2019-05-13

言いたいことも言えない恋人なんて

久しぶりに更新してみようと思う。

人達を巻き込むだけ巻き込んで爆発しって散った恋をしていた。

まさに地雷原を歩みゆくようなもので、とある友人には「陽だまりに行くために何も吹雪の中裸足で外に踏み出る必要はないし、霜を踏む必要もなければ、氷柱に刺される必要もない」とまで言われた始末。

それでも私は「恋は盲目」という慣用句の通り、まあその先にある陽だまりを信じていた。

多分、実際ちゃんと頑張れれば想像よりずっと小さかったとしても、おそらくそこに陽だまりはあったのだろう。けれど、頑張りに対してそのご褒美があまりに小さいと感じたので今回、そこを目指すのをやめて囲炉裏に火を焚いている家に戻ることにした。回復するかどうかは分からない。凍傷にもなっているだろう。だけど、戻ることに決めた。

好きなもの否定され続ける苦しさ。

ありがたいことに、私の両親は私の数々の趣味に対して、詳細を知ろうとはしなくても概ね否定せずにいてくれた。コスプレは嫌な顔をされることもあったけれど(主に片付かない的な意味で)。

本を書くことについては、その内容を読まなくても装丁出来栄えを褒めてくれた。イベントで本が捌けると喜んでくれた。NLが多かったのもあって「読みたい」と言われたら当たり障りないものを渡す準備もしていたけど、言われはしなかった。

頒布数は決して多くないけれど、頒布数の割には感想をよくいただいていた。拙作と言っても過言ではないけれど、それでも一生懸命考えて書いていたし、愛着もある。だから純粋自分が書いたものを褒められることはうれしかった。

私のそれぞれの趣味に対して、厳しいことを言う人ももちろんいたけれど、正直そういう人はどうでもいい。直接危害を加えられないのであれば、いないのも同然。そしてありがちことに、ほとんどそうした粘着質の人とは関わらずに生きてこれた。

で。

恋人と付き合ってみると、同人コスプレも嫌だという。

私は趣味の中で自己顕示欲を満たしていた。だからそれを全部なくすことに抵抗があった。

まして発行から1年も経っていない本もあるし、再版をかけてしまった本もあった。

それでも、恋人のことが大切だったし、趣味の中で得られていた様々なものをひとまとめにしたメリットと、恋人から与えらえる感情とを天秤にかけてみて、やっぱり後者が重いと感じられたので、コスプレはさくっと上がったし、同人活動も止めて、家にあった在庫も欲しい人に配った後は実家リフォームに際して処分した。印刷費は回収したかった。

とりあえず、趣味に対して文句を言われることはなくなった。

手持ち無沙汰になった私は積んでいた小説を読み漁ったり、編み物を楽しんでいる。

読書編み物楽しいけれど、それを共有できる人がいない。長くオタクとして生活してきたから、どうやって繋がって共有していけばいいかがよくわからない。私は、私らしさを少し失った。

甘いものが好きだ。

果物ケーキクッキーも好きだ。マカロンも大好き。そんな中、流行にのってタピオカにハマった。

デートの時に「タピオカを飲みたい」と伝えたら「毒じゃん」と笑われた。

私の中の小さな私が死んだ。

わたあめを食べに行った。

かわいらしい色で大きなわたあめを頬張る娘が嬉しそうで、こちらまで嬉しくなった。

また「毒の色だよ」と言われた。

私の中の小さな私が死んだ。

やめてほしいと伝えた。

好きなものを同じだけの熱量で好きにならなくていいから、せめて否定しないでほしい。私は私で、あなたあなたから否定しないでほしい。同じ熱量で好きになれるかはわからないけれど、私はあなた趣味否定しないし、理解したいと思ってる。同じように理解はしなくていいから「ああ、好きなんだな」で気持ちをとどめてほしい。そう伝えた。届かなかった。「じゃあ喋らない方がいいね」「帰るわ」。

まったく私の言葉は届かないのだと、涙になった。

私は私で、それはあの人の恋人であり、娘の母であり、企業に勤めるサラリーマンであり、母や父にとっての娘であり、友人にとっては友人であり。どれも私で、全てを束ねて私だ。

私は責任の中で生きていて、全てが過去選択の結果。だから、母としての私を認められないことが苦しかった。どうしたって時間に制約はある。人付き合いもある。そういうのをやり繰りしながら時間を作って会っていた。だけど、それではいけなかったらしい。

もう一人、小さな私が死んだ。

自由自分で選べなくなった。

じゃあ、と、振り返ってみたら。

殺された私の代わりに新しい誰かが生まれていたかと考えてみたら。

そんなことはなかった。

こちからお願いしたことも、むこうから言ってきた約束も、何一つ、一週間だって守られたことはなかった。そして更に悪いことに、気づいてしまったのだ。言われたことも嘘ばかりだったのだと。

気づいたら、中くらいの私が死んだ。

そうしたらもう、ダメだった。

言いたいことも言えず、伝えてもかなわず、期待しても裏切られる

こんな人の傍にいてはいけない、と。

きっとあの人は叶えてるつもりだっただろうし、言ったこともその時は本気だったのだろう。

だけど、継続的に叶え続けられないのならそれはただの気まぐれ。

後戻りできないほど周りを巻き込んだ私と、生活は何も変わらない恋人と。そんな分の悪いシーソーゲーム、降りてしまって良いだろうと。

ここから私はまた周りに説明をして回らなくてはいけないし、家族に謝らなくてはならないし、下手をしたら連れてこられた男と見合いなりなんなりしなくてはならなくなる。けれどこれも、私の選択の結果だ。

私は、努力した自分をほめたい。

傷ついても嫌なことを言われてもされても、努力していた私は確かに存在した。

調べものも沢山したし、時間も作ったし、理解し合いたいからと対話努力もした。

から、結果については残念だけれど、私は私の努力を讃えたい。

一番大きな収穫は「言いたいことも言えない恋人なんて、とっとと別れちまえ」だ。

私はもういちど、自分の好きなことをやりたい。

  • うんち

  • おつかれさまです 増田の選択の結果がいい方に向かって、好きなものを好きと言って、好きなことたくさんできるといいね 前のジャンルに戻るのかな? 新ジャンル開拓する?

    • ありがとう。とりあえずなにか書きたい気持ちはあるんだけど、前のジャンルじゃ活動しづらいし、新しく何か書けるほどの熱をもてるジャンル、っていうのを見つけるところからかな...

      • ゴミを生産するな

      • とりあえずキモ同人系は止めとけ まともな文章書く訓練しろ

        • そうしようかな。一次で活動も良いなって思ってるから。

      • いい機会だから色々見てみてー Huluとかあれば過去作品も一気に観れるし昔と比べてどんどん気軽に多くの作品に触れられるようになってると思う

        • まあそうだね。長く好きでいられる作品に出会いたいかな。

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