そのことを知らされたのは俺が保育園に来て数ヵ月後のことで、その日は何もかもが不自然だった。
保育士の先生は紙芝居の続きを読み聞かせると言って、俺たち園児を物置部屋へと連れていったんだ。
廊下からして人けがなくて暗がりだったから、みんな怖がって通らないようにしていたんだ。
「入る前に言っておきたいことがあるんだけど……この部屋の二階にはね、とっても“こわーいヒト”が眠ってるの」
先生はおどろおどろしく言った。
「そのヒトはね……青白い顔で……牙があって……人間の血が大好物なの」
勿体つけて、重苦しく、先生は“そのヒト”の断片的な特徴を紡いでいく。
園児の一人が声を荒げた。
「そう、ドラキュラ! 彼は太陽の光がダメだから朝は寝ている。でも、あまり騒ぎすぎると……さすがに起きちゃうかもね」
聞き慣れない情報に正直ピンとこなかったけれど、それでも俺たちは震え上がった。
とにかく恐ろしい化け物が、この物置で眠っている。
非現実的で、捉えどころのない存在が身近にいるかもしれないという感覚。
俺たちが怖がるには、それで十分だったんだ。
「さあ! 紙芝居『アリババと350gの野菜』の続き、読んでいきますよ~」
先生は意気揚々と読み始めたが、俺は終始ドラキュラの存在が気になって紙芝居どころではなかった。
結局、モルジアナが熱々の油で野菜をどうするのかは今でも分からずじまいだ。
倉庫室へは、それからも紙芝居の度に足を運んだけれど、俺は何とか卒園することができた。
この話をすると、兄貴は肩を震わせて笑った。
「真顔で何を話すのかと思ったら……それはズルいぞ、お前……」
俺は戸惑った。
せいぜい口元を歪ませるくらいで、それだって手で覆い隠して見えないようにする。
「何がそんなにおかしいんだよ」
「いや、そのつもりで話したんだろ」
「そのつもりって何だよ」
「ん?」
「は?」
「ドラキュラがいるってのは、ガキを怖がらせて静かにさせるための作り話だろう。あの頃のお前が真に受ける分には可愛いもんだが、今のお前が言うとさすがに……可哀想になってくるぞ」
けれども、兄貴の言い方には向かっ腹が立った。
「ドラキュラを見たこともないのに、何でウソだって決め付けるんだよ」
「見たことないから、いないって言ってるんだよ。お前だって見たことないくせに何を根拠に信じてるんだ」
俺は反射的に噛み付くが、マトモな反論は何一つできなかった。
「千歩譲ってドラキュラがいるとして、それが一介の保育園で眠ってる意味が分からない。そんな場所で紙芝居を読み聞かせる先生のメンタルどうなってんだよ」
「ぐう」
ぐうの音を出すのでやっとだった。
「そこまで言うなら証明してやる! 神妙に待ってろよ!」
たまらず啖呵を切って、俺は家を飛び出した。
≪ 前 意味のない意地を張ったとは思う。 だが張ったからには、自分の思い出に決着をつけなければいけなかった。 あの物置部屋に行って、ドラキュラがいるかどうか確かめなければ...
≪ 前 まずは内部の情報を調べるため、卒園者の俺一人で訪問する。 突然の訪問だったが、知り合いの保育士がいたためスンナリと入ることできた。 「おー、マスダくん。また会えて...
いい加減つまらないので投稿をやめてくれませんか
≪ 前 ミミセンの作戦は、こうだ。 まず俺が保育園の内部を調べつつ、侵入経路を確保。 それぞれ配置についたらトイレで合流。 そこでドッペルが俺と入れ替わり、同伴の先生を陽...
≪ 前 「ちょっと待って」 事務室前に着くと、ミミセンはポケットから手鏡を取り出した。 それを使って、中の様子を間接的に覗き込むようだ。 「何でそんなもの持ってるんだ」 「...
≪ 前 扉を開くと、中からひんやりとした空気が溢れて俺の肌を掠めた。 「私、冷え性じゃないんだけど、何だか寒気がするわ」 どうやら、それを感じたのは自分だけじゃなかったら...
≪ 前 階段口から、恐る恐る二階への通路を眺める。 踊り場はないようで、10段ほどの短い階段が扉へまっすぐと続いていた。 厄介なのは、横幅が狭くて一人ずつしか上がれないこと...
≪ 前 地震とかで倒れてしまい、たまたま塞ぐような形になったとか? いや、それだけでこうなるとは考えにくい。 つまり意図的に塞がれていたってことだ。 そして、それが出来る...
もりあがってきましたね
≪ 前 俺はまずドラキュラめがけて水鉄砲を撃ち出した。 「や、やめっ……」 察しの通り、水鉄砲で撃ち出されたのは聖水だ。 主成分は水と塩で、ここに聖職者の祈りを込めること...
≪ 前 男は目を泳がせながら、たどたどしく説明を始めた。 「自分は、ここで働く、その、一人で」 俺たちの猛攻がよほど応えていたのか、紡ぐ言葉は途切れ途切れだ。 要約すると...
≪ 前 ………… 後に分かったことだけれど、男の正体はホームレスだったようだ。 日雇いの配達業で保育園に来た際、物置部屋に入ったことが最初らしい。 その時は、荷物を置いた...