ちょうどはてなブックマークで話題になった「経済学者と疫学者の暗闘」という記事を読んだ。そこで参照されている論文が「平均的な外出のコロナ感染リスクは限定的」という論文である。
この論文では2022年9月から10月に調査したデータを用いて、過去二か月の感染歴と同じ時期の行動がどう相関しているかを調べている。具体的には、飲食店の利用、友人を家に招く(訪ねる)、カラオケ、スポーツイベント、性風俗店などの多岐にわたる行動を聞いて、それと感染歴の関係を見ている。行動と感染リスクの双方に影響するような因子をコントロールするために、年齢や家族構成、ワクチン接種状況等の属性について、逆確率重みづけによって調整を行うなどもしている。結論として、筆者たちは極端な頻度でなければ、リスクを伴う行動によって感染リスクは顕著に変化しない、と主張している。具体的には筆者たちは以下のように述べている。
各行動の頻度によって感染リスクへの影響がある程度認められたが、感染リスクが例えば 2 倍以上に高まるのは「飲酒を伴う会合に週 3~4 日以上」など平均的な範囲からやや離れた個人の場合であり、一般的と考えられる範囲のリスク行動の頻度であれば、全くそうした行動を取らない人との間に、感染リスクの顕著な差は見られなかった。いわゆる「飲み会」について述べると、「週 3 回以上」行う人の場合は感染リスクが 10%ポイント弱上昇するという結果が得られたものの、「週 1〜2 回」の感染リスクは「月 1 回未満」と差がなく、どちらも「0 回」の人と比較した場合には、第 7波の時期の 2 ヵ月間での感染リスクを 2~3%ポイント程度上昇させるに過ぎなかった。」
この論文の大きな問題は、二か月以上前に感染したか、特に第六波のオミクロン株への感染があったかをしていないことだ。一回オミクロン株に感染すると、それに対する抗体ができ、感染する確率は下がる。忽那先生の記事によると、オミクロン株BA.1/BA.2に感染した人はBA.5/BA.5にかかる確率が80%ほど下がるらしい。これはつまり第六波で感染した人間は第七波では感染リスクがおよそ5分の1に下がるということだ。
これを考慮に入れないと、結果に大きなバイアスが生ずるかもしれない。具体的には、上のデータで外出している人間は、すでに第六波で感染している可能性がある。つまり一度感染したから、再感染のリスクは低いと見込んで、行動を選んでいるということだ。この場合だと、行動を比べることによって未感染と既感染の割合が異なるグループを比べていることになる。これを考慮に入れると、この結果では決して感染リスクが行動によって大きく変わらないとは言えないのではないだろうか。西浦先生のモニタリング会議の資料によると、第六波では把握できているだけで約84万人、第七波では約150万人が感染している。第七波において、第六波で感染した人間の数は無視できないほど大きいように思える。
このバイアスの可能性については論文中では一切説明がなされていない。恐らくデータがないのだろうが、少なくとも釈明をしない限り、個人的にはこの結果はあまり信用できない。建設的な提案としては、個人が住んでいる地域における第六波における感染者の割合をコントロールすれば、このバイアスは多少コントロールされるのではないかと思う。ただ率直に私のような素人が一読して思いついたようなことがこの論文では議論されておらず、駆け足で書かれた論文なのではないかと思わざるを得なかった。
リンク:
経済学者と疫学者の暗闘:https://himaginary.hatenablog.com/entry/20221231/epidemiologist_vs_economist
平均的な外出のコロナ感染リスクは限定的:https://www.jcer.or.jp/research-report/20221229.html
忽那先生のオミクロン株への再感染に関する記事:https://news.yahoo.co.jp/byline/kutsunasatoshi/20220717-00305856
西浦先生のモニタリング会議の資料:https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001010896.pdf