2020-08-12

[] #87-5「保育園ドラキュラ

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ちょっと待って」

事務室前に着くと、ミミセンはポケットから手鏡を取り出した。

それを使って、中の様子を間接的に覗き込むようだ。

「何でそんなもの持ってるんだ」

吸血鬼は鏡に映らないから、人間かどうか見分けるために持ってきたんだ。けれど、こんな形で役立つとはね」

そう言ってミミセンは自嘲気味に笑ったが、おかげで部屋の様子は分かった。

現在、中には年長の男性が一人、室内で最も奥にあるであろう場所で座っているらしい。

特徴的な髭を貯えていたから、たぶん俺の知っている園長と同一人物だろう。

しかし肝心の鍵が、どこにあるか見えない。

「ひょっとして、事務室にはないのかも……」

「いや、俺の記憶が正しければ鍵棚があったはず。ここからだと死角になってて見えないんだと思う」

うろ覚えだが、自分記憶を信じるしかない。

となると、後は園長の気をどう逸らすかだ。

「頼む、タオナケ」

「私、待ちわびてたんだけど、ここでやっと出番ってわけね」

タオナケは着けていたゴーグルを、おでこにまでたくし上げた。

そして園長の近くにあった表彰状へ向けて、鋭い視線を突き刺す。

そのまま凝視し続けること、5秒、6秒、7秒……

「……まだか?」

「私、急いでいるけど、あんたらが急かしても早くはならないわ」

タオナケは特定物体破壊することが出来る超能力を持っている。

けれど色々と制約が多く、しか成功率は5回に1回といったところ。

その上、この日は本調子じゃないようで、いつも以上に手間取っていた。

タオナケの焦燥感こちらにも伝わってくる。

「ああ、もう!」

だが、その感情の揺らぎが超能力作用したようだ。

タオナケが苛立ちの声を上げると同時に、周りの空間が一瞬だけ歪んだ。

超能力が発動した合図である

「わっ、なんだあ?」

突如、額縁の支えが音を立てて壊れ、表彰状がバタンと落ちた。

園長困惑しながら、おずおずと落ちた表彰状へ近づいていく。

「背を向けたぞ、今だ」

俺はゆっくりと扉を開くと、事務室の中へ入り込む。

近くにいる園長プレッシャーを感じながら、鍵棚があるであろう場所へ直進する。

記憶どおり、鍵棚はそこにあった。

自分記憶力を誉めてやりたいところだが、今はそんな暇はない。

俺はすぐさま物置部屋の鍵を拝借し、そそくさと事務室から出て行った。


とんだ回り道もしたが、俺たちはやっと物置部屋までたどり着いた。

「ここがマスダの言っていた、吸血鬼がいるとかいう……」

「私、まだ信じてないけど、確かに威圧感あるわね」

入り口の扉は何の変哲もなく、表札には「物置」と素っ気なく書かれているだけ。

だけど、そんな無機質な風貌が、むしろ俺たちを萎縮させた。

湧き上がる恐怖を振り払うかのように、俺は思い切って錠に鍵を差し込む。

そして勢いよく捻ると、扉はガチャリと開錠を告げる。

「……開いてしまった」

その言葉が口から漏れ出るのを、俺はギリギリ間一髪すんでの所で止めた。

まったく、ここまで来ておいて、何を弱気になっているんだ。

心の中で自分のケツを引っ叩きながら、俺はドアノブに手をかけた。

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