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2023-03-02

anond:20230302001009

でもノーベル賞を取る人って、キラキラエリート全然いないよね。

ビジネスエリートキラキラ経歴とは全然違う。

なんなら成り上がり感がある。

ではここでノーベル賞物理学者 湯川秀樹の経歴を見てみましょう。

1907年明治40年1月23日東京府東京市麻布区市兵衛町(現:東京都港区六本木)に地質学者・小川琢治と小雪の三男として生まれる。

1908年明治41年)、1歳の時に父・琢治(和歌山県出身)の京都帝国大学教授就任に伴い、一家京都府京都市移住する。このため、麻布の家には誕生後1年2ヶ月しか住んでない。

1歳から大学までは京都大学を出て一時大阪西宮いたこともあるが、人生の大半は京都で過ごしたことになる(ただし、ノーベル賞受賞の対象となった中間子論を発表したのは、湯川大阪帝国大学に勤めていた時であり、当時は西宮苦楽園生活していた)。

湯川自伝に「私の記憶京都に移った後から始まる。やはり京都が私の故郷ということになるのかもしれない」と記している[2]。

母方の祖父・駒橘は元紀州藩藩士であり、また湯川自体先祖代々和歌山県出身であるため“和歌山出身”と紹介されることもあるが、本人は京都市出身と称している。

和歌山県出身実業家松下幸之助郷里に「松下幸之助君生誕の地」の石碑があり、題字は同郷ということで湯川の筆によって書かれたが、湯川本人は和歌山暮らし経験はない。

5、6歳の頃、祖父・駒橘より漢籍素読を習った。駒橘は漢学の素養豊富で、明治以後は洋学を学び、晩年までずっと『ロンドンタイムズ』を購読し続けた人物であるという[3]。湯川自伝に「私はこのころの漢籍素読を決してむだだったとは思わない。…意味もわからずに入っていった漢籍が大きな収穫をもたらしている。その後大人書物をよみ出す時に文字に対する抵抗は全くなかった。漢字に慣れていたからであろう。慣れるということは恐ろしいことだ。ただ祖父の声につれて復唱するだけで、知らずしらず漢字に親しみその後の読書を容易にしてくれたのは事実である。」と記している[4]。

2022-09-25

福沢諭吉貧困ポスドク無用の長物経済を妨ぐる食客

学問のすすめ 二編 端書

 文字学問をするための道具にて、譬えば家を建つるに槌・鋸の入用なるがごとし。槌・鋸は普請に欠くべからざる道具なれども、その道具の名を知るのみにて家を建つることを知らざる者はこれを大工と言うべからず。まさしくこのわけにて、文字を読むことのみを知りて物事道理をわきまえざる者はこれを学者と言うべからず。いわゆる「論語よみの論語しらず」とはすなわちこれなり。わが国の『古事記』は暗誦すれども今日の米の相場を知らざる者は、これを世帯学問に暗き男と言うべし。経書・史類の奥義には達したれども商売の法を心得て正しく取引きをなすこと能わざる者は、これを帳合いの学問に拙き人と言うべし。数年の辛苦を嘗め、数百の執行金を費やして洋学成業したれども、なおも一個私立の活計をなし得ざる者は、時勢の学問に疎とき人なり。これらの人物はただこれを文字問屋と言うべきのみ。その功能は飯を食う字引に異ならず。国のためには無用の長物経済を妨ぐる食客と言うて可なり。ゆえに世帯学問なり、帳合いも学問なり、時勢を察するもまた学問なり。なんぞ必ずしも和漢洋の書を読むのみをもって学問と言うの理あらんや。

2018-11-08

anond:20181108150241

教育勅語って難しいもの敬遠していたが...

...

政府はこの方針にそって、近代国家建設には人材の育成が急務であるとして、

明治5年学制を公布し、全国的学校を設置して義務教育制度確立し、

教育の普及に努めました。しかし当時は文明開化の風潮により洋学が重んじられ、

我が国伝統倫理道徳に関する教育が軽視される傾向にありました。

このような実情を深く憂慮された明治天皇は、徳育の振興が最も大切であるとされ、

わが国の教育方針を明らかにするため明治23年10月30日、教育勅語渙発されました。

勅語には、日本人祖先から受け継いできた豊かな感性美徳が表され、

人が生きていくべき上で心がけるべき徳目が簡潔に述べられていましたが、

戦後教育勅語排除された結果、我が国倫理道徳観は著しく低下し、極端な個人主義横溢し、

教育現場はもとより、地域社会、家庭においても深刻な問題が多発しています

(増田たちの嫌いな知恵袋より抜粋)

(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1091519200)

この様な事らしい。

ただ、教育勅語排除されたからといって、問題が多発するものだろうか。

先祖、親兄弟を大切にしろ等々、倫理的、道徳的な事が廃れてしまうことは、

人間が荒んでいくことと直結すのだろうか。

キリスト教徒に限らず、海外人間は親兄弟大事にしていることが良く分かるから

教育勅語排除されたか問題が起きているのではなく、

それが無くなっても、倫理的な事柄道徳的な事柄教育してゆくべきなのであって、

それが欠如していた教育システム問題なのではなかっただろうか。

元増田意見には賛同しかねる。

 
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