2020-08-18

[] #87-11保育園ドラキュラ

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後に分かったことだけれど、男の正体はホームレスだった。

日雇い配達業で保育園に来た際、物置部屋に入ったことが最初らしい。

その時は、荷物を置いたらすぐ出て行くつもりだった。

けれど間が悪く天気予報にない雨が降りしきり、傘を持っていない男は立ち往生してしまう。

仕方なく、しばらく物置部屋で雨宿りすることにした。

誰かが見に来て、少しでも嫌な顔をされたら大人しく出て行けばいい。

それ位の心持ちだった。

その間、手持ち無沙汰だった男は部屋の中を繁々と見て回った。

一階の物置部屋はモノで溢れており、動かした形跡はなく埃をかぶっているのが大半。

二階の物置は用具がまばらにあるだけだが、妙に埃の臭いがした。

どうやら、ここに出入りする職員は少なく、二階に至っては滅多に行かないらしい。

実際、二階に佇んでいたが人の来る気配はなく、それは雨が止む時を経ても変わらなかった。

この時点で出て行ければよかったが、男はそれができなかった。

「あの部屋で手足を伸ばして寝転がったのがマズかった」と男は後に語っている。

そのせいで室内に謎の重力が発生し、出て行きたくても無理だったんだとか。

何よりの決定打は、ふと自分の着ている衣服に目をやった時だ。

気にしないようにしていたが大分くたびれていることが分かる。

その時に魔が差したらしい。

まず、いつも利用している格安簡易宿所を思い出す。

決して払えない額ではなく、不当な価格設定というわけでもない。

けれど、やはり“値段相応”というべきか快適とはいえず、雨風をしのぐ寝床として何とか体裁を保っているような環境だった。

そこに自分以外の人間も利用しているのだからプライベートなんてあってないようなものだ。

そんな場所に払っていた金を別のところに回せれば、今の生活をどの程度マシにできるか。

男は想像を巡らせた。

食事をもう少し健康志向にしたり、たまに酒を嗜む余裕もできるかもしれない。

今まではシャワーだけだったが、銭湯で大きい湯船に浸かれるだろう。

日々の生活で培ってきたシビア金銭感覚が、この状況を受け入れる準備を始めていた。


保育士が言うには、不自然出来事は以前から起きていたらしい。

誰も使ってないはずのシャワー室が濡れていたり、余りの給食がなくなっているなんてこともあったようだ。

俺は一連の顛末兄貴に話した。

「ふ~ん……そうきたか。そうして男は保育園ドラキュラになったわけだ」

だけど俺の話を真面目に聞く気はないようだった。

話を盛っているか、こじ付けたとでも思っているのだろう。

「まあ……ベタ結論だが“人間が最も怖い”みたいな話だな」

「なに言ってんだよ兄貴ドラキュラの方が怖いに決まってるじゃん」

結局のところ、俺の恐れるドラキュラは“あの頃”にしかいなかった。

自分が今よりも無邪気で、無知で、無理解だった“あの頃”にしか

俺たちの目的は徒労に終わったけれど、それが知れたことだけは唯一の慰めかもしれない。

(#87-おわり)
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