はてなキーワード: スケベニンゲンとは
http://d.hatena.ne.jp/sukebeningen/20120212
も〜読んだけど全然わかんない!ヽ(;▽;)ノ
折角だから、ここに何が書かれているのかということを、
「もしかしてこんなことじゃないのだろうか」という感じで書いてみる。
以前、友人と「ユニクロって結局アリなのかナシなのか」
という話題で盛り上がったことがある。その時は結局は「ま、求めるレベルによるわな」という、
なんとも味気ない結論に至ったわけだが、その会話のなかの友人の言葉で
「ユニクロって、良いとか悪いとかじゃなくて、もう"ユニクロ"としか言えないよね」
というものがある。
ユニクロは大衆服だ。大衆服だからファッション的な価値は要らない。
デザイナーとのコラボやその他「それなりにこだわってますよ」的なやつ(日本製を強調したジーンズなど)は
あくまで大衆に売る為の最低限の質の保証の為の言葉に過ぎず、他の服との差別化なんて全く考えられていない。
マクドナルドのトレイの中に敷かれた紙に書かれた、食材はこれだけこだわってるんです! ってやつと一緒。
大衆服は大衆の服だから無名だ。匿名性の高い、注目のない服だ。それが本質だ。
大衆服だから匿名であるはずなのにユニクロとしてのアイデンティティがそこにある。
一方で、マルジェラはハイブランドだ。ハイブランドだから、独自のデザインや個性など、
そういった価値が求められる。自分はマルジェラって良く知ってるわけじゃない
(ミスチルの桜井さんが好きらしいということをどっかで聞いたことがあるなあ程度)んだけど、
たまに見るネット上の画像とかだと、随分とスッキリしてて、匿名性のようなものを感じる。
ハイブランドだから個性的であるはすなのに、(マルジェラらしさはありつつ)どこか匿名的だ。
つまり、ユニクロって、マルジェラから最も遠いようで、実は構造は同じな逆位相みたいな感じで
ひっくり返して重ねるとピッタリ重なるんじゃないかと思う。
その構造こそが、この中で書かれてる「現代」なのかな、そう理解した。
だから、マルジェラの次の世代を考える時は、ユニクロについて考えるべきなのかもしれない。
ジュンヤワタナベは、なんかコラボが凄いところってのは知ってる。
渋谷のパルコの一階を抜けるときに良く目にするけど、いつもなんかとコラボしてる。
ブランドって、自分の価値や個性を強調したい筈だから、通常はコラボをしても自分の価値がメイン。
あくまでコラボは相手の知名度や特徴を借りて、自分の宣伝をするもの。
でもジュンヤワタナベのコラボは、むしろコラボ相手の服に依って自分のイメージを形作ろうとしているように見える。
つまりコラボ相手の服の価値がジュンヤワタナベの服の本質の重要な一部として、宣伝ではなく取り込まれる。
そしてそうすると、母体であるコムデギャルソンすら、ジュンヤワタナベの利用すべき一ブランドとして、
ジュンヤワタナベの下位に置かれることになる。この貪欲な構造がジュンヤワタナベの「現代」だと、自分は思った。
エイプはもう全然知らない。高校時代に、友人が読んでたファッション誌にエイプの服があって、
「えっこれこんな高いの!? 」と驚いたことがあったけど、それ以来特にまともに見たことはない。
確かどの商品にも大体猿のマークがくっついてる。
うちの実家にあるタオルにもYSLって書いてあるし、デパートに行けば
でも、それは本体の価値がちゃんとあって、それをロゴが借りてる、というものだ。
でもエイプはもはやロゴが本体って感じ。猿の記号が本質。サンリオグッズと一緒。
権威付けしてくれる本体と記号が同一だから、アーノルドパーマーのように
それがすごいところなのかなーって思う。
ここまで思ったことをなんとなく書いてみて、終着点が全然見えないから
ここでやめようと思う。