2024-10-16

anond:20241016153243

「ユキを、抱いてくださいまし」

その一言を発したのは、目の前にいる黒犬の獣人少女、ユキ・ミナトであった。彼女は深々と頭を下げ、黒い犬の耳がぴたりと伏せる。その姿は、小さな体をさらに小さく見せ、どこか哀れで、同時に愛らしさを感じさせる。耳と同じ黒色の短い髪がふわりと揺れ、その瞬間、まるで甘い香りが漂ってくるような錯覚さえ覚えた。ワンピースから伸びる尾は、緊張から小刻みに震えていた。床に伏しているその尾の動きさえも、どこかけなげで、痛々しい。

「どういうこと?」と、俺は静かに返すが、心の奥底では彼女抱きしめたい衝動が込み上げていた。ユキは、友人であるチート転移者の奴隷である。その立場を思うと、迂闊に手を出すことはできない。それでも、どうしても心が動いてしまう。

自身も、かつては勇者召喚に巻き込まれた一人だ。チートスキル【鑑定】と【自己改造】を与えられたが、それが魔王討伐に向くわけもなく、今は商人としてなんとか暮らしている。しかし、今ここでの問題はそんなことではない。目の前にいるのは、あのユキなのだ

彼女は、黒犬の獣人だ。犬耳と尾が特徴的だが、その外見はほとんど人間と変わらない。そして、その人間離れした美しさに、俺はいつも圧倒される。あの大きな黒曜石のような瞳、ふっくらとした唇、肩まで切り揃えられた黒髪――どれもこれもが、完璧なつくりもののように美しい。しかし、彼女のその美しさの裏にある生気が、彼女をただの人形とは違う存在にしていた。

ユキは、かつてはみすぼらしい奴隷であった。俺が彼女を見つけた時は、名前さえも失っていた。ただ、彼女運命が変わったのは、主人である亮ミナトによってである。彼は、優しく、愛情深い男だった。自分の食費を削り、ユキに食べさせるほどで、回復魔法を持っていながらも、彼女のためにそれを使わず、ただ純粋彼女のことを思っていた。

彼女はその愛情に応え、奇跡のように美しく成長していった。今のユキの姿は、その努力愛情結晶であるしかし、その美しさを目にするたびに、俺の心には複雑な感情が渦巻く。彼女は俺の手が届かない存在であることを、いつも痛感させられるからだ。

ユキと亮の関係は、奴隷と主人という枠を越え、いつしか恋人同士のようになっていった。俺があてがってやったにもかかわらず、その仲の良さは、どこか気味が悪いほどであった。彼らの関係に、俺が口を挟む余地はない。いや、そもそも口を挟むべきではないのだ。だからこそ、俺は静かに彼女言葉に耳を傾けるしかない。

「抱いてくださいまし」

その言葉が、どこか遠く、そして深い場所こだまする。彼女純粋な瞳の奥にあるものが、俺の胸を強く締め付ける。それでも、俺はただ冷静を装い、彼女言葉意味を探ろうとする。

記事への反応 -
  • あの日、ぼくは薄暗い森の奥で狐に出会った。どうしてそこに行ったのか、正直よく覚えていない。ただ、何かがぼくをそこへと導いたんだと思う。そんなことはよくあることだ。森の...

    • 「ユキを、抱いてくださいまし」 その一言を発したのは、目の前にいる黒犬の獣人少女、ユキ・ミナトであった。彼女は深々と頭を下げ、黒い犬の耳がぴたりと伏せる。その姿は...

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん