、そりゃあそうだろう。自分が必死で会社に馴染もうと努力している時に、出来ていないやつがいたら良い気分はしない。)
3年目にはようやくビジネスマナーも身に付いてきたけれど(遅い・・・)、
辞めた。
だめな新人時代の印象が強すぎて、仕事ができない環境になっていたからだった。
同じことを伝えているはずなのに、信用されない、必ず反論される、指示に従ってもらえない。
○○できないと仕事ができない、というのは、
ビジネスマナーができないとプログラムを書けないという意味ではない。
勤怠が悪ければ、売上をあげられないという意味ではない。
最低限のことすら出来ない人間は、対等に仕事をしてもらえないのだ。
無断遅刻・欠勤、会議・休憩の時間が守れない、書類の提出期日が守れない、電話の取り方がわからない、敬語が使えない・・・
そういう人たちがたくさんいた。
そういう人でも、売上をあげたり、システムを構築したり、コスト削減をすすめたり、
前の会社では、風邪で休めば「どうしてあなたは体調管理ができないの?」と叱られたのに、
この会社では、「あの人、身体弱いからなー 明日は来るかなー」以上。
前の会社では、始業ぎりぎりに出社すれば「始業時間は、仕事を始める時間ですよ!」と叱られたのに、
この会社では、無断遅刻しても、「まあ、そのうち来るでしょー」→無断欠勤「寝てるのかなーあの案件どうしようw」以上。
驚くことに、利益、時価総額は、今の会社の方が桁違いに高いのだ。
世の中には、こんなに自由な会社があったのか。カルチャーショックだった。
同時に、なぜ私はあんなに叱責されてきたのか。
前の会社の人事を恨めばいいのに、へらへらしている同僚に腹が立つこともあった。
私は社会人失格だという気持ちを抱えながら過ごしてきたのに、この人たちはそんなこと微塵も考えたことがないのだろう。
うらやましい。うらやましすぎて、うらめしい。
そういえば、高校時代は「掃除できないやつは、勉強もできないんだぞ」って先生に教えられて毎日、真剣に、本当に真剣に雑巾がけしてたけど、あれ絶対関係ないよね・・・
○○できないやつは、△△できない
みんなが求める本来の目的に便乗して、めんどくさいことまでやらせようとする策略なんだ、これ。
何はともあれ、私は私のままで許される環境を手に入れたんだ。
私は 自由だーーーーーーーーーーーーー
旦那は博士課程、私は修士課程の院生。本来ならちゃんと社会人になってから結婚するべきだったけれど、彼の父の病気が発覚し、早く安心させてあげたいと言うので、急遽結婚することになった。
もちろん、あらかじめ将来のことは話していたつもりだった。彼は優しいし気が利くし、恋人としては魅力的な人だ。でも、研究に関しては要領が悪く、この道で食っていくのは無理だろうとはうすうす感じていた。ただ、本人の希望が強いこと、彼の実家が就職するまでの学費と家賃を援助してくれるとのことだったので、今すぐ中退して就職を迫る理由もなく、やれるところまでやってみれば?と言っていた。
私のほうはなんとか修論の構想も固まり、専攻の分野と関係なくもない会社に内定した。ところが、旦那のほうは「今年こそは書く」と言っていた博論を結局一文字も書いてないことが判明した。つーかあなた、「論文を書くから」ってバイトもしないで部屋で何してたの? は? ゲーム?
問いつめると出てきたのは、驚きの人生設計だった。今年はとりあえず「充電期間」として何もしない。何もしないと来年度末には満期退学になっちゃうからとりあえず1年半くらい休学しつつ研究室にはたまに顔を出して論文の準備する。論文の準備が出来たころに復学して、満を持して卒業してからもポスドクとして研究を続けていきたい、と。
確かに「やれるところまでやってみれば」とは言ったものの、それはせいぜい満期退学になるまで頑張って、その後は就職するんだとばっかり思っていた。思ってたっつーか、私はずっとそれを前提に「あと2年で就職だよね」って話をしていたのだから、認識のズレを訂正する機会はいくらでもあったはずだ。それなのに、「だって、やれるところまでやっていいって言ってたじゃん」の一点張り。
私は基本的には共働き派だけど、将来子どもも欲しいし、いざ子どもが生まれたら本当に仕事と両立できるのかどうか分からないから、旦那には定職について欲しい。と言ったら(これも初めて言ったわけではなく、前から何度も話していた)、金目当てで結婚したのかよ!と逆切れ。俺はそもそも子どもは嫌いだからいらない、とも。
今まで2人で話していた将来設計を全部なかったことにされて、愕然とした。あとはもう、口を開けば喧嘩にしかならない状態が続いた。そして、結婚するきっかけでもあった彼のお父さんが亡くなったことが、今度は離婚のきっかけになった。
今まで出してきた金を返せ、とかほざいているけれど、それ君の金じゃないから。君の親の金だから。むしろこっちが、バイトして旦那を食わせていた金を返して欲しいくらいだ。
不幸中の幸いだったのは、彼のお母さんがまともな人だったこと。事情を話すと、残念だけど仕方ないね、と理解を示してくれた。今まで良くしてくれたのに、こんなことになってしまって本当に申し訳なく思う。
今回の教訓。悪い予感は当たる。口約束は信用できない。将来の話は信用できない。将来○○するから、という約束は反故にされる。将来○○するかどうかじゃなくて、今現在○○しているかどうかで判断せよ。
一時期、月に1度以上、自転車のベル、または前カゴ、もしくはその両方が壊されていた。
破損した後の状態を見ると、酷く倒れて壊されたみたいだった。
実際によく倒れていた。
特に強風が何ヶ月も吹き荒れていた訳もなく、思い当たることといえば片足スタンドの自転車がやけに多い事くらい。
だだっぴろい駐輪場は足場が良いわけでもない。
片足スタンドなんて不安定な商品を売るなよ買うなよ、と思っていた。
ある日、所用でまだ明るい平日に駐輪場に戻る事があった。
その時、理由が判明した。
自分は定時に帰る事などなく、帰りに駐輪場に行くのは学生などが帰った後のガラガラの状態だった。
ところが、日中の駐輪場はハンドルとハンドルがびっしり重なったギチギチ状態に詰まっていた。
ドミノ倒しにならないよう、何台もの自転車を少しづつ動かして自分の自転車を救出。
何分も格闘した後、駐輪場を見渡せば、ギチギチに詰められた自転車の向こうに、ひろびろと何もないスペースが広がっていた。
じいさんの前に働いていたばあさんは、母親の知り合いで、全然仕事をしていない(自転車の整理や駐輪場の掃除)事を市だか区だかにチクられて、クビになったらしい。
ばあさんが自転車整理をしていたのを見たことはないが、不自由もしていなかったから、他に理由があるんじゃないかと思ってた。(ばあさんはやたらとおしゃべりだった)
だが、いくらなんでもこれは無茶苦茶だ。
学生や、短気な人間だったら、隣の自転車をなぎたおして行っても仕方がない気がした。
俺は、次の日から、駐輪場の奥に止めるようにしはじめた。
端まで自転車が止まっている事など、一度も見た事がない。
ところが、しばらく後、駐輪場の端にいるじいさんが近づいてきて声を掛けてきた。
「アンタ、もっと詰めて止めてくれんか。
そんな場所に止められちゃ、後で移動するのが大変だろう」
はぁ?と思いつつ俺は返事をした。
「いえ、移動してもらわなくても結構です。このままで」
「何言っとるんだ。人様の事を考えろ!
詰めてとめなけりゃ、他の人の迷惑になるだろうが」
「まだあれだけ空いています。
これまで一杯になるような事がありましたか?」
じいさんは不機嫌な表情で黙り込んだ。
(前のばあさんに聞いて知ってた)
昼間に一度見に来てください。
半分以上、空いてますから」
じいさんの顔が赤くなった。
「これが仕事だ。
何か悪いのか」
「正直悪いです。
あまり無駄に詰められると、出せなくなって、自転車が壊されるんです。
もう毎月修理してます。
理由が分からなくて、苦情を言おうか悩んでたんです。」
そういうと、見た目にもはっきり分かるほど、じいさんの表情がぎょっとした。
酷く慌てた様子できびすを返すと、駐輪場の向こうへ行ってしまった。
これは今までに一度もない事だった。
けれど、それ以来、ベルも、前カゴも、無事だ。
じいさんは無茶な自転車整理を止めてくれたみたいだった。
気のせいかもしれないが、駐輪場の端にいるじいさんが所在なさげに見えた。
俺がやる気を殺いだのかもしれないし、チクられて辞めさせられたばあさんの二の舞を恐れていたのかもしれない。
少し悪い気がしたが、毎月のアホみたいな出費がなくなって、ホっとしている。