2021-08-18

世間の鉄オタへの当たりがキツすぎ

死ねと言っていいのは死ねと言われる覚悟のあるやつだ」

つい最近タコス屋の一件以来、鉄オタが気軽に「死ね」「どけ」「なにやってんだ」と言われる機会が増えた気がする。

祭りみたいになったので皆知っているあの件だ。

あれだ確かにあのとき無数のクズ鉄達が無実の一般通過外国人に対してそのような罵倒を浴びせたのは事実だ。

だがしかしそれを理由鉄道オタク罵倒していいと考えるのはおかしくはないか

テレビラジオが語る「部屋からゲームが見つかったのでゲームを1秒でもやった事があるやつは犯罪者予備軍です。人を殺す前に死んで下さい」と何が違うのだろうか?

もし偶然あなたがあの撮り鉄達に街で遭遇し、もしも貴方達が「死ね」と言われたのなら「テメーが死ねよ」と口にしてもいいだろう。

だが待ってくれ。

きっと多くの鉄オタが先に自分たちが口にした「死ね」の部分を切り取って「死ねと言われました~~~僕たちはただ電車を撮っていただけなのに~~~」と貴方を袋叩きにしてくるだろう。

だが、「死ね」と誰かに言い返すのは本来それぐらいの覚悟必要なことだ。

今、空前の鉄道バッシングブームによりこちらが言い返せない量の「死ね」が飛び込んできているため、こちらは防戦一方だがよく考えて欲しい。

貴方に近所に住む100人鉄道オタク粘着されて自宅と職業と氏名と人生学生時代卒業文集を晒される覚悟があってその「死ね」を書いているのだろうか?

貴方最初鉄道オタク攻撃した時、貴方鉄道に興味がないか反論をしなかった」

もし、今回叩かれているのが貴方の好きな文化だったらどうだろうか?

貴方の好きな文化オタクが、偶然通りすがり無理解外国人の手により空前絶後のチャンスを失ったとしよう。

その時に口にした「死ね」がもしも貴方文化を滅ぼしたとして貴方は納得できるだろうか?

そもそも貴方達が何を勘違いしているかと言うと、あの「死ね」は一般通過外国人人権を軽視していたから出てきた言葉ではないのだ。

自分たち趣味に描ける思いが強すぎた結果出た言葉だ。

そこを勘違いしないで欲しい。

「誰も切り捨てない 何も捨てはしない」

そもそもなぜ鉄道オタクは彼らを「アイツらが特別おかしい。同じ鉄道オタクとして恥ずかしい」と切り捨てないのだろうか?

そんな疑問を持つ人達もいるだろう。

何故か。

「家族」からだ。

鉄道趣味というつながりを持つ家族から切り捨てない。

かに現代では家族毒親だなんだと切り捨てるのがある種のブームとなっている。

だがそれをやってしまった人にとってもはやこの世界永遠の絆と呼べるものなんて一つもないだろう。

だが鉄道オタク世界には確かで絶対的な「鉄道」という繋がりがあるのだ。

遠い国で遠い国の鉄道写真を取る時、同じく別の国からその鉄道を取りに来た鉄道オタク出会う。

そのとき感じるのだ。

「ああ、僕らは地球の直径よりも長い絆で繋がれた家族なんだ」、と。

その暖かさを知らない人達は可愛そうだが、その価値観を私達が受け入れて合わせてやるギリなんて無いだろう。

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